第22話 悪い人

 馬車の移動は1日目の夜は街道沿いの村に1泊、積荷のある馬車のみ交代で警備はしたが宿のベッドで眠れた。

 2日目、数時間に1度の休憩を挟んで夜は野営となる、近くに村や町が無いからだ。



 食事やテントは各自で準備する事になっているので、乗客も街道の途中にあるキャンプ場にテントを張っている。

 日が傾き始めた頃にテントを張り、薄暗くなった頃に夕食なのだが、灯りが焚き火しかないので自然と皆が集まって来た。



 私達は荷馬車を警護する為という事で小さな焚き火を少し離れたところに準備したのだが、実際はストレージから温かい食事を出して食べる為だ。

 乗客達は保存食や携帯食なので目の前で食べるのは憚られるというか、欲しがったりする人もいるだろうからバレたくない。

 馬車の陰で焼き立ての肉や熱々スープに柔らかいパンを出してコッソリ食べる。



「美味い…、今までは野営だと味気ない食事ばかりだったからアイル様々だな」



「だよなぁ、温かい食い物は精々焚き火で炙った干し肉とか沸かしたお湯くらいだったもんな。外でもアイルの料理が食べられるのはありがてぇよ」



「しかも休養日に野営用の食事を作り置きしてたんでしょ? 偉いわ~、もうキスしちゃう、チュッ、チュッ」



「あはは、くすぐったいよビビアナ~」



 皆がたくさん褒めてくれてビビアナには頬にキスされた、エリアスだけは口が忙しいのか咀嚼しながら皆の言葉に頷いてるだけだったけど。

 食べ終わる頃にすぐ近くで子供の泣き声がした、何事かと見に行ったら乗客の4歳くらいの男の子が転んで泣いていた。



「大丈夫? どうしたの? 暗いから転んだのかな?」



「ふぇ~ん、うぅ…、ぐすっ、なんだか美味しそうな匂いがしたから見に来たの、そしたら転けて…お膝が痛いよぅ」



「そっかぁ、暗いから1人で歩いたら危ないよ? お姉さんが特別なおまじないしてあげるから泣かないで? 痛いの痛いの悪い人のところへ飛んで行け~!」



 冗談半分で手を膝に翳して痛みを吸い取り盗賊の一味(仮)の方へ飛ばすイメージでペイっとやった。



「イテッ、なんだぁ?」



 向こうの焚き火の前に座っていた盗賊の一味(仮)の男が首を傾げながら膝を摩っている。



「あれ? 本当にいたくない…」



「え? 本当!? おまじないが効いちゃった!?」



 男の子が呟いた言葉でさっきの男が痛がったのは痛みを移すのに成功した事がわかった、本当になったら面白いとは思ったけど冗談半分だったのに…。

 今後むやみにアホな事をするのはやめておこう。



 ちなみに男の子は草の上で転んだのでぶつけた痛みはあっても怪我はしてなかった。

 怪我してたら傷が無くなるから誤魔化せないところだった、しかし今回は注意するのにちょうど良い。



「ねぇ、さっきのおまじないであの男の人が痛がっていたからきっと悪い人だと思うの。だから出来るだけあの2人には近付かない様にしてね」



「うん、あの2人は馬車の中でもすごくえらそうにしててすぐ意地悪な事言うからきらいだ」



 どうやら注意するまでもなく近付く心配は無さそうだった、でも明日は盗賊が出るエリアだから気を付けておかないと。

 一応盗賊の引き込みに関してパーティメンバーには昨日宿で話してあるので注意してくれるだろう、探索魔法もコッソリ使う予定だ。



「馬車の中で何かあったら御者台にいるお姉さんに言うといいよ、ビビアナは強いからね」



 実際ビビアナが腕に力を入れると男性並みの筋肉の硬さになるのだ、美人なのに優しくて弓も上手くて素手でも強いなんてカッコ良過ぎるでしょ。



「ねぇ、お姉ちゃん、それよりさっきのおいしそうなにおいは何だったの?」



 痛みが無くなったら本来の目的を思い出したらしい。



「多分私達の食事だよ、もう食べちゃったけどね」



「そうなんだ…」



 少年は凄くガッカリした様で、あまりにも落ち込んでいるので不思議に思った。



「君はもう夕食を食べたんじゃないの?」



「食べたけど…、トレラーガに行くために家のお金をほとんど使っちゃったから1食パン1個なんだもん…」



 う…っ、育ち盛りの子供が1週間1食にパン1個か…、流石にそれは可哀想でしょ。

 そんな経済状態で何でトレラーガに行こうとしてるんだろう。



「トレラーガには何の為に行くか知ってる?」



「父さんの友達がいるから仕事をしょうかいしてもらうって…、父さんがウルスカでこわい冒険者に何度かお金をとられたりしたからひっこすんだ。このまえその冒険者が家まで来たから逃げないとあぶないんだって」



「あー…、そういう奴は1度お金渡しちゃうと味をしめて何度でも来るからなぁ。ちょっと待っててね」



 馬車に置いてあったショルダーバッグから(と見せかけてストレージから)この護衛依頼の為に鬼の様に作りまくった皆大好きBLTサンドの包みを1つ取り出した。

 1つの包みに5つ入っているので親子3人でもそれなりにお腹が満たされるだろう。



「はいこれ、今回だけ特別よ? もうあげられないから今日全部食べるか明日まで残すかよく考えて食べなさい」



 包みを渡したら温かいベーコンの香りがして食べ物とすぐ気付いたらしく、パァッと表情が明るくなった。



「ありがとう! ぼくファビオって言うんだ、お姉ちゃんの名前は?」



「アイルよ」



「ありがとうアイルお姉ちゃん!」



 輝く様な笑顔でお礼を言って両親の元へ走って行った。



「また転ぶよ! 走らないで歩きなさい!」



 はぁいと返事は返って来たが、少しゆっくりになっただけで早足状態で両親の元へ戻って行った。

 振り返るとパーティの皆がニヨニヨと何か言いたげに笑っている。



「アイルやっさし~い、けどあのガキにあげたから食糧が足りなくなったなんて事無いよな?」



「ホセのおやつ程度しか渡してないから安心して、まだまだあるけど今後も頼られたら困るからあげられないって言っただけよ。休養日に沢山ベーコンとトマト切ったでしょ? あれ全部サンドイッチになってるって言えばわかるんじゃない?」



「アレか…、確かにまだまだあるな」



「あの時は暫くベーコン見たくない程焼いたね」



「俺はひたすらパンにマヨネーズ塗ったぞ」



「あたしはひたすらレタスちぎって乗せたわ…」



 BLTサンド作りは皆にも手伝って貰ったのでその時を思い出して遠い目になる程作ったのだ。

 残りの数の心配が無くなったところで今夜の見張りの順番を決めるジャンケン大会が始まった。

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