第153話 恩は売っておいて損は無い

「あら、仲直り出来たのね」



 もう居るかなと思って食堂に顔を出したら皆揃っていて、腕を組んだままの私とホセを見てビビアナが微笑んだ。



「まぁね、私ってば大人だから寛大だし」



「フンッ、大人ねぇ…、本当に寛大な奴なら最初から怒らねぇだろ」



「ムッ!?」



「まぁまぁ、せっかく仲直りしたんだからすぐに喧嘩しないで。ほら、テディも心配そうにしてるじゃないか、早く座りなよ」



 鼻で笑うホセをキッと睨み上げると、エリアスが宥めてきた。

 どうやら私が昨日の状態に戻るのは嫌らしい、確かにピリピリしてた自覚はある。

 喧嘩を始めそうになった私達を見てテディも心配そうにしているので怒って無いアピールとして笑顔を向けて席に着いた。



「さっきスリを捕まえるのに走ったからお腹空いちゃった」



「あら、朝から活躍してきたのね」



「まぁね! と言ってもスリが逃げた先にホセが居たからホセに捕まえて貰ったんだけど。あ、私にぶつかった分の制裁与えるの忘れてた! お姉さん、私Aセット」



「オレはBセット。代わりにあの衛兵が八つ当たりで殴ってたからいいんじゃね?」



 宿屋のお姉さんに注文しつつ会話を続ける、確かに痛い目にはあってたからいいかな。



「衛兵がスリに八つ当たりしたの?」



 今朝の出来事を説明していたら先にリカルド達が注文していた分が運ばれて来た。



「Aセットです。あの…、さっき話してた衛兵だけど、お店の人達にサービスさせてるから知ってる住人には愛想良いけど、他所者には態度が悪いって有名なの、目をつけられたら絡んで来る事もあるらしいから気を付けてね」



「お姉さんありがとう、明日には船に乗るけど会わない様に気を付けるね」



 会話を聞いていたのか注文品を運んで来たお姉さんが心配そうに忠告してくれた。

 ここは王都とあまり距離が無いせいか、ひと通り店を眺めたところ特に品揃えが違うと言う事も無いし、1日宿屋のんびり過ごすってのもありかも。



 そんな訳で(テディの目を誤魔化す為)部屋に1人にしてもらって火を使わない料理をする事にした。

 ビビアナが頑張ってすり下ろしてくれた生姜やニンニクを活用しつつ付けダレを作ってお肉に下味を付けたり、サラダをドレッシングを掛けるだけの状態にしたり。



 片付けは洗浄魔法掛けてストレージに入れるだけなので作業は部屋に置かれているテーブルの上だけで事足りた。

 黒猪ブラックボアも串に刺して味付けしたから野営の時に火で炙るだけで食べられる。



 そうだ、今の内に炊いたご飯をおにぎりにしておこう、テディが居るからお茶碗とか洗浄魔法で片付ける訳にはいかないもんね。

 大皿数枚なら宿屋で洗ってるって言い張れば納得するだろうし、全部おにぎりにしちゃえ。



 水球を浮かせておいて握る度に手を突っ込んで塩を手に馴染ませておにぎりを作っていく、本当は中指に全く力を入れずに人差し指と薬指を添える様にふんわり握るおにぎりが好きだけど外で食べる時はしっかり握らないと食べてる途中で崩れちゃうもんね。



 海苔は一応あるけどパリパリ感が足りない、親方にパリパリ感アップの為の穴あけ用剣山みたいなの作ってって言ったら怒られるかな。

 調理器具の鍛冶屋にお願いすべきか、だけど正確かつ均等に針を立てるのとか技術が要りそうなんだよねぇ…。



 そんな事を考えながらご飯を全ておにぎりに作り直して片付けたら既にお昼の時間だった。

 ずっと食べ物を見ていたせいか、あまりお腹が空いていない。

 でもまぁスープくらいはお腹に入れておかないと夕食前にお腹が空いてしまうだろう。



 3人部屋へお昼を誘いに行くと、私が教えたあっち向いてホイが白熱していた。

 ビビアナ曰く、「獣人同士の反射神経の限界を追求する瞬きする事が許されない戦い」らしい、食事に行こうのひと言であっさり終了したが。

 ちなみに今のところホセが優勝らしい、大人気無く本気出したんだろうか。



 翌日、朝食を済ませて船の乗船手続きの為に港へ向かった。

 そんなに距離は無いので騎乗せず、手綱を引いて移動していたら高圧的に声を掛けられた。



「おいっ、そこのお前達!」



 何か聞き覚えのある声だったけど、嫌な予感しかしないのでスルーして港へ向かう。

 が、手下…じゃない、部下2人が私達の前に立ち塞がった。

 そう、昨日の衛兵達だ。



「何だ? 何か用か? 船に乗るから急いでいるんだが」



 皆にも話してあるので予測がついたのだろう、リカルドはわかりやすく不機嫌な顔で問いかけた。



「ふんっ、そこの子供と獣人に用がある。昨日捕まえたスリがお前達も仲間だと言ったんだ」



 少し息を切らせて昨日の偉そうな衛兵が追いついて来た、運動不足なんじゃないの?



「捕まえた、じゃなくて捕まえて貰った、でしょ? 地元のスリが何で他所者の私達と仲間なのよ」



「ぐっ、……ははは、しかし証言があるからには確認はせねばならん。おい、2人を縛り「あらぁ、昨日のスリを捕まえてくれたお嬢さんじゃない! あなた、ほら、昨日言ってた2人よ」



 部下の2人が私とホセを捕まえようとロープ(恐らく安物)を取り出した瞬間、昨日の被害者のおばさんが体格の良いロマンスグレーなおじ様と一緒に現れた。

 偉そうな衛兵はキッとおばさんの方を睨み付けたが、次の瞬間アワアワとし出した。



「あ…、ぅ…衛兵長…ッ!」



「ははは、もう引退したから衛兵長ではないぞ。昨日は妻が世話になった様だな、そちらの2人もありがとう。妻は普段からぼんやりしているから迷惑をかけた」



「うふふ、そんな私だから気になって目が離せないんでしょ?」



「う、ん、まぁ…。ンンッ、やめんか、元部下の前だぞ」



 何を見せられているんだろう、とりあえず照れてるおじ様が可愛い。

 しかしここはチャ~ンス!



「人として当然の事をしたまでですのでお気になさらず。それよりこの街の衛兵は犯罪者に無理矢理証言をさせて気に入らない人に難癖をつけるという事が罷り通っているんでしょうか? 今から国に帰るところなのに、地元のスリと他国から護衛の仕事で来ていた私達が仲間だと言い張って困ってるところなんです」



 頬に手を当てて困ったわ、とため息を吐いた。



「どういう事だ!?」



 ジロリと衛兵を睨み付けるおじ様、衛兵は蛇に睨まれた蛙の如く固まって顔色を変えた。



「え、あ、いや…その…。ちょっとした手違いです! お前達、もう行っていいぞ! それでは巡回がありますので失礼します!」



 衛兵は敬礼をすると脱兎の如く逃げ出した。

 なんという小物感…、いつか自滅しそう。



「ありがとうございます、助かりました」



「うふふ、お役に立てて良かったわ、これでお礼が出来たわね。彼らは夫に後で叱ってもらうから安心してちょうだい」



 情けは人の為ならずって本当だなぁ、2人に見送られて私達は無事に船に乗り込んだ。

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