第46話 見られた?

 あの後、ヘラルドは魔法の事に触れてこなかった。

 ちょっと挙動不審になったかもしれないけど、下手に自分から暴露するのは悪手だろうと平静を装いつつ食事の後は昨日と同じ陣形で出発した。



 見張りを交代した時は早起きした分眠気に襲われるかと心配したが、今はそれどころでは無い。

 今朝の事が無ければ今頃ホセに背中を預けてウトウトしていただろう。



「おい、アイル」



「ん?」



 馬上でホセが声を潜めて話しかけてきた。



「お前ヘラルドに気があるのか?」



「はぁ!? 何でそんな突拍子もない事言い出したの?」



「いや…、後ろでヘラルドが今朝からアイルが自分に対して態度がおかしいのは惚れられたからだろうかってビビアナとリカルドに言ってるからよ」



「………ッ!?」



 クラッと目眩がした、こっちはドキドキヒヤヒヤしていたのに何でそんな愉快な勘違いしてるわけ!?

 ちなみに私にはそんな会話は蹄の音に紛れて全く聞こえていなかった、獣人だからこそ聞こえたのだろう。



「で? どうなんだ? ビビアナが休憩の時にそれとなく聞いてみるとか言ってるぜ?」



「いや、あの…ね、実は今朝野犬の血の跡を魔法でキレイにして振り向いたらヘラルドがいたの。それで…、その、見られたかもしれなくて…」



「…………」



 軽率だと怒られるだろうか、自然と説明しながら俯いてしまう。

 何も言ってくれないホセに焦燥感が募り振り向くと口を押さえて笑いを堪えていた。



「ちょ、何で笑ってんの!? こっちはずっと気が気じゃないっていうのに」



 怒られると覚悟した分拍子抜けで、緊張した分抗議の意味を込めてペシペシとホセの太腿を叩いた。



「ああいや、すまねぇ、そういう事かって思ってよ。クククッ」



「どういう事よ」



 ホセが笑ってちゃんと答えてくれないので首が痛くなる程後ろを向いてジロリと睨み上げる。

 ホセはそんな私の視線を受け止めてとニヤリと笑って耳に口を寄せて囁いた。



「アイルは知らなかっただろうけど、ヘラルドってあまり目が良くないんだ。こういう買い付けの時以外は村の店で書類仕事やってる上に本が好きらしくてな、ハッキリ見えるのは伸ばした手までらしいぞ? だから見えて無かったんじゃないか?」



「な…っ」



 思わず叫びそうになり、咄嗟にホセに口を手で塞がれた。



「バッカ、叫んだら不審がられるだろうが。アイツらにどうしたんだって根掘り葉掘り聞かれてもいいのか?」



 言われて小さく首を振ると口から手が離れた。

 ヘラルドは近眼だったのか、だったらあの時はまだ薄暗かったし洗浄魔法の水みたいなエフェクト出ないから見えてないよね。

 良かった~! ホッとしたら身体の力が抜けてしまい、ホセが慌てて支えてくれた。



「おいおい、気ぃ抜き過ぎだろ」



「えへへ、ごめんね。安心したら力が抜けちゃった、それにしてもホセって温かいね」



 後ろから抱き締められてる状態なのですっぽり収まるサイズの私は背中がほっかほかだ、筋肉が多いと体温が高いって本当なんだなぁ。

 夏にはくっ付きたくないかも、それまでに馬に乗れる様に乗馬の練習しなきゃ。



「オレはアイルが防風壁になってる分寒くはないけどな、まぁ…、部分的だけどよ」



「どうせ小さいですよ! っていうかホセが大きいんだよ! 私の国だと私が女性の平均くらいなんだからね!?」



 実際胸からお腹にかけてくらいしか風は防いで無いだろう、プリプリ怒ってやると宥める様に頭を撫でられた。



「はいはい、オレが大きいだけですよ」



 くぅッ、完全に適当に流された、孤児院で子供達のお世話してただけあってホセはあしらうスキルが結構高い。

 ムキになるのも大人気無いので引き下がるしかないのだ、背後で笑ってる気配を感じながらも口をつぐんだ。



「ホセ! もうすぐ休憩場所だがわかるな?」



「おぅ、沢が流れてるとこだろ? わかるぜ」



 出発して3時間程馬を走らせたところでリカルドから声が掛かった、何度か来ているというだけあってこの先の道もよく知ってる様だ。

 休憩場所到着したので皆に温かいお茶を配る、何故かヘラルドの元気が無くなってるけど何かあったんだろうか?



 沢で水を飲む馬に並んで岩に腰掛けお茶を飲んでいると、ニマニマと笑っているビビアナが近付いて来て隣に座った。



「どうせホセから私達の会話聞いたんでしょ? ヘラルドったらアイルが自分に気があるかもしれないって言ってたのに、2人が馬上でイチャイチャしてるの見てただの自意識過剰だったって落ち込んでたわよ」



「へ!? そんな、イチャイチャなんてしてないよ!?」



「やぁねぇ、アレ無自覚だったの? ホセはヘラルドを牽制する為に態とやってるのはわかってたけど…」



 ビビアナはクスクスと笑いながら片手で私の肩を抱いた。

 何だかんだ異世界こっちに来てからスキンシップが増えた、だからイチャイチャしてる様に見えたのかも。

 だけどホセから私に対して恋愛感情は感じないし、ヘラルドの勘違いってわかってて牽制する必要なんてあるかな?



「牽制だなんて…、何の為に?」



「リカルドも言ってたけど、アイルの居ない『希望エスペランサ』はもう考えられないんだからね。ヘラルドが間違っても自分の村にアイルを引き留めたりしない様にじゃない? アイルは可愛いし村には独身男もそれなりに居るもの」



「ああ…、村の嫁要員か…。確かに村の規模によっては切実な問題だろうねぇ。それならビビアナも同じでしょ?」



「ふふ、あたしくらい顔と名前が知られてると気軽に声を掛けて来る奴はグッと減るのよ。アイルも周りに実力と顔を覚えられたら面倒は減るわよ?」



「そっか、そうなる様に頑張らないとね!」



 私は気合いを入れ、拳を上げて立ち上がった。

 そんな行動に対し、同行者全員が生温かい視線を向けている事に気付かずに。

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