匣の少女と機械人形

砂塔ろうか

1年の孤独

どこまでも広がる蒼天を征く船があった。ある一族とあらゆる生き物を乗せるために建造されたその方舟――飛行教会船ノアに乗るのはしかし、今やヒトならざる少女と旅人のみだ。


ノアの甲板上、少女の叫びが響く。


『あっ!? なに考えてんのよ!』


術式眼の展開により、少女が追跡するのは船から落ちる一つの小さな影。ボロ布を纏う旅人は穏やかな表情で灼熱の砂漠に向けて降下し――砂煙を高く上げた。


砂漠のど真ん中で彼は立ち上がり、翻した布の内側に複雑に入り組んだ動力生成機構を露出させる。


彼は機械人形だった。


「さて。どこから探そうか」


旅人は無尽に広がる砂漠を見回す。


あまりに暢気な旅人の姿を見て、ノアの中枢、匣の中の少女は煩悶した。


「バカバカバカ! この砂漠から、いつ、どこで落ちたのかも分からないペンダントを探そうなんて……バカっ!」


船を着陸させて迎えに行こうにも、少女にノアを操作することはできない。


「外部躯体の構築には水が必要。だけど海までは最短で3時間。船がここに戻って来るのは一年後! 最悪だわ……」




一年後。夜。極低温下の砂漠で丸くなる旅人のもとに、天空の飛行教会船から一つの人影が落ちてきた。

音もなく、砂煙一つ上げることなく、着地したそれは水でできていた。


「やあ。拾っておいたよ」


旅人は目を開けて、落ちてきた人型に笑いながらペンダントを見せる。


人型はうなずきもせず、ゆっくりと旅人を水の身体で包み込んだ。


その昔、ある敬虔かつ従順なる民が神の裁きたる大洪水を少女のカタチに押し込めて封印した。こうして生まれたのが匣の中の少女である。ゆえに、彼女は水を操る権能を持つ。


『何を考えてるのよ!』


船に戻ってきた旅人を待っていたのは、叱責の声だった。


「君の大切なペンダントを僕が落としてしまったから、拾いに行こうと」


『冗談じゃないわ! そのせいでアタシは一年間も一人ぼっちだったのよ!! 一年間も!』


「えぇっ。でも君、僕が来るまでは百年くらい独りきりだったって」


『あのねぇ、そのチンケなメモリによぅく刻んどきなさい? ……だ、誰かと一緒に居ることに慣れちゃうと、独りの時間が、つ、辛くなるんだから』


「あの、なんだか沸騰してきてるんだけど」


『……分かったら、もう二度とこんなことしないで。いい?』


「わ、分かったから、分かったから水を沸騰させないでくれ! 錆びる!」


その沸騰が少女の照れ隠しであると旅人が気付くのはまだまだ、遥か先の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

匣の少女と機械人形 砂塔ろうか @musmusbi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ