第120話 公爵家の護衛(11日目)

 お酒を飲んでそのまま寝たせいか、薄暗い日の出前に目が覚めてしまった。

 静かにベッドから抜け出して部屋にあるバスルームに向かった、ホテルに着いた時点で着替えはしたけどお風呂に入らず寝ちゃったんだよね。



 トイレを済ませてお風呂に入る事にした、私とビビアナが寝てる場所は従者用のベッドで、主人の後に従者がお風呂に入る事を想定しているのかバスルームに防音が施されているので水音を気にせず朝風呂を堪能した。



 ドライヤーの魔導具があるからそれで乾かしてもいいけど、結局いつも洗浄魔法を使ってしまう。

 洗髪料の違いのせいで仕上がりが日本と比べて満足出来ない為だ、だけど頭を洗うのは気持ち良いので魔法で済ませられるけど一応洗っている。



 今夜は夜営所が整備されてるとはいえ、どうしても山の中で夜営になるらしい。

 その場で堂々と魔法が使えない為ちょっとした細工をしておく事にした。

 水の皮袋にインクとペンで…っと、これでパッと見ただの皮袋だけどお湯が出せる魔導具なんですって言い張れる。



 知識自体はあるからそれっぽい魔法陣のマークを描いて区別がつく様にして、もうひとつ水専用を作っておこう。

 これで夜営の時身体拭いたりするお湯出す時にいちいち沸かさなくてもお湯が使える。

 作業が終わる頃にはすっかり太陽が昇って部屋の中が明るくなってきた。

 


「んぅ…、アイル…? おはよう、もう起きてたの?」



 セシリオが見たら朝から襲い掛かるんじゃないだろうかと思う色気を撒き散らしながら身体を起こすビビアナ。



「おはようビビアナ、ちょっと早く目が覚めちゃった」



「ふふ、昨夜の事は覚えてる? ホセが不機嫌そうにアイルを抱っこして連れ帰って来たけど、約束破っちゃったの?」



「覚えてるよ、ちゃんと許可貰ってから1杯だけ飲んだんだもん。ちょっとエドが注文する時に多めに入れる様に言ったからほろ酔いにはなっちゃったけど…」



「あら、それならアイルがお酒に弱い事がエドガルドにバレちゃった訳ね? 道理でホセの機嫌が悪い訳だわ、今後エドガルドはアイルにお酒を飲ませようとするかもしれないから気を付けなさいよ」



 人差し指で優しく私の額をトンと突いてビビアナは着替え始めた。

 1時間後には皆起きて食事を済ませると、少し食休みをとって出発した、予想通り待っていたエドに見送られて。





[side エドガルド]



 ある日、半月程前にこの街に寄ったタリファスの公爵家の子女がウルスカからこちらへ向かうという情報が入った。

 ウルスカと言えばアイルの住む街、他国の貴族なんぞよりアイルが来てくれれば良いのにと思いながらも報告書を読み進めて私は思わず拳を握った。



 ふふふ、そうか、護衛がアイル達なんだな…、それまで興味を持たなかった公爵家の子女に感謝しつつ積まれた書類を片付ける。

 アイルに会う為に仕事を放り出すとアルトゥロが煩いからな、アイルと共に過ごす時間の為に仕事を前倒しでやってしまおう。



 まだアイルとは数回しか会って無いが、反応を見る限りラフな格好よりカッチリしたスーツ姿の方が好きなのだろう。

 アイルに会う時はスーツで、そして紳士的に振る舞う方が好まれると学習した、お陰で前回はマッサージを口実に触れる事も出来たしな。



 普段なら1週間で到着するのにもう10日目だ、今日も来ないのかとアルトゥロに給仕をして貰いながら夕食を食べていたらトレラーガで最高級の宿に入ったと報せが来た。

 流石に他国の公爵家の人間が居るところへ押しかける訳にもいかず、夕食が終わるであろう時間まで待って会いに行く。



 宿の従業員にアイルに会いに来た事を伝えてエントランスで待っていると、いつもの愛らしい笑顔でアイルが現れた。



「あ、やっぱりエドだ」



 どうしてアイルに対してここまで心が震えるのだろう、アイルに対しては踏み付けにされたい気持ちと護りたい気持ちと蹂躙したい気持ちが同時に湧き上がる。

 公爵家の護衛をしているのであまり時間は無いと言うアイルに宿の地下にあるバーに行く事を提案した。



 盗賊のアジトをモチーフに洞窟を再現してあって人気がある、きっとアイルも気に入ると思って誘うと提案に乗ってくれた。

 喜びながらバーに向かうと残念ながらアイルのパーティ仲間が居た、何やら酒を出す店だからと揉めている様だ。



 そういえば食事をした時も食前酒すら断っていたが、やはり苦手なのだろうか。

 せっかく2人で来たのだからと店内の説明をしながらパーティ仲間と離れたカウンターへと誘導する、キョロキョロと興味深そうに店内を見回すアイルが小動物の様に可愛らしくて揶揄いたくなってしまった。

 出来るだけ下心がバレない様に心を落ち着け、腰に手を回して微笑みを浮かべる。



「アイル、私と居るんだから今は私だけを見て欲しいんだが…?」



「あ…、ご、ごめん」



 紳士的に振る舞うとやはりアイルは反発しようとしない様だ、少し照れた様に素直に謝罪の言葉を口にするアイルはこのまま連れて帰りたい程だ。

 そんな邪な考えを見透かされてはいけないと心を落ち着かせていると、隣でアイルが仲間達となにやら遣り取りをしていた。



「どうしたんだい? アイル」



「ん? 私ってあまり酒癖が良くなくて…だから人前でお酒を禁止されてるの。今のは1杯だけなら飲んでも良いって許可貰ったってワケ。今日は疲れてるし甘いお酒が良いかなぁ」



 良い事を聞いた、酒が嫌いな訳じゃないらしい、カウンターに置いてあるメニューを見せて甘くて飲みやすいが強めの酒の名前が並んでいる辺りを指差して勧めると、南国で作られる強い酒を選んだ。



 嬉しそうに選ぶ姿を見る限り酒自体は好きなのだろう、しかし仲間からは1杯だと決められている様だ。

 店員に2杯分の量を入れる様に指示したが、アイルが何も言って来ないところを見るとやはり酒は好きな様だ。



 グラスを合わせて会話を楽しんでいたら、段々アイルの目がとろりとしていつもは感じさせない色気が出て来た。

 そのせいかつい昔の仕事で培われた口説き文句が口を突いて出てしまった。



「アイルが好きなお酒の味を知っておこうと思ってね…うん、甘いな。アイルの唇も同じくらいの甘そうだが」



 そう言うとアイルが妖艶な仕草でペロリと唇を舐めた。



「ホントだ、唇まで甘くなってる。それじゃあひと口飲む度に唇舐めたら2度美味しい! な~んてね、にゃはは」



 今のは幻だったのかと思う程色気という物が吹き飛んだ。

 グラスが空になる頃にはアイルの呼吸が浅くなり、頬が朱がさして瞳が潤んでいた。



「アイル? 大丈夫かい?」



「んふふ、酔わせたのはエドのくせにぃ~、私を酔わせてどうするつもり~?」



 声を掛けるとまさかの答えが返って来た、落ち着け私、これはアイルから誘ってくれたと考えて良いんだろうか…、良いよな!?



「お酒より私に酔ってくれてるのなら嬉しいんだけどね? 良かったら今夜はこのまま「悪いがそこまでだ」



 私の家で飲み直してあわよくば…と思っていたのに邪魔が入った。

 何やらアイルに説教をし始め、アイルも素直に謝っている、そんな愛らしい上目遣いをしたらこの獣人が邪な事を考えてしまうだろう!?



 アイルは獣人に言われるがまま素直に抱き上げられてしまった、完全に信頼しているとわかる素直さで。

 私はまだそこまで信用されていない、ある程度心を許してくれているのは感じるが内側までは入れて貰っていないのはわかる、今夜も側に仲間が居なければ酒を飲んだりしなかったのだろう。



「アイル…」



 思わず縋る様に名前を呼ぶと、獣人に抱き上げられたままニコニコと嬉しそうにもう寝ると言われてしまった。

 獣人が言ったギリギリというのは正気を保っていられるという意味だろうか、初対面の時に睡眠薬を仕込んだがもっと有効な手段がわかっただけ今日は収穫があったと言える。



 またお土産をくれると言っていたし、今後もチャンスはあるだろう。

 完全に信用してもらえるまで焦らされてると思えばこれはこれで……ふふふ。

 昂った気持ちを鎮める為にも以前に比べて格段に治安が良くなった夜道を歩いて家まで帰った。

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