Day.7 秋は夕暮れ
枕草子は貸し出し中だった。
出鼻をくじかれた私はすっかりやる気を失って机に突っ伏した。しばらくそうしていると誰かが近付いてきた気配を感じ、のろのろと顔を上げると先輩がそこにいた。
「テスト前だろ、何やってんだ」
「へへ」
笑ってごまかすと先輩は呆れたような顔をして、私の向かいの席に座った。先輩はいつもそうだ、正面から私のことを見る。
「教科書だと一部しか載ってないじゃないですか、枕草子」
「うん?」
「春はあけぼの~ってとこ以外も読んでみたくなったから探しに来たんですけど、貸し出し中みたいで」
言い訳がましく図書室で本を読んでいない理由を告げると、ふうん、と先輩は興味なさげに相づちを打った。先輩は正直だ。去年私が先輩に告白したときも、よく知らないから付き合うのは無理だと断られた。今思えばその通りだと思う、その頃私と先輩は部活で出会って半年くらいだった。
見事にフラれた私は、けれどいまだに先輩とこうして顔を付き合わせてはだらだら話をする仲だ。最初こそ気まずかったものの、先輩はこういうひとなのだ、と思って気にしないようにしていたら本当に気にならなくなった。
しばらく先輩と雑談していたのだが、他に生徒はいないとはいえ司書さんの視線がそろそろ痛い。
「うーん、今日はもうやる気しないなあ」
「じゃあ帰れば?」
「そうしますか」
帰る用意をする私を、当然のように待っている先輩。帰る方向も途中まで一緒だから、たまにこういうことになっていた。先輩の鞄は私のよりずいぶん小さいが、いつもぱんぱんだ。
最近は日が暮れるのが早くなってきていて、もう西日がオレンジ色になっていた。廊下を歩いていると、不意に先輩が、なあ、と私を呼んだ。
「付き合ってって言ったら怒る?」
「どこにです?」
あー、と間延びした声。
「そうじゃなくて。俺と恋人同士になりませんかっていう、そういう意味」
私は心底驚いて、先輩の顔を見た。先輩は前を向いたままでこっちを見ていなかったが、冗談を言っている風には見えなかった。
「……はあ」
「それどっち?」
「恋人って言っても、具体的になにか変わるんです?」
「うーん、休みの日にデートしたりとか?」
「じゃあまあ、いいですよ」
先輩が驚いたようにこっちを見た。そんな表情は初めて見たな、と思いながら私は西日が眩しくて目を細めた。
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