第190話 アイルを求める勢力 その3

 エドガルドがトレラーガを飛び出した頃、パルテナ王宮にも王都冒険者ギルドのギルマスが報告の為に登城していた。

 当事者であるセゴニアと違い、かれこれ1時間以上待たされてカタカタと貧乏ゆすりを止められない程イラついている。



「クソッ、こうして待ってる時間のせいで賢者がセゴニアに取り込まれたらどうするんだ! 妙に目を引くお嬢ちゃんだと思ってたら賢者だったなんて…!」



 謁見控えの間、そこでは待たされて本音を漏らす者が多い、それ故影と呼ばれる近衛騎士以上の実力者が気配を殺して潜み、耳にした情報を取捨選択して王の耳に直接届ける役目を担っている。

 この独り言を拾った影はすぐさま王に報告すべくその場を離れた。



 ちなみにアイルに目を引かれたと言うギルマスだが、何か特別な力を感じた訳では無く、ただ単に荒くれ者の多い冒険者の中で一際小柄で幼く見え、尚且つ珍しい黒髪黒目だったからという理由である。

 影から報告を受けたパルテナ王は急ぎの執務を後回しにしてギルマスを執務室の隣の私室へと呼び出した。



「失礼致します、急ぎお知らせした方が良いと判断して先触れも無く登城しました事、お詫び申し上げます」



「よい、其方が必要と判断したのであれば聞くべき事なのだろう。座って報告を」



 パルテナ王に促され、ギルマスはフカフカのソファに浅く腰掛けた。



「早速ご報告を、1つは既に大氾濫スタンピードが終息したという事、もう1つはパルテナからセゴニアへ応援に行った冒険者の中に新たな賢者が居たと発覚しました」



 先に影から報告されていなければパルテナ王は思わず立ち上がって問いただしていただろう、改めて報告を受けてもやはり驚きが隠せず瞠目する。

 そして落ち着かせる為に大きく息を吐いた。



「ふ~~~、して、その者は今まで何処にいたのだ?」



「はい、ウルスカという街です。『希望エスペランサ』という最近Aランクになったパーティに所属するアイルという少女で「ん?」



 パルテナ王はここ数ヶ月の内に聞いた気がする名前に思わず首傾げた。



「あの、何か…?」



「その者は数ヶ月前に王都に来ていなかったか? 何やら聞き覚えがあるような…」



「左様でございます、魔物対策に騎士団で指導係として雇った冒険者の1人ですので…」



「いや、それだけでは無い様な…」



 何とか思い出そうとし、いつの間にか握っていた己の拳に目をやると、金の指輪が目に入った。

 その指輪は内側に魔石が嵌っており、毒耐性が付与されている物でガブリエルから贈られた物だった。

 思い出す恩師のガブリエルの笑顔、そしてその時語られた友人の名前が過ぎる。



「そうだ、確かアイルと…! という事はあの研究所の夜会で王子達を護ってくれたあの者が賢者か…!」



 パルテナ王は思い出し、ポンと膝を打った。



(確か息子達が揃って求婚したがあっさり断られたんだったな…、自由でいたいからという理由だったとその場に居た騎士から聞いた、だったらセゴニア王が王族と結婚させようとしても本人は頷くまい。幸い先生の友人なのだからこのままパルテナに住んで貰う様に説得してもらう事も可能だろう)



「あ、あの陛下…?」



 黙り込んだパルテナ王都に恐る恐る声を掛けるギルマス。



「よし、賢者の友人でもある我が師ガブリエル・デ・リニエルス伯爵が現在エスポナに滞在している、騎士団の宿舎で過ごしているはずだが友人を気にして冒険者ギルドにも顔を出すかもしれん。エスポナのギルドにもリニエルス伯爵が来たら王宮へ向かう様にと伝言する様に連絡しておいてくれ。賢者がセゴニアに取り込まれぬ様リニエルス伯爵には迎えの使者として出向いてもらおう」



「おお! それは名案ですね!」



 その頃エスポナでは冒険者ギルド経由でウルスカのディエゴから話を聞いたガブリエルが既に王都へ向かう準備をしていた。

 翌朝出発する頃には騎士団と冒険者ギルドの間で報連相がなされ、ガブリエルはそのまま王宮へと向かった。



 エスポナから王都まで片道3日、移動だけで往復6日、偶然とはいえパルテナ王とエドガルドが考えた作戦が一致し、任命式やら護衛の選別や準備で5日程。

 そうしてガブリエルがエスポナに戻って来た時には何度も馬を交換しながら全力で移動した為、10日程で到着していた。



 普通に宿に泊まりながら来た場合、トレラーガから20日程掛かるので、如何に無茶をしたかが窺える。

 ギルマス同士の連絡により、パルテナ王にも賢者と繋がりのある人物が1名同行する許可もしっかり取ったのでエドガルドは騎士団の宿舎にて待機していた。



 ガブリエルとエドガルドの相性は良いとは言えないが、アイルをセゴニアに取られない為という共通の目的の為に、2人はガッチリと握手を交わした。

 護衛達が馬車を使うべきだという意見を出しても、一刻も早くアイルの元へという2人の気迫に騎馬で向かう事が決定され、エスポナの街を飛び出す。



 この時点で大氾濫が終息して12日、冒険者ギルド経由で『希望エスペランサ』は王宮から迎えが来て王族と共に王都へ向かったとの報告から1週間が過ぎていた。

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