三、双頭 (3)
これもつまり、《売店もどき》なわけで、本物ではない。この世界では何でもかんでも偽物なのだ。
リサコは漬物の袋を指でつんつんして回った。触り心地はすべて本物と同じだった。ビニールの感触。中に入っている液体と漬物の感じ。どれも違和感はなかった。袋の端から少し匂ってみたら、漬物の香りがした。
もしかしたら、この売店が偽物なだけで、リサコの知りようのない理屈によって、これらの並んでいる商品は本物が置かれているのかもしれない。
リサコは天井からぶら下がっているひょうたんを触ってみる。ひょうたんの感触だった。うん、これはひょうたんだわ。
視線を下に移すとぺんぺん草が輪ゴムで束ねられた状態で無造作に並べてあった。リサコはぎょっとして後退りする。彼女は何も言わずに反対側の壁の方に避難する。あんなものは見なかったことにしよう。。。。
こちらの壁には、じゃらじゃらとキーホルダーがかかっている。触れてみると、安っぽい金属の冷たい感触がした。よかった。これはキーホルダーだ。
その横にはストラップのコーナーがあって、コレクターが見たら泣いて喜びそうなご当地キャラクターのストラップ群が所狭しとぶら下がっていた。
誰だか知らないが、こんなによく集めたもんだ。リサコはにやにやしながらそれを眺めた。彼女は明太子に扮したキャラクターが気に入ったので手に取って見た。もちろん博多のお土産だ。うん、これもちゃんとプラスチックのような感触。
マシュマロ君が近寄ってきてリサコの持っている棒を指差し、続いてストラップを指差した。それを繰り返す。
「これ、もらっていいの?ここに付けろって?」
少年は頷いた。
「ほんと?嬉しい。ありがとう。」
リサコは明太子キャラを棒につけた。時々日本刀になる変な棒にキャラクターストラップが付いているとは、なんともシュールだ。リサコはこれが気に入った。
次にマシュマロ君はリサコを飲み物のコーナーに連れて行った。彼は何かいるか、と仕草で訪ねてきたが、リサコはいらないと首を振った。これらも本物みたいだけど、リサコには飲む勇気がなかった。
少年は外国の人がやるみたいに首をすくめると、コーラーを取って自分で持つと、リサコの手を引っぱってさらに店の奥へと進んで行った。
マシュマロ君は途中で山積みになっていたポテトチップスの「うすしお お得パック」もつかんで持った。
あんた、そんなジャンクな趣味なの?人間そっくりの変なやつがコーラーとポテチをもって歩いている。滑稽だった。
そして店の一番奥にあるドアまでくると、リサコにまた新たな鍵を渡した。ドアを開ける。
家のリビングが再び目の前に出現した。ダイニングテーブルと、ソファーとテレビがある。リサコはぞっとして後ずさった。ゴキブリの感触がフラッシュバックする。
少年はためらいなく部屋に入ると振り返ってリサコを待った。一分以上、彼女は入るのを躊躇していた。少年は辛抱強く待った。ようやくリサコは勇気を出して部屋に入った。棒を正しい持ち方で握ることも忘れずに。
部屋に入ると、リサコは最初に香りに気がついた。何とも言えない心地よい香り。花のような草のような、何の香りかは思い出せないが、リサコの好きな香りだった。その香りがリサコの気持ちをほぐした。
ここは安全だ、信用してよい。手元を見ると棒は棒のままで刀にはなっていなかった。完全に緊張を解いた彼女は棒を握った手を下におろした。
部屋を観察すると、ここはリサコの家のリビングとそっくりだったが、一つだけ、リサコの知っているリビングと異なるところがあった。こっちのリビングには出口が増えているのだ。リサコが今入ってきたところが入口だとしたら、残りの三面の壁にも全て出口がついていた。正面は窓のはずなのだが、窓ではなくぽっかり空いた出口がついていた。
マシュマロ君が増えた出口の前で首をかしげた。それを見てリサコは少し不安に思う。
これ、予定外なの?本当は出口はないはず?
リサコはしばらくマシュマロ君を観察したが、それ以上彼は余分な出口のことを気にする素振りは見せないようだった。
リサコは注意をソファーに移し、凝視する。最初の部屋で感じたような憎悪は一切にない。むしろ、触れてみたい衝動が湧いてくる。思い切って触ってみる。
ソファーではない感触(犬や猫に触ったような、柔らかくて暖かい感じ)がしたが、マシュマロ君やヘリコプターと同じで嫌な感じではなかった。
あのゴキブリが大量に詰まっていたやつとは大違いだ。リサコがソファーを撫でていると、少年が座れと促した。リサコは少し考えてからゆっくりと座った。
大丈夫。おしりの下でクッションがもわぁと動く感じはあるが不快ではない。マシュマロ君がリサコの横に滑り込んで腰に腕を回してきた。リサコも彼の肩を抱いて引き寄せてやる。
そうしてリサコとマシュマロ君は恋人か親子のように体を寄せ合ってソファーに座った。
正面のテレビが点いた。ザザザザとノイズが走って、様々な映像が現れては消えた。音声にも雑音が激しく混ざっていて、なかなかチューニングが合わないようだった。
その間にマシュマロ君が持っていたコーラーのキャップを開けて一口飲んだ。そしてリサコにもボトルを差し出して首をかしげた。
リサコは正直喉がカラカラだったので、とても飲みたいと思った。ボトルを受け取り匂いを嗅ぐ。普通のコーラーの匂いがした。少し口をつけてみる。コーラーだった。リサコは警戒するのをやめてごくごく飲んだ。ボトルをマシュマロ君に戻す。
やがて、映像と音声がクリアになってきたので、二人は画面に集中した。宇宙のような映像が流れ始めた。パソコンに初めから入っているスクリーンセーバとそっくりなやつ。星が中心から外側に流れてまる飛んでいるように見えるあれだ。
そこへ、くるくると回りながら文字が飛んできて中心で止まった。《ナノスペースへの旅》と書いてあった。丸ゴシックの青字で白フチである。そのあまりにチープで素人くさい演出にリサコは度肝を抜かれた。今どき教育テレビでもこんなのないし。
マシュマロ君がバリっと音をたて、ポテトチップス「うすしお お得パック」の袋をあけた。そしてむしゃむしゃ食べ始める。
バリバリバリ。
不思議な世界を冒険する雰囲気はこれで完全にぶちこわしだ。
映像は、タイトル表示を終えて本編に入った。女性のナレータが淡々と語り始め、同時にドキュメンタリーでありがちな、当たり障りのないBGMがうっすらと聞こえてくる。
―わたしたちの世界は、たくさんの物質であふれています。
さまざまな都市や自然の風景が映される。
―このように世界は多様性に富んでいます。しかし、このようなバラエティ豊かな物質たちも、どんどん細かくしていくことにより、全てが同じような世界に行きつきます。物質をどこまでもズームアップしていくと、必ず見えてくるもの。
映像の中の人の中から一人の女性が選ばれ、その人が身につけているイヤリングにカメラがズームして行く。それは金でできたイヤリングだ。そして、電子顕微鏡が捕らえた映像がフェードインしてきた。
―そう、これが原子です。
画面の中の丸い粒がクローズアップされる。
―かねてから、この原子が物質の最小単位であると考えられてきました。
「え、違うの?」リサコは言いながらマシュマロ君のポテトチップスに手を伸ばす。彼があまりにバリバリ食べているので欲しくなったのだ。マシュマロ君はリサコが取りやすいように袋を傾けてくれる。
映像は原子の画像からさらにズームアップする。
―ここから先は、地球のみなさんが、まだ誰も見ていない世界。それを…
ちょっと待ったぁぁああぁぁ!!!!!
テレビに向かって左側の出口から、全ての音をかき消すほどの巨大な声が響いてきた。それは壁や床を震わせて、テレビの映像も乱れるほどだった。
リサコは心臓が止まるほど驚いて、掴んだポテトチップスを膝にばらまいてしまった。
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