第38話 訓練施設

「く…っ、ふぅふぅ、はぁ…っ、60ッ!」



 自室の絨毯の上にベシャッと崩れる、昨日までの馬車生活で筋力が落ちたかもしれないと思って筋トレのプランクしていたんだけど、キツくなるのが心なしか早かった気がする。



「アイルっ、大丈夫か!?」



 勢いよくノックもせずドアを開けたのはホセ、大の字に潰れた私を慌てて抱き起した。



「はぁ、はぁ、…ホセ、どうしたの?」



 どうしてこんなに慌てているのだろうかと片膝をついたホセに上半身を抱えられたまま首を傾げた。



「どうしたの…って、1階に行こうとしたらお前の苦しそうな息遣いが聞こえて来てドアを開けたら倒れてたんじゃねぇか! 苦しいのか!?」



 あ、コレ凄く恥ずかしいやつだ、確かにホセが入って来た時は床に倒れてハァハァ言ってたもんね。

 人差し指をくっつけてモジモジと言い訳を考えたが良い言い訳が出て来なくて正直に話す事にした。



「え~と…、えっとね…、あはは…、馬車の移動で身体がなまっていたから鍛錬してただけなの…」



「たんれん…」



 ガクゥ、と私を抱えたまま脱力して両膝をつくホセ。

 まさか息遣いが階段のところまで聞こえるなんて思わなかったよ、獣人の聴力恐るべし…!



「紛らわしくてごめんね、今度から事前に知らせておいた方がいい?」



「あ、いや、アイルは魔法を使うから鍛錬するっていう考えが無かっただけだし気にしなくていいさ。何なら今からギルドの訓練施設に行くけど一緒に行くか?」



「へぇ、そんなところがあるんだ。うん、どんな所か見てみたいし一緒に行こうかな」



 そんな訳でやってきました、冒険者ギルドの訓練施設!

 といってもただの屋根付き広場的な? ギルドのカウンターのある建物と繋がってる解体場の更に奥にあった施設で端っこには打ち込み用カカシがあって、解体場の2階の半分くらいが観覧席みたいになってる。



「昇格試験に使われるけど、普段はギルドに登録してる奴なら自由に使えるんだよ。ただいつも同じ様な事しか出来ねぇからマンネリなんだよな、何か良い鍛錬方法知らねぇ?」



「う~ん、ホセは無手だから筋トレだよねぇ。よくあるのだと天井からロープぶら下げて腕だけで登るとか?」



「おお! 良いなそれ! ここの天井高いし良い鍛錬になりそうだぜ! 長いロープねぇか聞いて来る、解体場なら吊り下げたりするのに使ってるだろ!」



「あっ、できれば2本持ってきてね!」



 尻尾を振りながら出て行ったホセを見送り、鍛錬場に置いてある木で出来た武器や潰し身の武器を見つつ、他の冒険者達が手合わせしているのを見学していた。



「おぉ!? そこにいるのは肝の据わったお嬢ちゃんじゃねぇか!」



 数人の荒くれ者っぽい冒険者がゾロゾロと入って来て、その内の緑の髪と髭の大男が声を掛けながら近付いて来る。



「いやぁ見てたぜ、あのトレラーガの女だけのパーティはいっつも周りを見下しててよぅ、あの時ゃスッキリしたぜ~! 良くやってくれた!」



 そう言ってワッシワッシとゴツゴツの手で私の頭を撫で、首がグラングランと大きく揺れてアワアワしていたらピタリと動きが止まった。



「サウロ、ウチの大事なアイルの首がもげたらどうするんだ、もっと優しく扱ってくれよ」



 見るとロープを持ったホセがサウロと呼ばれた男の手首を掴んでいた。



「わははは、悪りぃ悪りぃ! 大丈夫か? 嬢ちゃん」



 サウロは赤い目を細めて笑いながら顔を覗き込んで来た、悪いと言いながら反省の色は見えない。

 なのでここは「泣く子にゃ勝てない作戦」で反省してもらおう、下唇を噛み、眉尻を下げてサウロの方を見てからホセに抱きつく。



「ふぇぇ~ん、ホセ、怖かったよぅ。首が痛いよぅ」



「え!? 大丈夫なのか!? 治癒魔…治癒師かポーションは必要か!?」



 こんな甘えた様な態度の私は初めて見たせいか、ホセは結構動揺した様だ。

 咄嗟に治癒魔法って言おうとして言い直したし。

 心配そうな顔で覗き込むホセに少々罪悪感を覚えつつも、ホセにだけ見える様にニヤリと笑ってウィンクした。



 周りから見たら小さい子供を虐めた大男の出来上がりだ、何せサウロはホセより大きくて2mくらいある。

 ホセは一瞬笑いを堪える様に俯いてから神妙な表情で顔を上げた。



「可哀想に、小さいのにサウロみたいな大男に乱暴な扱いを受けたら怖いよなぁ。よしよし」



 ホセはわざとらしいくらい優しく抱きしめながら頭を撫でた、小さいのにって言うのは余計なひと言だと思うの。



「す、すまねぇ、普段子供と関わらねぇから加減がわからなくてよ。お嬢ちゃん、悪かった!」



 今度はしっかり反省した様だったので許してあげる事にした、ふふふ、1度泣かせて謝った相手には無意識に甘くなるので何かあった時には味方にできるだろう。

 そんな下心を抱きながら内心ニヤリと笑いつつ、少し拗ねた顔でサウロを見た。



「仕方ないから許してあげる、もう乱暴に扱わないでね?」



「わかった…」



 騒ぎが収まり、手合わせの手を止めてこちらを伺っていた冒険者達もホッとした様だ。

 ひと段落したのを見計らってホセがグルグルの輪になっているロープを掲げた。



「ロープ持って来たぞ、このまま天井の梁に縛れば良いのか?」



「1本はそれで良いよ、上級者用ね。もう1本はロープを掴んだ手が滑り落ちない様に結び目を作っておくの」



「はぁ? いちいち縛ってたら大変じゃねぇ?」



「大丈夫」



 ロープの輪を作り直す時に捻る様に輪を作り、長い方のロープの端が輪と輪の間に挟まる形を繰り返してどんどん輪を作って最後に先端を輪に通してスルスルと引っ張ると等間隔に結び目が次々に出来ていく。



「スゲェな、どうなってんだ?」



「やり方は知ってるけど、原理までは聞かないで…。とりあえずこうやったらこうなるの!」



 昔テレビで見たから知ってるだけなので聞かれても困る。

 そして初心者向けロープも完成したが問題が1つ。



「ところでコレ誰が梁に縛るの?」



 私の言葉で訓練場を静寂が包んだ。

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