七、改革 (3)
「じゃあ、早速、パターンNo.001から始めるぞ。」
良介が言った。
みんなが画面を出したので、リサコもそれに習い目の前に画面を出した。
そこにはフォーメンションの図が表示されていた。
リサコはアイスの背後、一番後方の立ち位置だった。
「みんな、武器は持ってる? これから開放する。気を付けて。」
リサコは以前、目のない老婆からこの武器をもらった時に教わった持ち方をした。柄の部分を握って横向きに持ち、体の外側に棒を突き出す。
プラスチックの棒がスラっと日本刀に変わった。
他の面々の手元を見ると、メンバーによって若干持ち物が違っているようだった。
オブシウスは右手にマシンガン型の注射器、左手に短めの刀を持っていた。
タケルはリサコと同じ日本刀。
アイスは拳銃を持っていた。
「ガイスがあたしらの特性に合わせて改良したんだ。」
リサコの視線に気が付いたアイスが教えてくれた。
「まずは10倍スローで動かす。ヤギの声も半分のボリュームで始める。いくぞ、3、2、1、」
良介がカウントすると、前方の偽物のヤギが動き始めた。
おまえぇぇらぁああぁ だぁあれだぁぁぁあ
ヤギから間延びした声が流れてきた。あの恐ろしいヤギの声も、半分になるとこうなってしまうのだ。
ゆるキャラ化されて間抜けな顔になったヤギの口がぐわーっと開くのが見えた。
それがあまりに滑稽で、リサコは笑いをこらえるので必死だった。
ああぁぁあぁ? そぉこぉにぃい いるぅぅのはぁぁ、りぃぃぃさぁぁぁこぉぉぉかぁぁ?
ヤギのその言葉を合図に、画面のフォーメンションが変わった。
オブシウスを先頭に、アイス、リサコ、タケルの順にヤギに向かって右斜めに一列に並ぶ体制を取る。
これがパターンNo.001だ。
そのポジションに立つと、ヤギはゆっくりとこちらに体を向けた。
「もっと小さい声で喋ってくれる?」
オブシウスが言った。
ヤギは沈黙する。
それを待って、オブシウスが左手の刀でヤギを斬りつける、ヤギはすばやく腕を出し、オブシウスの刀を受けた。
ガツンッと金属が触れ合う音がする。
その隙をぬって、アイスとリサコは前に出る。
10倍スローだというのに早い。こんなの本当のスピードでできるのだろうか?
だが考え事をしている暇はない。
じゃぁぁまぁぁっぁぁぁ
ヤギが再び声を発し、口をあけると、そこから巨大なこん棒のような舌がアイスめがけて突き出して来た。
アイスがその舌を撃つと、カーーンッという金属音がして、舌はシュルシュルと引っ込んだ。
舌を撃たれても、ヤギは苦しむ素振りはなかった。
「また声がでかくなってるぞ、小さい声で。」
アイスがヤギに言った。これらの台詞もパターンに組み込まれているものなのだ。
「ぼぉくぅはぁねぇ、ずぅぅっと待ってたぁんだぁよぉ、リぃぃサぁぁコぉぉがぁ来ぅるぅのぉをぉぉ。なぁぁんせぇぇきもぉぉ!なぁぁんおくぅぅぅねぇぇんもぉぉ、ずっとこぉこぉでぇ待ってぇいたぁんだぁ。」
ヤギが言った。
スローモーションでより気味が悪い。リサコは確かにヤギが以前にも同じことを言ったのを思い出していた。
リサコは足がすくんで一瞬我を忘れてしまった。
「リサコ、遅い!」
良介の声でハッとなる。
画面を見ると、自分はこの間にヤギの前に出ることになっていた。
シミュレーショは一旦ストップしたようだ。
ヤギは固まったように動いていないが、目が見開かれ、まさに今、閃光を発射しようとしてる顔をしていた。
「ヤギがこのターンに入ると斬れない。」
ヤギの動作が2~3秒ほど戻る。ヤギが最後の台詞を言い終わって口と目を閉じた瞬間になった。
「このタイミングで斬らないとダメなんだ。このセリフ、覚えているだろう? これが合図だ。この言葉を言い終わった瞬間、一瞬だけどヤギの防御が解除される。」
リサコはごくりと唾を飲み込んだ。こんなに素早く動ける自身がなかった。
「大丈夫。ダンスと同じで、何度も練習すればできるようになる。完璧にできるようになるまで、何度でも練習しよう。それに、全部のパターンでリサコが最後に斬るわけじゃない。タケルが斬るパターンの方が実は多い。」
良介はリサコを慰め励ましているつもりらしく、鬼のようなことを言いながら、かわいい顔で微笑んで見せた。
彼はめったに微笑まないので、逆に怖かった。
たぶん、良介はこの訓練を楽しんでいる…。AIの思考回路は全くわからないが、たぶん、彼はこうやってシミュレーションを繰り返すがの好きなのだろう。
「鬼軍曹さん、やっていくことは今のでだいたいわかったよ。ざっとパターンの確認をしたいから少し休憩しない?」
アイスが言った。これには全員が賛成のようだった。
ヤギ討伐隊の面々はゾロゾロと茂雄のいるリビングへと戻って来た。
茂雄が全員分のコーヒーを用意して待っていた。
訓練が始まってから、茂雄はすっかり機械のようになってしまって、まるでロボットの執事のような働きをしていた。
訓練に容量を食うので他は省エネ運用になっているらしい。
リサコはアイスの隣に座り、話しかけてみた。
「ヤギの口から、あんなの出るの?」
「ヤギの舌のこと? ああ、そうかリサコは見たことなかったよね。ヤギは攻撃されるとあれを出すんだ。それをやってる間は閃光を出さないから、それでこっちの攻撃のパターンを作れるんだよ。」
「あれに当たるとどうなるの?」
その質問にアイスはニヤリとした。
「何にもおこらない。」
「え?」
「あれに当たってもこっちには何のダメージもないんだ。ただ、動きを妨害されるだけ。逆にこっちから何か当てると、あっちの動きを妨害できるってわけ。気味悪いだろう?」
リサコはヤギが何をしたいのかますますわからなくなり、底なしの不気味さを感じた。
とにかく今自分にできることは、各パターンを体に叩き込むことくらいか…。
リサコは画面を出してパターンの確認をした。
15分ほど休憩して、リサコ達は再び道場に戻った。ヤギは初期の状態に戻っていた。
もう一度パターンNo.001から訓練が開始した。
10倍スローで5回繰り返してやっとリサコが斬るところまでできた。
続いて4倍、2倍と徐々に本物のスピードに近づけていった。
2倍スローにしたところで、リサコは完全に動きについて行けなくなった。もはや人の動けるスピードではない。
ヤギ討伐隊の人間たちは、仮想現実の中で自在に体を動かせるように訓練してきた精鋭ぞろいだ。
「良介、無理。これ以上早く動けない。」
ここでリサコは音を上げた。みんなにがっかりされると思い、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
みんなに謝ろうと見渡してみると、なぜかみんな嬉しそうな顔をしていた。
「予想以上だな。だろ? 良介?」
タケルが言った。
「ああ。」良介が答える。「リサコ、正直俺たちは、君がここまでできると思っていなかった。」
リサコはきょとんとした顔で良介を見返した。
「君は特別な訓練を受けてないから、最初は10倍スローでギリギリ、4倍は無理かもしれないと思っていたんだ。それなのに、今日だけで4倍スローでもヤギを何回か斬った。これはすごいことだ。」
良介は画面を出して何か計算している様子だった。
「これは俺の把握していたデータの上を行っている。少々計画に修正が必要かもしれない。リサコを正しく訓練したら、タケルやオブシウスより動けるようになるかもしれないぞ。」
「リサコがどんなに強くなってもフォワードにするのはダメよ。ヤギの夢を食らうのはリサコなんだから。」
嬉々としている良介をオブシウスがたしなめた。良介は親指を立ててオブシウスに了解の意を示し、画面での計算を続けた。
本当に彼は生き生きとしている。これが本来の彼の仕事だからだろうか。
良介がプログラムの修正に入ってしまったので、今日の訓練は終了となった。
討伐隊の面々には、仮想現実内に滞在中に寝泊まりする部屋が用意された。
彼らの現実世界での休憩時間になるまでには、こちらで数日間ある。その間はログアウトせずにこっちで過ごすのだ。
今、この世界では限界ギリギリのスピードで時間を動かしている。中にいるとそれは全く感じられない。
リサコは時の流れのギャップを空想してみようとしたが、できなかった。
夕食を食べ終え、茂雄の出してくれたコーヒーをのでいると、オブシウスが近くにやってきた。
彼女とタケルが同じ部屋であることを見て、リサコはこの二人がカップルであることを知った。
「リサコ。明日からは、しばらく、私があなたを訓練することになったわ。」
「よろしくお願いします。…私にできるかな…。」
「大丈夫。あの良介が驚くほどよ。あなたは素質ある。」
茂雄がオブシウスにもコーヒーを出したので彼女は軽く会釈してそれを一口すすった。
「ヤギを倒したらさ、リサコは私と一緒に仕事しない?」
「え?」
リサコは思いがけない話に一瞬頭の中が真っ白になった。
「私たちはヤギを削除するために、あなたを作った。じゃあ、ヤギを倒したらどうなるの?ってアイスに言われたのよ。」
そんなこと考えたこともなかった。そう言えばどうなるのだろう。
「アイスも似たような立場なのよ。あの子は以前、ガイスたちと一緒に政府のサーバに侵入したハッカー集団だった。でも私がヤギを駆除するために、この計画に巻き込んだの。私が私の仕事のためにこの世界に招き入れたあなたたちのことは、この仕事が終わっても私が責任を持つから。あなたは将来のこととか余計な心配をしないで、今やるべきことに集中してほしい。あなたの仕事が終わっても、私は絶対にあなたを消したりはしない。約束する。絶対に守るから。」
リサコはオブシウスの言葉に魂が救われた気持ちがして、ハラハラと涙を流した。
オブシウスはそっとリサコの肩を抱いてくれた。
「私はね、現実の世界では生まれつき足が動かないんだ。子供のころからずっと車いすに乗っている。十代のころにVRの世界と出会って、この世界に没頭した。車いすでも実際は不自由さを感じたことはないんだけど、この世界はもっと自由だったし、私には才能があったの。」
そう言ってオブシウスはウインクをした。
この人は戦っている時はものすごく冷静で完全無欠な感じだけれど、実はものすごく優しくて可愛らしい人なんだ。
「俺の奥さんを誘惑しないでくれる?」
リサコがうっとりとオブシウスを見ていると、後ろからタケルが割って入って来た。
リサコはこのカップルに興味が湧いてきた。
「タケルさん。オブシウスさんは、現実の世界ではどんな人なんです?」
「ん? このままだよ。もっと小さくて華奢でかわいいけど。」
想像がつかなった。
「じゃあ、タケルさんはどんなです?」
「俺はこのままんだよ。」
「いや、違う。実はもっと若いし、こんなにムキムキではない。」
少し離れたとこに座っていたアイスが口を挟んだ。
オブシウスがあははと笑った。
「最初にヤギの異変に気が付いたのがタケルだったの。そして私達は出会った。ヤギは私たちのキューピッドなんだ。気色悪いでしょう?」
オブシウスがまたウインクをした。もしかしたらこの人の癖なのかもしれない。
「さて、与太話はこれくらいにして今日はもう寝るぞ。明日からまた訓練だ。」
タケルが言うと、みんなはそれぞれの部屋へと戻って行った。
リサコも自分の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろすと良介が入って来た。
「明日からオブシウスに訓練してもらうことにしたよ。」
「うん、聞いた。」
「わざわざ訓練しなくても、君の能力を改ざんできたらいんだけど、前に俺が自分でブロックしたのが解除できなくなってるんだ。」
そう言うと、良介はリサコの横に腰かけて、リサコの目を覗き込んで来た。何かを確認しているようだ。
「やっぱり、君には一切の介入ができない。」
「いいよ。オブシウスともっと仲良くなりたいし。」
良介は、ちょっと驚いた顔をした。
「彼らと仲良くできそう?」
「うん。今までAIとばかり話してて変な感じだったけど、彼らは人間だから。話しやすいよ。」
「そうか、それはよかった。」
良介が優しくもどこか寂し気な笑みを浮かべたので、リサコは思い出した。そうだ、良介もAIだった。
「あ、心配しないで、良介は特別だから。」
良介がまたにっこり微笑んだ。
「うん、知ってる。」
そして彼は部屋から出て行った。
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