Day.10 誰かさん

 穴を掘るのは重労働だ。しかもかなり深く掘らねばならないということになると、単に掘るだけでなく出た土をどうするかという問題もある。土、掘ると増えるんだな。

 だが掘るしかないのだ、私と彼が平穏に生きていくためにはこうするしかない。穴を掘り始めてから彼は一言も喋っておらず、時々様子を窺ってみても何を考えているのかわからない顔で手を動かしていた。

 数時間前、私の家にやってきた時は途方にくれたような、雨に降られた犬のような顔をしていた。「どうしよう」と、「ちょっと押しただけだったのに」と訴える彼はマグカップを割ってしまったとき程度の落ち込み具合で、それが大それたことだとはわかっていないようだった。車のトランクに入っているそれを見ながら悩んだ私は、山と海で悩んだ末に山を選んだ。

 海にすればよかったかもしれない。少なくとも穴は掘らずにすむ。だが今さらだ、今から海に行っては夜が明けてしまうだろう。土の湿った臭いに辟易しながら穴を掘り続け──さすがに途中で休憩を入れた、やはり彼は喋らなかった──、ようやく目標の深さまで到達する頃には夜が明けかけていた。

 穴の底に毛布でくるんだそれを横たえ、穴を埋め戻してゆく。そういえば、それが誰かを私は知らない。彼に尋ねようとして、やめた。知ったところで特に意味はない。土を押し固め、余った土を周囲に捨ててからようやく彼は口を開いた。「お腹減らない?」と尋ねてきた彼が、その日常的な台詞が、妙に笑えた。「コンビニ寄ろっか」と答えると彼は頷いた。

 そして私たちはコンビニで唐揚げを買って食べた。おいしかった。

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