第二章 「桜色の剣士 Want to become strong」2-2
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「私に、付いて来ていただきましょう」
突然現れた、サクヤと名乗る女性。
彼女からの強要に、染治は警戒を強める。
「何だよ突然。最近は見ず知らずの人間の名前を当てるのが流行っているのか?」
うんざりとした言葉とは裏腹に、不可解の視線を投げる。
「任務のため、貴方の名を調べさせていただきました」
律儀な返答に、眉を
「分けも聞かずに行くわけないだろ」
答えると、サクヤはため息を一つ吐いた。
「貴方は、この世に居てはならない存在なのです。本来なら、今すぐにでも叩き切ってしまうのですが、上からの命令ですので」
凍えるような視線が、染治を貫く。
「貴方に拒否権はありません」
突きつけられた言葉は、鋭い。
居てはならない存在。叩き切る。理不尽な押しつけの言葉に、不快感を感じる。
「居てはならない?なんだそれ、そんなこと言われて、行くわけないだろ」
吐き捨てると、彼女は目を細めた。
「あくまで抵抗すると言うのでしたら、今この場で死んでいただいても構いませんが」
言葉と同時、サクヤの右手には、いつの間にか刀が握られていた。
それは、染治の胸元から数センチ前に、突きつけられていて、
「な、」
驚愕に、目を見開く。
気付けなかった。警戒はしていた筈だ。だが、刀がいつ現れたのかも、いつ
サクヤの腰には、既に刀の抜かれた鞘が下げられている。
向られた刀と下げられた鞘、そのどちらにも桜の意匠が刻まれていた。
刀と共に、こちらへ向けられたのは、殺気。
奏との模擬戦で、何度か感じたことのあるそれは、他人から向けられると、ここまでの重さを持つのか。
空気が急激に冷え込んでいく感覚。
命の危険と、非現実的な状況が、喫茶店という空間を、また別のものへと、歪めていくかのような錯覚に陥る。
鼓動が早まっていく。全身が警鐘を鳴らし、心が『逃げろ』と叫ぶ。
だが、動けなかった。急激な展開に、体が付いて来ないのか。指一本動かすことが出来ない。
すると、
「……貴方は……何故?」
視界の先、サクヤの表情が、殺気を含んだものから、苦虫を噛み潰したかのようなものに変わる。
「?」
「染治をいじめちゃだめ!」
叫びが、歪んだ空気を引き裂いた。
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声は、アマテラスのものだ。
いつの間にか、彼女は染治とサクヤの間、刀の刃先に触れる直前の場所に立っていた。
両手を広げ、サクヤの前に立ちふさがる。
「染治は、今までたくさんたくさん傷ついてきた!だから、もう傷つけちゃダメ!」
叫びは、擁護の言葉だった。
染治を守ろうと、必死に両手を広げている。
その後ろ姿が、目の前にあった。
「何ですか貴方、邪魔をするというのでしたら、貴方ごと切り捨ててしまっても構わないのですよ!」
サクヤが怒りに叫ぶ。
視線に殺気が戻り、構えた刀に力が籠められる。
アマテラスとサクヤの目線がぶつかる。
数秒のにらみ合い。
そして、痺れを切らしたように、サクヤは刀を振り上げた。
振り上げが、振り下ろしに変わる。その瞬間、
「いらっしゃいませ。お客様」
響いた言葉に、サクヤの動きが止まった。
「当店は、食事とティータイムを楽しむ空間となっております」
声の発信源。カウンターの奥から姿を現したのは、
彼は、笑みを
「それに……この店は、中立地帯であることを忘れたかい?サクヤ」
「……貴方は」
刀を掲げた状態で、動きを止めていたサクヤは、時戸の姿を見ると、刀を下ろした。
アマテラスに向けていた視線を、時戸に向ける。
「まだこんなところにいらっしゃったんですね。あの部隊の数少ない生き残りである貴方が」
「その話は君には関係ない。そうだろう?」
「そうですね。逃げ出した貴方には関係ない話でした」
サクヤの言葉に時戸は、目を細めた。
「食事もティータイムも取らないのなら、お引き取り願えるかい?」
「……仕方ありません。今回は見逃しましょう」
そう言ったサクヤは、刀を納めると、こちらから視線を切った。
リボンで纏められた、長い髪が宙を戦ぐ。
扉へと振り向き、歩き始めた。
辿り付いた扉に手を掛けたサクヤは、肩越しに染治を見た。
「本日の深夜2時。幻能神社で待っています」
「行くわけないだろ」
「……そういえば、先ほど神社で、少女と話をしていましたね」
それは、脅しとも取れる言葉で、
「お前……!」
叫んだ染治を見たサクヤの表情は、笑み。
「それに来ていただけたなら、貴方の背負っている呪いについて、真実を教えてあげましょう」
言葉を残し、カランというむなしい扉の音と共に姿を消した。
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サクヤの去った喫茶店は、静まり返っていた。
最後に残していった言葉を思う。
「呪いについての真実……」
サクヤと名乗った女は、何を知っているというのだろうか。
新たな疑問の浮上と共に、驚きに縛られていた体が解放される。
幻覚のように、現実味の無い感覚が体を支配している。記憶の中で、突きつけられていた刀は、確かな鋭さを湛えていた。
心を支配するのは、恐怖なのか、それとも別の何かか。
分からないことばかりが、積み重なっていく。
思考を巡らしていると、目の前で、染治を守るように立っていたアマテラスが、気が抜けたように、へたり込んだ。
「大丈夫か!」
疑問を一旦投げ捨て、言葉と共に駆け寄ると、アマテラスを支える。
「ケガは無いか?」
言うとアマテラスは、こちらを見て笑みを見せる。
「うん。だいじょうぶ」
言葉では強がっているが、体が震えている。
体から力が抜けてしまったようで、立てるように手を貸そうとする。だが、伸ばそうとしていた手が止まった。
頭を締め付けるような痛みが、体を強張らせたのだ。
伸ばしかけていた手で、響く痛みを抑えつける。
痛みに呻き声が漏れた。
「染治?だいじょうぶ?」
いつの間にか立ち上がっていたアマテラスに、頭を撫でられた。
彼女に触られると、痛みが引いていく気がして、
「ああ、大丈夫だ」
痛みが治まると、立ち上がった。
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「
背後の小さな呟きに振り向くと、時戸はサクヤの立ち去った扉を見つめていた。
「あいつのこと、知ってるんですか?」
先ほどの会話でも、顔見知りの様だった。
サクヤと名乗ったあの女が、何者なのか。知っているのならば教えてもらいたいところだが。
「ん?あぁ、二人とも大丈夫かい?」
気の抜けた返事に、染治が頷くと、時戸は続けた。
「知り合いの娘でね、昔会ったことがあるんだ。といっても会ったのはその一度きりでね、そこまで詳しくは知らないよ」
喋っていた雰囲気からは、それだけではなさそうだった。時戸は何かを隠しているようにも感じる。
「鑪場家って何です?」
問うと、少し目を見開いた。
「聞こえてしまっていたか。……鑪場家は、彼女の
「また会うことは無いと思いたいですが……」
呟いた染治に、時戸は笑みを向ける。
「いいや、君はサクヤに会いに行く。そうだろう?」
「……それは」
思わぬ否定の言葉に、言葉を返せなかった。
彼女は、言外に、来なければ一朔を傷つける、と仄めかしていた。確かに行く以外の選択肢は無いだろう。
しかし、向けられた刀に、反応できなかった。本当の意味での殺気を受けて、体が動かなかったのだ。
今まで、奏に師事し、ある程度動けるつもりだったが、甘かったようだ。
このまま、もう一度サクヤに会ってしまって大丈夫だろうか。
「さあ、気を取り直そう。食事の続きだ。折角作ってきた飲み物が、冷めてしまうからね」
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蒼天の空を頭上に置いて、二つの足音が響く。
一つは、軽快に。
一つは、重々しく。
彼らの行く道に、人の姿は無い。
前を歩く少女は、珍し気に周囲を見回しながら、楽しそうにくるりと回る。
後ろを歩く青年は、少女の足取りを見守っていた。
染治とアマテラス。二人が歩くのは、早朝の住宅街だ。
時刻は7時10分ほど。
あの後、時戸が用意した、サンドイッチと飲み物を食べ終わった染治は、アマテラスを連れて、一度帰宅の途に就くことを選んだ。
そのまま、喫茶店でアマテラスの話を聞くつもりだったが、時戸に帰ることを勧められたのだ。
『サクヤは時間を指定していたけど、ここにいると、また襲撃してくる可能性があるからね。奏さんの居るあの家は安全だから、帰ったほうがいい。今日のバイトは、お休みにしとくからさ』
とのことだ。
そして、喫茶店を後にする直前の会話を、思い出す。
扉に手を掛けると、背後から声が来た。
『染治くん、一つだけいいかい?』
言葉に、動きを止める。
『何でしょうか』
時戸は、真剣な顔をこちらに向ける。
『サクヤに会うというのなら、覚悟しておくといい』
『真実を知った時、君は己を見失ってしまうかもしれない。だから、自分を信じることを忘れちゃいけないよ』
『あなたは何を知っているんですか?』
問うた先、彼は苦笑いを浮かべる。
『……ごめんね。彼女にも行ったけど、ここはあくまで中立なんだ。これ以上は、口出しできない。』
苦い笑いは、崩した笑顔に変わる。
『だけど、個人的には君のことを応援したいと思っているんだ。そうだね……お腹が空いたりしたら、いつでも来ると良い』
『……ありがとうございます』
答えると、喫茶店を出た。
思い出した記憶は、また新たな疑問を生み出した。
染治の足取りは、重い。
この一時間ほどの出来事が、複数の疑問となって頭を
呪いについて教えるというサクヤ。過去を知っている可能性のあるアマテラス。何かを分かっている様子の時戸。なぜ突然、染治について知る者が現れたのか。なぜ、今頃になって__。
願い。記憶。呪い。真実。分からないことばかりが、積み重なっている。
ならば、
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染治は、足を止め、声を掛けた。
「アマテラス」
「?どうしたの?染治」
数歩先を歩き、周囲をきょろきょろと見回していた彼女は、こちらの呼びかけに振り返り、足を止めた。
体の動きに合わせて、赤の衣が宙を舞う。
「お前は、何者なんだ?」
「僕は、アマテラスだよ?」
彼女は不思議そうに、首を傾ける。
「いや、だから、そうじゃなくて」
「?」
なんとも要領を得ない。この子は、何かを隠しているのか。それとも、何も知らないのか。
「俺の失った記憶。それについて、お前は何か知っているのか?」
質問に、アマテラスは首を横に振る。
「ごめんね。僕は知らないよ」
「じゃあ、知らないなら、願いを叶えるってどういう事なんだ?」
言うと、彼女はこちらに右手を伸ばして、
「僕は、君の願いを叶えに来たんだ。」
それは、出会った時と同じ言葉。
「……じゃあ、金持ちになりたい。って願ったら叶えてくれるのか?」
「うん、叶えるよ。でもそれが、染治の心の底からの願いだったら、だけどね」
答えは、願いを叶える条件だった。
心底の願いを、
そして、記憶を取り戻すことが、染治にとっての願いかと言われると、やはり分からない。
「なんだよ、それ」
呟くとアマテラスは、頬を
「染治が、自分の願いにたどり着くまで、僕はずっと待ってるよ」
「…………」
真っ直ぐな瞳が、染治を見つめる。
記憶を失ってから、ただ必死に生きてきた。そこに、願いなんてものを持つ余裕なんて無かったのだ。
なら、今から願いを持つことが、本当に出来るのだろうか。
染治の視界は、地に落ちた。
「分からない……やっぱり分からねえよ。アマテラス」
吐いた言葉が、足元に転る。
転がった言葉と共に、落ちた感情。それを拾い上げたのは、
「今は、それで大丈夫だよ。いつか、染治は絶対にたどり着けるから。君の願いに」
アマテラスの、純粋で真っ直ぐな信頼の言葉だった。
染治は、自嘲的に笑った。
「……だと良いんだけどな」
何も分からないことは、変わらない。
だが、アマテラスは、信じてくれると言う。
出会ってまだ数時間だ。だが、彼女はサクヤの刀から、染治を守ろうとしてくれた。
それに彼女の言葉は真っ直ぐで、アマテラスが信じてくれるなら、何故か大丈夫だと思えてくる。
ならば、分からないままでも、前に進んでみよう。
そう思い、足を踏み出した。
「行こう、アマテラス」
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