第152話 仲直り

 今朝は早く目が覚めてしまった、隣ではまだテディがスヤスヤと寝息をたてている。

 どうやらホセは昨夜娼館には行かなかった様で、夕食後にすぐ帰って来たらしく声が聞こえた。

 私をあれだけ怒らせておいて自分はお姐さんとイチャコラしてスッキリした顔されたらキレてたかもしれない、命拾いしたな…ホセ。



 よし、テディが寝てる内に着替えて汚れた服に洗浄魔法掛けて…っと。

 テディの今日着る服を枕元に置くとそっと部屋を出て、宿屋の裏庭に向かった。

 まだ朝食の時間では無いし、ストレッチと体力作りのランニングでもしてこよう。



 ついでに市場の方に行ったら今朝水揚げされた魚も売ってるかもしれない、とは言っても貿易港だから漁師町みたいな期待は出来ないけど。

 ストレッチで身体をほぐしてから緩々と走り始める、探索魔法を展開しているので迷子になる事は無い。



 5分も走ると港が見えて来た、美味しそうな朝ご飯見つけちゃったらどうしよう、お持ち帰りしてたら買って帰るんだけどな~。

 早朝なだけあって私の様にランニングしてる人もチラホラ、服装からして冒険者だろう。



 ここの港は全然水揚げされた魚とか扱って無いらしく、客船しか停泊していなくてガッカリだ。

 きっと今日1日でメンテナンスやら動力の魔石補充やらするんだろう。

 港から少し離れると朝市がやっていた、さすがに人混みで走る訳にはいかないのでお店を見ながら歩いていると、人通りの多い方から悲鳴の様な声がした。



「そいつを捕まえて!」



「スリだ!」



「どけっ、邪魔だ!」



 そんな言葉が聞こえると同時に私を突き飛ばして男が走り去った、ふははは、モヤモヤする気分の八つ当たり先見~つけた!

 小柄な体格が幸いして華麗に人の間をすり抜けながら男を追いかける、男が路地に逃げ込もうとする先にホセが見えた、きっとホセも早く目が覚めて散策していたんだろう。



「ホセっ! そいつスリだよ!」



 咄嗟に声を掛けるとホセはすぐに動いて横を走り抜けようとした男の襟首をすれ違いざまに掴んだ。



「ぐぇっ」



「やった! さすがホセ!」



 喧嘩した事も忘れてあっさりと男を捕まえたホセに賞賛を送る。

 ストレージからロープを出したところでホセに怒ってた事を思い出したので、ロープを差し出しながら笑顔で嫌味をひとつ。



「ホセ、こいつ縛ってくれる? 縛るのは得意でしょ?」



「………」



 ホセは無言でロープを受け取ると男を後ろ手に縛り上げた。

 もがく男をホセに任せて道を戻っていると、スリの男を追って衛兵らしき人達が3人と被害者らしきおばさんが後を追って現れた。

 おばさんは男を見てあっと声を上げる。



「無事捕まえたよ、この男だよね?」



「そ、そうよ…、ありがとう」



「協力感謝する、来いっ」



 ひと言だけ言って衛兵はホセからロープを奪い取って男を連れて行こうとする、報奨金が欲しい訳じゃないけどそれだけ!?

 しかも捕まえたのはホセなのに私にしかお礼言ってないし。



「ちょっと待った! そのロープもタダじゃないから返して欲しいんだけど」



 何気に使ったロープは魔物を持ち運ぶ為に作られた丈夫な高品質の物なのだ。

 衛兵は舌打ちをして私とホセをジロジロと品定めする様に見た後、下卑た笑みを浮かべた。



「ハッ、お前らみたいなのが役に立てたんだからロープくらい喜んで差し出したらどうだ」



 こっちが小柄な女の子と獣人だけと思って明らかに見下している、おばさんが財布を受け取って居なくなったせいか、さっきと打って変わって凄く態度が悪い。

 きっとロープも手柄も自分達の物にする気だったのだろう。



「あっそう、ふ~ん、そんな事言っちゃうんだ。タリファスは侍女だけじゃなく衛兵の質も悪いのかなぁ、ねぇ、ホセ?」



 笑顔でホセを見上げるとホセは無言で肩を竦めた。



「何だとっ!?」



「これはボルゴーニャ公爵家に報告すべき事かなぁ、他国からの船が来る街にこんな質の悪い衛兵置くなんて国の面汚しになるんじゃないかっ…て」



「ボルゴーニャ公爵家…ッ!?」



 いきり立つ衛兵達にジャブを放つ、普通にロープを返してくれればこんな事言わなかったのに、公爵家の名前が出たせいか衛兵の1人が慌ててロープを解いて私に押し付ける様に返してきた。

 さすがに隣の領地の名前は知っていたらしい。



「どうも…、普通調書をとる為に話を聞かせて欲しいとか言われると思ったんだけど、捕まえた手柄は誰のモノになるのかな? まさか自分で捕まえたフリして報告…な~んて事してたりして?」



「な…っ」



 ニヤニヤしながら言ってやると、対応していた衛兵が顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。



「ククッ」



 私達の遣り取りを聞いていたスリが思わずといった風に笑いを漏らす、衛兵はスリを睨みつけていきなり殴った。



「何を笑っている!」



「ぐっ」



「ちょっと! 八つ当たりはみっともないよ。図星だから怒ってるの? 手柄はあげるから乱暴せずに連れて行けば?」



 自分もスリに八つ当たりする気満々だった事は棚に置いてシッシと手を振った。



「く…っ、獣人風情と馴れ合っている様な奴は礼儀も知らんと見える、所詮その程度の人間という事だな」



「ふふん、少なくともホセはあなたより人としての器は大きいわよ。行こう、ホセ」



 普段なら自分で怒っていそうなのにひと言も言い返さないホセに代わって言い捨てると、ホセの腕に手を絡めて引っ張って移動した。



「もういいっ、行くぞ!」



「「はいっ」」



 宿屋へ向かう私達とは反対方向へ無駄に大きな足音を立ててリーダーらしき衛兵は去って行った。

 興奮したまま行動したせいで腕を組んで歩いている事が落ち着いてきた今になって気不味くなってきた、無言で歩く私とホセ。



 そっと腕を離そうとしたら私の手に自分の手を重ねるホセ、ポンポンと優しく叩くので見上げると凄く優しい顔で微笑んでいた。



「ありがとな、それと……昨日は言い過ぎて悪かった」



 お礼はきっとホセに代わって衛兵に言い返した事だろう、昨日あれだけ怒っていたけどそんな顔をされたらこれ以上怒れないじゃない。



「しょうがないなぁ、アイルさんは心優しいから赦してあげよう」



「ククッ、へいへい」



 苦笑いしつつ肩を竦めるホセとそのまま一緒に宿屋まで戻った。

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