Day.8 幸運
その王は幸運に恵まれていた。正確には、その不運を避けるすべを知っていた。城の地下に罪人たちが捕らえられており、王に降りかかる筈の不運はすべて彼らに押し付けられていたのだ。
それを考えついたのは一人の魔術師であった。元々その世界にあった術の一種に、“運命付与”というものがあった。それは誰しもに天から与えられている幸運を一時的に他人に与える術――例えば戦場へ向かう婚約者のために祈る娘の――だが、それを応用して、合意なく己の不運を他人に与える術を作り上げたのだ。
悪用を避けるためにその術は厳重に封印され、外部に漏らさぬようにされたが、唯一王に対してだけは使用されていた。王は幸運に恵まれ続け、戦場に立てば不敗、病も彼を避けて通り、その身を害することが出来るとすれば老いだけであろうとされた。
一方地下の罪人はといえば、常に怯えながら暮らしていた。彼らは常に無作為な不運に苛まれ、しかし即死するようなことはなく、降りかかるそれを雨のようなものと思うしかなかった。彼らはいたずらに虐げられるようなことはなかったが、不運は容赦なく彼らを襲った。当初彼らの役目は説明されていなかったが、新たな罪人の中には地上の近況を知っている者もおり、薄々察し始めてはいた。
だが、真実を知ったところで何になるだろう。彼らが王に直接触れるすべはなく、また、仮に呪ったとしてその呪いは結局のところ彼らに降りかかるのだ。
どこにもゆけない怨嗟は無限に淀み続け、その上で王国は栄え続ける。王は賢く優秀で、彼が王であることは国の利益でもあり、民にとって幸運でもあった。だが、その幸運は不運の死体の上に立っている。
そしてあるとき、ひとりの魔術師が罪人として地下へと降ろされた。それはかつてこの術を作り上げた魔術師であった。彼はこの術の恐ろしさを誰より知っている筈だったが、地下で嘆きはしなかった。
術の崩壊まであとひと月。
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