第36話 尋問

「さて、早速だが先日の掃除屋ギガント・コックローチの件…、解体した者達が異様に冷たくなっていたと言っていたんだが心当たりはあるか?」



 兜を脱いだ小隊長はエドガルドと同じくらいの年齢に見えた、っていうか早速過ぎるだろう。 

 まだ名乗ってもらってもいないし、こっちの名前も聞かれてないからそれはありがたいけど。



 騎士の1人がお茶を淹れてくれたけど絶対飲まないからね、あんたヤツを解体してた内の1人なんでしょ!?

 氷地獄コキュートスのせいで冷たくなっていたんだろうけど、適当に魔道具使ったとか誤魔化せるかな。



素早い動きだったから動きを止める為に氷魔法を閉じ込めたスクロールを使ったのよ」



「何ッ!? そんな物があるのか!?」



 おっとイヤミに気付いてないのかスルーしたのか、はたまたそんな魔導具は実在していなかったからだろうか、小隊長は驚いてソファから立ち上がった。



「もう無いよ、使い捨てで最後のひとつという貴重な物だったけど非常事態だったからね」



「本当か…!?」



 再びソファに座るとジットリとした目で私を睨みつける。



「嘘言ってどうするの? 貴方達が逃した獲物から身を守る為に貴重な品を消費した挙句素材も全て貴方達が持って行ったのに何も請求しないから? 請求してもいいならお金で頂きたいんだけど? スクロールは貴重な物だから値段はいったいいくらになるんでしょうね?」



「そんな貴重な物を…、アイル、魔物の足止めや攻撃魔法を放てるスクロール…と言ったか? そんな魔導具ならば金貨100枚でも安いと思うよ」



 私と小隊長の会話にエドガルドが口を挟んだ、商会長をやっているだけあって物価には詳しいんだろう。



「国を出る時に御守りとして家族が持たせてくれたの、ヤツの姿を見た途端動揺して使ってしまって…」



 当然嘘だけど、悲しげに目を伏せて俯いた。

 気配で小隊長がたじろいだのがわかる、殆どダメージを与えられず逃した挙句、私達が討伐したモノを横取りした形なのだから当然だろう。



「むぅ…、と、とりあえず冷たくなっていた理由はわかった。ゴホン、ではこのお前が投げたナイフ…、これは暗器ではないのか?」



 うわ、誤魔化した! 話を変えたよこの人!

 今度はこっちがジトリとした視線を向けると平静を装っているものの、僅かに目が泳いでいる。



「ただの投擲用のナイフだけど、それが何か? この街の見習い鍛冶職人が作ったから安く売ってたの」



 実際斥候役なんかはこの手の投擲用の武器を持っていても不思議じゃない。

 私の買った投げナイフは暗器にしては大きくて、普通の投げナイフよりは小さかったからサイズ的にちょうど良かったのだ。

 あの時投げたのが棒手裏剣だったら言い訳出来なかったかもしれないけど。



「ふむ…、ならば子供用の武器だから小さいだけで暗器では無いのか…。だがお前は暗器を知っているのだな」



 小隊長は顎を撫でながら頷いていたが、ピタリと動きを止めて視線だけを私に向けた。



「暗器って隠し武器の事でしょ? 珍しいの? 私は持ってないけどね」



 さっきこの国の人間では無い事を仄めかしたので文化の違いで押し切れるだろう。

 シレッとそう言ってからゆったりした両袖を肘まで捲って見せた、女神様が作った身体のせいか1度も日焼けした事のなさそうな透明感のある象牙色の美しい肌をしている。



「ほら、暗器なんて隠して無いでしょ?」



 あ、ヤバい、エドガルドは私が棒手裏剣取り出した事あったんだった。

 矛盾に気付かれてしまったかもと不安になってチラッとエドガルドを見ると、頬を紅潮させて興奮しながら私の腕を喰い入る様に見ながらブツブツ何やら呟いていた。



「細い…、掴んだら折れてしまいそうだ…。そして美しくきめ細かい肌…、触れればきっとしっとりと吸い付く様な手触りなんだろうな…」



 …………聞かなかった事にしよう。

 黙っていれば女性は入れ食い状態であろうイケオジの残念な呟きを聞いてしまって後悔した。

 室内にいる騎士達も聞き耳を立てていたせいかエドガルドの呟きを拾ってしまったらしい、明らかにドン引きしている。

 そっと袖を下ろして腕を隠した、もう1度エドガルドの方を見る勇気は無い。

 


「もう行くわね、これ以上話す事はないでしょ? 損失の補填をしてくれる訳じゃ無さそうだし?」



 いい加減付き合っていられなくて敢えて突き放した言い方をした、決してさっき子供用の武器ってさりげなく子供扱いされたからでは無い。



「お前! 小隊長に向かって何て口の利き方だ!」



 ドアの前に立っていた騎士の1人が激昂して怒鳴りつけてきた、声と見た目からして17歳くらい?

 そんな若者に怒鳴られても厳つい関西弁の上司が怒った時に比べたら迫力は無いのだよ。

 フッ、と鼻で笑って怒鳴った騎士にニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。



「貴方こそ私に対して何て口の利き方をしているの? 私が何者かなんて知らないでしょう? 教えるつもりも無いけど。恐らく騎士であろうという事しかわかっていなくて私達が討伐した魔物を当然の様に先に見つけたから自分達の物だと主張する相手にどういう態度をとれというの?」



「何だと…っ!?」



 いきりたって私に手を伸ばした騎士はエドガルドによって綺麗な弧を描いて床に叩きつけられた。



「ぐぅ…ッ」



「お前如きがアイルに触れる事を私が許すとでも?」



 エドガルドは少しシワが寄ってしまった服装を整えつつ騎士を見下ろし冷たく言い放った。

 この場面だけ見れば映画のワンシーンの様に凄く格好良い、褒めて欲しそうにキラキラした目でこっちを見ていなければ。



「良い子ね、エドガルド」



「アイル…っ」



「では失礼するわ」



 恐らく喜ぶであろう言い方を考えてニッコリ笑ってお礼を言ったつもりなんだけど、どうやら予想通りだったらしく満面の笑みを向けられてしまった。

 そんなエドガルドの反応に、このまま私の女王様度がレベルアップしたらどうしようと頭痛を覚えつつ騎士達の宿を後にした。

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