第115話 香りの暴力

 ふっふっふ、昨日は時間を掛けて牛スジカレーを作ったので今朝はいつもよりお肌の調子が良い気がする、若いから前みたいに顕著じゃないけど。

 大きい寸胴鍋で作ったから皆で食べてもあと2食はイケる量が残ってる、よしよし。



 敢えてストレージには片付けずに一晩寝かせておいたから今朝はつけパンで朝カレーにしちゃおうかなぁ。

 エプロンを着けて寸胴鍋を火にかけた、最初は強火にしていたからブホッブホッとカレーが爆ぜる音が鍋から聞こえたので火を弱めてかき混ぜる。



 温まった分だけフワリとスパイシーな香りが厨房に漂う、どうしてカレーってこんなに暴力的なまでに食欲を唆る香りなんだろう。



「もう…、むしろコレを食べないという選択は罪…!!」



 時々カレーをかき混ぜつつパンの籠にクロワッサンやロールパンをこんもりと乗せ、林檎をウサギの飾り切りにして酸化で変色するのを防ぐ為にお皿ごとストレージに入れた。



 皆は昨夜と今朝連続でカレーは嫌かな?

 あと玉子焼きとサラダは準備するつもりだけどカレー以外のメニューが良いって言われたらストレージのストックから出せばいいか。

 カレーがコッテリだからサラダはマヨネーズじゃなくてあっさりめのドレッシングにしよう。



 千切りキャベツとベビーリーフのグリーンサラダの準備が出来たのでもう一度鍋をかき混ぜてから玉子焼き…というよりちょっと緩めのプレーンオムレツを人数分。

 カレーに入れてオムカレーっぽく崩しながら食べるも良し、カレーの途中で口直しとして食べるも良し。



 カレーも火が通ったみたいだし、あとは食堂に運んで皆を呼ぶだけ。

 一旦ストレージに収納して食堂のドアを開くと全員揃っていた。



「「「「おはよう」」」」



「あれ? おはよ、珍しくもう全員揃ってるんだね」



「だってよぅ、カレーの匂いが2階まで流れてきて腹減って来ちまって…」



「ああ、昨日食べたが今朝も食べていいんだよな?」



「僕も! もうお腹がカレーしか受け付けなくなってる」



「純粋に食べたいのもあるけど、何だかお肌の調子が良いのはカレーのせいかしら?」



「今朝はカレーライスじゃなくてパンにつけて食べるスタイルにするね。ビビアナ、お肌の調子が良いのはカレーに使ってる牛スジのおかげだよ。手間は掛かるけどお肌にも美味しいカレーになるの」



 牛スジはアクと脂との闘いだ、生の状態でひとつずつ血の塊とか洗い流して2回水から茹でてアク取りして、3回目に水に葱の緑の部分とスライスした生姜とお酒を足してから1時間くらいアクを取りつつ茹でて、またひとつずつ水で洗い流してやっとカレーに使える。



 この下処理をしないと臭みが強くて脂でギトギトのカレーになってしまう。

 20代後半になってからよく作ったけど、1度手を抜いて1度茹でただけで使ったら脂がギトギトでお腹の調子が悪くなってしまった。

 コラーゲンと脂はワンセットなので下処理大事。



 食事が終わり、昨日の洗濯物と食器に洗浄魔法を掛けて片付けが終わったら皆で冒険者ギルドへ向かった。

 昨日出し損ねた角兎ホーンラビットも買い取りして貰わないと。



 冒険者ギルドに到着するとフェリシアとクラウディオが護衛と共に居た、冒険者は辞めると言っていたのにどうしたんだろう。

 2人は私達を見つけると優雅に歩いて向かって来た。



「待っていたぞ、君達に私達から指名依頼だ。依頼内容は私達を家まで護衛する事、片道2週間くらいだな。依頼料は最低でも1日大銀貨5枚、評価により上乗せありだ、悪く無いだろう?」



「道中の食事をそちらで準備して欲しいの、準備して頂いたらその分の上乗せは当然しますわ。わたくし昨日頂いた食事がとても美味しかったからあなた達が食べていた物が凄く気になって…」



 ぽ、と頬を薄紅に染める姿は初対面の印象とはまるで別人の様に可愛かった。

 思わず頷きそうになったけど、依頼を受けるかどうかはリカルドの判断による、リカルドを見ると数秒考えてから口を開く。



「手紙はもう送ったのか?」



「ああ、今朝出した」



「それならすぐに出発してしまっては手紙と同時に到着する事になるだろう、何日か後に出発する事を勧めるが…とりあえず返事は1日待って貰えないだろうか」



「なるほど、そうだな。わかった、では明日のこの時間にまたここで待っているぞ」



「わかった」



 リカルドがコクリと頷くとクラウディオ達はギルドから出て行った。



「さて、相談したいんだが…討伐系採取を受けて道中話すって事で良いか?」



 リカルドの言葉に従い森へ向かう道中に依頼を受けるか相談した。

 リカルドが迷ったのは行き先が母国タリファスである事、家出状態で出てきてしまったので、今ならAランクになった事で強制的に戻される心配が無いから1度家の様子を見に行きたいらしい。

 しかし自分の都合で私達を付き合わせるのは申し訳ないと言う。



「何言ってんの! むしろリカルドの家族に楽しく冒険者してるから安心して下さいって挨拶する気満々なんだからね!?」



「あはは、だよねぇ。アイルの魚三昧に付き合ったのにリカルドの里帰りに付き合わない、なんて事は無いよ」



「わはは、ちげぇねぇな!」



「途中で付き合うの離脱したくせに!」



 エリアスとホセが並んで歩いていたので後ろから2人目掛けて体当たりしたが、2人共フィジカルが強くてフラつきもしなかった、くそぅ。



「うふふ、ついでに貯めたお金かお土産持って行けばヘタな貴族より良い生活だって出来るって証明できるんじゃないかしら?」



 悔しそうにする私を見て笑いながらビビアナが言った、確かに冒険者初めて1年経ってない私でも分配金でそれなりに豪遊しようと思えば出来る貯金が貯まっている。

 何年も冒険者しているリカルドならもっと貯まっているんだろうな。



「はは、そうだな。皆ありがとう、それじゃあ護衛依頼を受ける事にする。アイル、また大量の食事の準備しなきゃならないが頼むな」



「了解、でも皆にも手伝ってもらうからね!」



 その日の帰りは皆で大量の食材を買い込んで帰った、また地獄のBLTサンド作りマラソンが待っている…。

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