第240話 のんびり過ごす1日 前編

 朝食後、エドは私をオープンタイプの小さな馬車に乗せると朝市をしている大広場へと連れて行ってくれた。



「アイルは自分の目で品を見て買うのが好きだろう? 買い物の後は町を一望出来るカフェでひと休みしてから職人街にも行ってみようか」



 くぅっ、伊達にひと月以上一緒に行動した訳じゃないのね、私が喜ぶ行き先をよくわかってる。

 こんなの頷く一択しかないよ。



「うん! 楽しみ!」



 朝市でウルスカでは手に入りにくい食材や調味料や香辛料を買い足し、果物の試食をしつつ買い物を楽しんだ。

 エドが代金を払ってくれようとしたけど、これは『希望エスペランサ』の食材なので丁重にお断りしたら、代わりにカフェで奢って貰う約束をさせられた、奢って貰う方が約束させられるって変なの。



 エドのエスコートは完璧で、つい商品に目移りして人にぶつかりそうになるとさり気なく引き寄せて避けてくれたり、段差がある所や馬車の乗り降りでは当たり前の様に手を差し伸べてくれた。



 馬車に乗ってカフェに到着すると窓辺の景色の良い席が予約されていて、空調の効いた店内は髪を隠す為に被っていた幅広帽子で蒸れた頭にとても嬉しい。

 しかもテーブル毎に衝立があるので店内のお客さんからジロジロ見られる事も無いし、店内は外より暗いから通りを歩く人に賢者だと気付かれる事は無かった。

 飲み物とケーキを注文して待ってる間に一緒に旅をした思い出話に花が咲く。



「あのモステレスにあったタタミというのは良い香りがしていたから買おうか迷ったんだけどね、汚した時に絨毯の様に洗濯出来ないから諦めたんだよ」



「ああ~、確かに赤ワインとか色のついたものを零したらシミになっちゃうからねぇ」



「お待たせしました」



「うわぁ、美味しそ~!」



「ここは展望だけじゃなくケーキの味も評判が良いからね」



 運ばれて来たチーズタルトはヒンヤリしていて至福のひと時となった。

 甘めのアイスミルクティーも歩き疲れた身体にしみる、ただ気になったのがひとつ。



「ねぇ、ホットコーヒー飲んで暑くないの? アイスコーヒーは飲まない派?」



「アイス…コーヒー? コーヒーを冷たくするのかい? それは…考えた事が無かったが夏は美味しそうだね。それも賢者の知恵かな?」



「え!? アイスコーヒーって無いの!?」



 そういえば海外ドラマでアイスコーヒーが出てくるの見た事無いかも…?

 それとも歴史が浅いのかな?

 その会話を通りすがりの青年店員が聞いたらしく、こちらを向いたまま固まっていた。

 私とエドは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。



「美味しいアイスコーヒーのコツを教えるべきかな? コーヒー自体は元からあるし、このくらいなら商業ギルドに登録する必要は無いよね?」



「まぁ…、そうだね。しかしコツを教えるのは頼まれてからでいいんじゃないかな、もしかしたらアイスコーヒーを出すつもりが無いかもしれないし」



 エドは少し意地悪な笑みを浮かべてチラリと店員を見た、くっ、そういう顔がとても似合うから見惚れそうになるじゃない。

 固まっていた店員はピャッと飛び上がると店の奥へと消えて行き、呆然と見送っていたらさっきの店員が恰幅の良いおじさんを連れて戻って来た。



「あ、あの、賢者様とお見受け致します。私はこの店の店長なのですが、不躾なお願いではございますが、是非とも我々にアイスコーヒーのコツというものをご教授願えませんか?」



「ふふ、教えて欲しいそうだよアイル」



 その色気たっぷりの流し目は控えて頂きたい、変態のエドを見たら平常心に戻れるけど、お出掛けの最中まだ1度もそんな姿を見てないせいでドギマギしてしまう。



「コツと言っても大した事じゃないんだけど…、深煎り豆を使う事と、先に2倍くらい濃いめに作っておいて氷で一気に冷やすってだけだから。確かそれで旨味と香りが閉じ込められて、透明感があるコーヒーになるの、その辺はアイスティーと同じだね」



「なるほど…、確かにアイスティーはゆっくり冷やすと濁りますからね。教えて頂いたお礼に今日のお代は結構です、ごゆっくり召し上がって下さい」



 店長が納得した様に頷き、にっこり笑って下がって行った。



「おやおや、せっかく私がご馳走したかったのに、アイルにご馳走になってしまった様なものだね。せめてそのネックレスの代わりになる物を贈らせてくれないか?」



 そう言って私がいつも着けているガブリエルがプレゼントしてくれた魔石のネックレスを指差した。



「へ? これの代わり? コレは防御魔法が掛かってるお守りなんだけど…」



「アイルの事だから自分でも付与魔法を使えるんじゃないのかな? 何なら魔道具を使って魔法を付与された物を買ってもいいし。ここを出たら職人街に行く予定だからそこで私に選ばせて欲しい、以前贈った物で私のセンスは知っているだろう?」



 確かにエドから貰った物は皆からの評判も良かったし、確かに私に似合う物を選んでくれると思う。

 だけど依頼とはいえお世話になってる上にプレゼントまで貰っていいのだろうか。

 エドに視線を戻すと、どっちがプレゼントを貰うんだとツッコミたくなる強請る様な顔で私を見ていた。



「う…、わかった…。だけどあまり高くないのにしてくれる? 普段使うのに躊躇ためらう様な値段はやめてね」



「はは、値段よりアイルに似合うという事が1番大事だからね、任せてくれ」



 ニッコリ微笑んだエドに安心して店を出たが、高い物は買わないとはひと言も言って無い事にこの時の私は気付いて無かった。

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