第108話 新人教育?

「おいおい、ビビって泣いちゃったんじゃねぇの?」



「お嬢ちゃ~ん? 大丈夫でちゅか~?」



「ギャハハハ、オメェの赤ちゃん言葉なんて気色悪いっての!」



「俺も自分で言ってて気持ち悪かった、なんてな! わははは」



 笑いを堪えて俯いていたら、震える肩を見て勘違いした新人達が更に調子に乗り始めた。

 ニヤついている周りには気付いて無い様だ、受付嬢ですら憐れんだ様な微笑みを浮かべているというのに。



「ほれほれ、さっさと家に帰って母ちゃんに甘えてこいよ。お前の順番は俺達が変わってやるからよ」



 私の肩を掴もうとした手をパンと良い音が鳴る様に払い除ける。



「全く…、女が3人集まると姦しいとは言うけど、男3人でも十分姦しいのね? 自分が母親にまだ甘えたいからって私まで同じだと思わないでくれる? 相手の実力もわからない坊やはお呼びじゃないのよ」



 腕を組んで思い切り見下してハンッと鼻で笑ってやった。

 酒場からヒューヒューと囃し立てる声や口笛が聞こえて来て、呆然としていた新人達はその声に正気に戻っていきり立った。



「てめぇ! 優しく言ってりゃ調子に乗りやがって!!」



 いつ優しく言ったんだ、赤ちゃん言葉の事じゃないよね?

 心の中でツッコみながら掴みかかって来たので逆に懐に入り込むと胸倉を掴んで足元を横に蹴り払った。



 掴んだ胸倉を支点に弧を描く様に華麗に宙を舞う男、ちょっと力を入れ過ぎたかもしれない。

 良くて打撲、もしかしたら骨にヒビくらい入ったかもしれないが絡んで来た勉強代だと思ってもらおう。



 宙を舞っている最中に手を離したので蹴られたオレンジの髪の男は横向きに床に落ちた。

 それを見て青髪の男が殴り掛かって来たのでヒョイと避けると、勢い余って私の前に並んでいた大男の背中に拳がめり込ん…、いや、逞しい筋肉の鎧に当たった。



「おいおい、この俺に喧嘩を売るたぁ良い度胸だなぁ?」



 ゆっくり振り返る大男に新人達は顔面蒼白になる。

 大男…バレリオはもうすぐBランクと言われているCランク冒険者でそれなりに名前の売れている中堅のベテランだ、当然新人達もよく知っていた。



「あ、あの…、す、すまねぇ…、このガキが避けたせいなんで…」



「あぁん!? 誰にモノ言ってんだ? 嬢ちゃん、先に受け付けしていいぜ。俺ぁコイツらにちぃーっとばかしお説教してくるからよ」



「わかった、ありがとう! 今度何かお礼するね」



「期待してるぜ」



 ニカッと笑ったバレリオの背中側に顔を出す様に左1人、右に2人纏めてヘッドロック状態で引きずられて行く。

 次が順番だったのに新人の躾まで請け負ってくれたのだ、何か差し入れせねば。



「次の方…アイルさん、Aランク昇格おめでとうございます! ギルド証皆さんの分もお渡ししても?」



「うん、皆もすぐ来るから貰うね」



 そんな私達の遣り取りを目撃した新人達は目玉が零れ落ちそうな程目を見開いたまま外へと連れ出されて行ったと新人達の次に並んでいた人が教えてくれた。



「ははっ、バレリオに美味しいとこ持って行かれたのか?」



 頭に手が置かれ、振り向くとホセをはじめ仲間達が揃っていた。



「美味しいとこって…、私は弱い者いじ…じゃない、躾するのを楽しむタイプじゃないからね? 面倒事を引き受けてくれたからお礼するつもりだもん…と、それより皆の冒険者証ね!」



 Aランクになって艶消し加工のミスリル製のタグに変わった冒険者証を皆に手渡した、ちなみにSランクは金色になる。

 各自首に掛けると嬉しそうに眺め、満足すると家に向かった。



「あの子達はちゃんと仕事してくれてたみたいね」



 家に入って辺りを見回してビビアナが言った、あの子達というのは家の管理を任せていた孤児院の子供達の事だ。

 もうすぐ孤児院を出る大きい子達なので掃除もバッチリしてくれている。



 ふ、ふふふふ、やっと帰ってきた、これでオーブンも調理器具も思う存分使って料理が出来る!

 別に料理が好きな訳じゃないけど、移動中に料理してると「家だとコレ作ってる間にもう1品作れるスペースあるのにな」とか「オーブンあったら同時進行で作れるのに」とか小さなストレスが溜まっていたのだ。



 安定した調理台がこんなに恋しくなるとは思わなかった。

 そんな訳で思う存分調理台に活躍してもらう為にも今夜はピザを作りたいと思います!

 疲れてはいるけどこのストレスを先に解消しないと安眠出来ない気がするし。



 ホームベーカリーが無いから200回生地を叩きつける方式で生地を練り、発酵させてる間に照り焼きチキンと港町で手に入れたタラコを解して、マヨネーズを作る。

 生地が出来たら日本でも密かに練習していたクルクル回転させながら生地を大きく…っと、危ない!!

 台の上に落ちたからセーフ!!



 やはり素人には難しいから大人しく麺棒で広げよう…。

 フォークで穴を開けて具材を乗せて3種のチーズを乗せて予熱したオーブンにぶち込めば後は待つだけ。

 やっぱりマルゲリータも欲しいからトマトも切ろう。



 ピザの焼ける匂いに皆もお腹が空いてきたらしく、ソワソワとキッチンを覗きに来たけど、他の料理みたいに味見なんて出来ないもんね。

 大人しく焼けるのを待ってもらってドンドン焼いていく、第一陣が焼けたので食事を開始。



 皆はお酒を飲んでるけど、私は約束通り我慢我慢…!

 いいもん、焼き立ての美味しさはお酒を飲まない方が繊細な味までわかるもんね。

 たらこマヨチーズという罪な美味しさを誇るピザに思い切り齧り付き、上顎に張り付いたチーズで火傷した。



「あがががが!」



 行儀は悪いがそんな事にかまってられなくて指を口に突っ込んで張り付いたチーズを剥がす、勿体ないからちゃんと口の端で咀嚼して飲み込んだ。

 冷たいお水をすぐ飲んだけど、上顎の皮がベロっとめくれて熱いピザを食べるのが困難になってしまった。



「口の中火傷して熱々が食べられないよぅ」



 そう嘆く私にリカルドは首を傾げながら言った。



「治癒魔法掛ければいいじゃないか」



「あ…っ」



 過去タコ焼きで同じ目に何度もあったけど、治るまで我慢するしかなかったから治癒魔法という考えが抜け落ちていた。

 お陰ですぐに治して美味しくピザを食べた、そして久々に思う、ファンタジー万歳!

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