第119話 公爵家の護衛(10日目・夜)

「アイル様にお客様がいらしております」



 トレラーガの高級宿で夕食を食べた後、護衛の為に女3人の部屋で寛いでいたら宿の従業員が呼びに来た。



「エドかな? フェリス、この街の知り合いだと思うからちょっと行ってきて良い?」



「ええ、就寝までには戻る様にね」



「わかった、行ってきまーす」



 フェリスとビビアナに手を振って部屋を出て宿の入り口に向かうと、予想した通りエドが居た。



「あ、やっぱりエドだ」



「やぁ、アイル。今回はタリファスの公爵家の子供達を護衛してるんだって? お陰で思ったより早くまたアイルの顔を見れたから感謝しないとな」



 色気たっぷりに微笑みを浮かべ、サラリと口説き文句にしか聞こえない事を言われてしまった。

 落ち着け私、エドは変態…ただのロリコンじゃなく性別問わずの小児性愛者ペドフィリアなのよ…うん、よし。



「私もこんなに早くまたトレラーガに来るとは思って無かったわ。知っての通り護衛中だから就寝時間までしか時間が無いの」



「それならここの地下にあるバーに行こう、面白い造りになっているんだ」



「面白い造り…?」



 エドに先導されて足元だけ薄灯りで見える階段を降りて行くと、段々岩がゴツゴツした壁に変わってきた。



「洞窟みたい…」



「ここは魔導期に建てられた老舗の宿でね、土魔法で洞窟を再現したらしいんだ。冒険者にも好評だが高級宿だから妙な輩は入れないし穴場なんだよ」



「へぇ、確かに何も無いってわかってても何だかわくわくしちゃ「あっ、アイル」



 エドに開けてもらったドアを潜ると名前を呼ばれ、声の方を見ると御者も含めた男性陣全員がバーの店内に居た。



「ここはバーだぞ? 何でアイルがここに居るんだ?」



 ホセがジロリと睨んできた。



「お酒しか出さない訳じゃないでしょ? 面白い造りだからって誘ってもらっただけだもん」



 そりゃまぁ…一杯くらいならいいかなぁっていう下心が全く無かったかと言えば…怪しいけどさ。



「確かにここは内装見るだけでも楽しいかもね、盗賊のアジトをイメージしてるんだってさ」



「へぇぇ…」



 店内を見回すと樽や木箱がオブジェとして置かれていて、奥の酒蔵と思われる出入り口は檻の様になっている。

 話をしていたら不意にエドの手が腰に回された。



「アイル、私と居るんだから今は私だけを見て欲しいんだが…?」



「あ…、ご、ごめん」



 不機嫌な顔では無く、寧ろ色気ダダ漏れな微笑みで言われて動揺したせいでつい謝ってしまった。

 エドってば人心掌握の技というか、ジゴロ的才能があるよね、というより前に居た組織でそういう技術を叩き込まれているのかもしれない。



 他の皆は人数的にもテーブル席に居たので、私とエドは誰もいないカウンター席に座った。

 私は振り向き未だジトリとした視線を向けているホセに指を1本立てて媚びる様な笑みを浮かべる。



 それを見たホセがリカルドとエリアスに視線向けると、2人は肩を竦めた。

 するとホセは重いため息を吐いてから指を1本立ててコクリと頷いた、こうして1杯だけお酒を飲んでも良いという許可をもぎ取る事に成功。



「どうしたんだい? アイル」



「ん? 私ってあまり酒癖が良くなくて…だから人前でお酒を禁止されてるの。今のは1杯だけなら飲んでも良いって許可貰ったってワケ。今日は疲れてるし甘いお酒が良いかなぁ」



「ならばこの辺りの果実酒がいいんじゃないかな? 交易都市でしかも老舗の高級宿なだけあって珍しい酒も多いからね」



 カウンターの上にあったメニューを引き寄せて指を差す、そこには果物の名前がくっついているお酒の名前が並んでいた。



「あっ、コレが良い!」



 なんとライチのお酒があった、グレープフルーツのジュースがあれば楊貴妃になる。

 名前に惹かれて試した時からお気に入りのひとつなので仕入れ先を教えてもらえないだろうか、今回は1杯だけだしロックにしようかな。



「ストレートで? それともロック?」



「ロックで」



「君、ライチ酒をロックで2つ、…2杯分の量で」



 ロックは基本的に量が少なめだもんね、エドは後半はコソッと注文してくれたけど、きっとホセには聞こえているだろう。

 視線が背中に突き刺さっててちょっと今振り向けないけど合わせて2杯分だしまだセーフだよね、うん。



「お待たせ致しました」



 差し出されたグラスを受け取り掲げたグラスをカチンと合わせる。



「初めてアイルとお酒を飲める今夜に」



「ふふ、そう言えば食事はした事あってもお酒は一緒に飲んだ事無かったもんね。エドは普段も甘いお酒飲んだりするの?」



 ひと口お酒を飲み込むと時間差で胃が熱くなる、このお酒結構強いやつだ。

 でも口当たりは甘いジュースと変わらないからゴクゴク飲んじゃいそう。



「いや、アイルが好きなお酒の味を知っておこうと思ってね…うん、甘いな。アイルの唇も同じくらいの甘そうだが」



 エドはそう言って艶っぽく微笑みを浮かべた、言われてペロリと唇を舐めると甘いライチの味がした。



「ホントだ、唇まで甘くなってる。それじゃあひと口飲む度に唇舐めたら2度美味しい! な~んてね、にゃはは」



 大事に飲んでいたつもりがもうカラカラと氷の音しかしなくなってきた、体温が上がり熱い吐息が漏れる。



「アイル? 大丈夫かい?」



「んふふ、酔わせたのはエドのくせにぃ~、私を酔わせてどうするつもり~?」



 思ったより強かったし、2杯分飲んだからちょっと酔っ払っちゃっただけだもん、お約束を口にしながら人差し指でエドの二の腕をグリグリと弄った。



「お酒より私に酔ってくれてるのなら嬉しいんだけどね? 良かったら今夜はこのまま「悪いがそこまでだ」



 私とエドの間に見慣れた褐色の手が現れた。



「ホセ? どうしたの?」



「お前…約束破って2杯分飲んだよな?」



 ジロリと怖い顔で睨まれて肩を竦めて上目遣いでホセを見る。



「ごめんなさぁい…」



「いや、アイルは悪く無い、2杯分だが1杯しかし飲んで無い事には変わりないからな」



「詭弁だな、コイツはこれ以上飲んだらヤベェんだよ。今でギリギリくらいか…ホレ、部屋まで連れてってやる」



「ん…」



 確かに歩くのちょっと辛いかも、腕を広げるホセに両手を伸ばすと子供にするみたいに縦抱きに抱き上げられた。



「アイル…」



「エド、ごめんねぇ、ちょっと酔っ払っちゃったみたいだからもう寝るね。そろそろ就寝時間だし今日はこれでお開きにしよう、帰りにも寄るからお土産買ってくるね」



 ふわふわしているせいか勝手に顔がニコニコしちゃう、エドに手を振るとホセが動き出したので慌てて首にしがみつく。

 いつの間にかリカルド達も部屋に戻っていた様で店内に居なかった、部屋に送り届けられた私はフェリスにお酒臭いと叱られながらそのまま眠りに落ちた。

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