6. 転機

 帝国軍第七遠征旅団のようりく部隊はアルカ王国軍の砲兵部隊による砲撃を受け、いくつかのようりくていは沈んだものの、残った高速艇とようりくていはアルカ正門に辿たどり着いた。


「くそっ!帝国軍が正門に着いた!繰り返す、帝国軍が正門に着いた!」


 アルカの航空戦力である飛空艇部隊とボスタは帝国のケリュタスに邪魔をされ、地上の帝国軍を攻撃できずにいる。しかし、問題は、帝国軍はようりくていの増援を送り込んできていた。

 正門では帝国工兵による正門爆破作業が進められ、それを止めるべく見張り台や上層からアルカ兵が射撃を行う。

「こちら正門!敵が多すぎる!突破されるぞ!」

 激しい銃撃戦の中、帝国工兵は正門への爆薬設置を終えた。爆破用のコードを伸ばし、安全な場所へ退避。そして、爆破スイッチを押した。


 ドォーン!


 空に響く音。正門が派手に崩れ、すなけむりが宙に舞う。それに乗じて帝国兵が次々とアルカへなだれ込む。

 迎え討つのはアルカ兵と戦闘生物ヌストンだ。


「うわっ……」

「なんだ!」

「来るな、来るな!」


 へんぺい状の頭部が特徴のヌストンは四足で地面をうように動き、帝国兵を捉えるやいなや、口を大きく開いて帝国兵へみついた。灰色の甲殻に覆われたヌストンは帝国兵の銃撃をものともせず、また一人、また一人と帝国兵を仕留めていく。

 だが、帝国軍もただやられ続けているわけではない。

「こちらトラケル、位置についた」

 対戦闘生物砲を持った帝国兵が現れ、ヌストンへ反撃した。放たれたさくれつ弾がヌストンに命中すると大きく爆発。姿勢を崩し、弱ったところへさらに別の帝国兵が対戦闘生物砲を撃った。


「アルドヌを放て」


 新しく到着したようりくていからは戦闘生物アルドヌが解き放たれた。アルドヌはウォンクスの後継種として採用された新型の戦闘生物であり、周囲の景色に溶け込める優れたたい能力を持つ。

「う……」

 見張り塔をびんしょうな動きで上り、アルカ兵に跳びかかった。

 アルドヌはヌストンに対してもひるむことなく、襲い掛かる。アルドヌの尾は長くて非常に鋭い。その尾をヌストンへ突き刺し、ヌストンを始末した。

「正門は放棄する!後退だ!後退しろ!」

 正門の防衛は失敗だ。

 死傷者が増え、指揮系統も機能を失っていた。

「こちらホップナ。正門を制圧。前進する」

 そんな中、ようりくていが到着し、大きな盾を持った帝国重装兵が隊列を整え、アルカへの進攻を開始した。



〈アルカ王国・ステーナ街〉

 アルカの市街に流れるみ切った水路。そして噴水のある公園に、緑豊かな小道。

 そんな美しい場所も戦場へと移り変わる。


「正門が突破されたみたいですね」

「ああ。これからが勝負だ」


 アルカ兵とともにセイル、イシュタルの二人もステーナ街の防衛部隊に参加していた。セイルはフェゾン遺跡で手に入れたレーザー銃を、イシュタルはアルカ兵と同じ銃を構え、帝国兵を待ち伏せする。

 各所で銃声と爆発音が鳴り響き、上空では帝国軍のケリュタスとアルカ軍のボスタが戦いを続けていた。

「そろそろ来ます。敵多数」

 イシュタルは帝国兵の接近を感知していた。

「了解」

 そして、イシュタルの言う通り、帝国兵が正面に現れた。

「撃て!」

 隊長の命令で一斉に銃を撃つアルカ兵。

 待ち伏せによる奇襲で帝国兵は次々と倒れていく。

 だが、順調なのはであった。

「くそ。盾か」

 大きな盾を持った帝国重装兵だ。彼らを前衛とした布陣で帝国兵がこちらにせまって来る。

「各員、散開」

 アルカ兵らはそれぞれ場所を移り、帝国兵をかく乱する。

 しかし、重装兵は隙をなかなか見せず、彼らの歩みを止められない。


「任せて!しゅりゅうだんを使う!」

 ここでセイルは手製のしゅりゅうだんを重装兵へ投げた。


「っ!」


 重装兵は足元へ転がってきたしゅりゅうだんに気が付いたが、時はすでに遅し。

 しゅりゅうだんが爆発。

 それによって重装兵は完全に倒れた。


「よし。うわっ!」


 ジャアアーー!


 重装兵を倒したと思ったら、今度はアルドヌだ。この戦闘生物はやっかいなことに、体毛を周囲の景色に合わせて変化させることができる。そのため、セイルも近づいて来たアルドヌに気付くことができなかった。

 アルドヌはセイルを押し倒し、よだれをらしながら大きく口を開いた。この状況を打開しようにも、アルドヌの力は強く、セイルは逃げ出せない。


「セイル!」


 イシュタルはたいしているアルドヌを難なくり飛ばし、セイルを助け出した。

「危なかった……イシュタル、ありがとう」

「他にも姿を隠している戦闘生物がいるようですね」

 DoLLのイシュタルにはアルドヌの姿、位置が

 すぐに二体のアルドヌを見つけ、強力なこぶしをその身体へたたき込んだ。


 キュゥ……

 キュィィ……


 アルドヌは声を出し、その場に倒れ、起き上がることはなかった。

「イシュタルはやっぱり、すごい」

DoLLドールですから」

「ここは片付いた。他のところを助けに行こう」

「はい」

 二人はステーナ街をあとにし、ケニサ街の方へ向かう。



〈アルカ王国・ケニサ街〉

「これはすごいことになっている……」


 ケニサ街の状況はセイルも驚くほど激しい戦場と化していた。

 帝国軍の物量作戦により、ケニサ街の守備隊は苦戦を強いられていた。

 特にアルドヌの素早い動き、鋭い爪と尾による攻撃は人間であるアルカ兵にとって、非常にきょうであった。アルカ軍の戦闘生物であるヌストンも健闘しているものの、倒しても倒してもキリがない帝国兵。

 まるでアルカと帝国の国力の差を示しているかのような光景だ。


「私が正面を切り開きます。セイルは援護を」

「わかった」


 飛びう弾丸を避けながら、イシュタルは一体のアルドヌをつかみ、壁に張り付いていた別のアルドヌへ投げ飛ばす。さらに、重装兵の盾をこぶしでそのまま貫き、周りの帝国兵も巻き込んでり飛ばした。


「な、なんだ!?」

 イシュタルの勢いに帝国兵らは動揺していた。人間離れしたその動き、尋常ではない。彼らの恐怖心をあおり立て、帝国兵達は銃を構える。

「撃て!撃て!」

 新型制式銃である九式騎銃を撃つ帝国兵。

 飛来する弾丸全てを避け、イシュタルは帝国兵をまたたく間に十人倒した。

 さらに帝国兵の銃を拾い、二丁持ちで銃を撃ちまくる。

 それでも弾丸は正確に敵へ命中。

 次々と帝国兵は倒れていった。


「ちっ。二人いるのか」

 セイルはセイルで帝国兵と銃撃戦を繰り広げており、手すりの裏に隠れている帝国兵二人を射抜いた。

「やばっ!」

 すぐ右横の通路から帝国兵が二人現れたのだ。

 セイルはローリングするとともに、かんいっぱつ、敵が銃の引き金を引く前にレーザー銃を撃った。

「味方がかなり減ってきている。まずいぞ……」

 帝国兵からの銃撃を避けるため、セイルは移動する。

「なんて数だ」

 高台へ向かおうとしていた内階段の帝国兵を撃ち、さらにセイルは移動する。


「くそっ。……」


 ここまで大規模な銃撃戦をセイルは経験したことがない。

 武器はレーザー銃であるため、弾薬数の心配は要らない。

 しかし、命は一つであることに変わりはない。


(イシュタルは強いけど、一人で戦い続けるのは無理がある)


 最前線で帝国兵の増援を相手にしているイシュタル。

 帝国軍を抑え込められているのは間違いなく、イシュタルのおかげだ。


「何か手は……」


 そう考えているとセイルは自身の首飾りが光っていることに気が付いた。


「これは?」


 そして、目の前に同じように光っている床があった。その床には《失われた旧世界》の紋章がられている。

 セイルはその床へ引かれるように近づいた。


「あれ?ここは?」

『ナツァス様、いかがなされましたか?』

 

 セイルに話かけてきたのは〝ネリーシャ〟だ。

 先ほどの戦場とはうって変わってせいじゃくな世界。

 今、セイルがいるのはネリーシャ記憶保存区域で間違いない。

「転送装置か」

 フェゾン遺跡で脱出に使ったものと同じようなものだ。離れた場所へ一瞬で移動することができる《失われた旧世界》の装置。それがここアルカにもあったのだ。

「戦いに戻らないと」

、ですか?』

 ここで戦いという単語に〝ネリーシャ〟が食い下がった。

「そう。今、上ではアルカと帝国の戦闘が行われているんだ」

『外敵であればナツァス様の権限で、いかがなさいましょう?』


「ん?」

 セイルは耳を疑った。


「つまり、それはどういうこと?」

『防衛エリアを設定し直すことで、ここの防衛ユニットを配備することができるということです。ナツァス様ならば防衛エリアの拡大は問題なく行えます』

 セイルの前にはネリーシャ記憶保存区域を含むアルカ王国のホログラムマップが現れる。

『現在、防衛エリアは記憶保存区のみです。防衛エリアの拡大はこのマップ全域まで可能です』

 ホログラムマップ内のネリーシャ記憶保存区域が赤くふちどられた。

『ナツァス様、防衛エリアを再設定なさいますか?』

「もちろん。するよ。ここ全体だ」

 セイルの意思に反応し、ホログラムマップが更新され、アルカ王国全体が赤いふちで囲まれた。


『情報がアップデートされました。きょう判定D。侵入者に対応するため、防衛プロトコルD1を実行します』


 休眠状態であったここの防衛ユニット、戦闘生物センチネルが続々と地上へ飛び立っていく。

センチネル20基で十分だと思われます。なお、敵味方の識別についての心配は要りません。ではナツァス様、元の場所へお戻し致します』

「ちょっ……」

 またもや〝ネリーシャ〟はセイルの言葉を最後まで聞かず、セイルは青白い光に包まれた。



「おっと、戻って来た」

 まるで短い夢を見ているような感覚だ。

「この感覚は慣れない」

 一瞬にして違う場所に行く技術。これが《失われた旧世界》では当たり前の技術であったと考えるとセイルは不思議でならなかった。

「あれは……」


「うわ、くそっ!なんなんだ!」

「引け!引け!」

「助け……」


 背中を見せて逃げ行く帝国兵の姿。

 そんな彼らを宙に浮いて飛ぶ戦闘生物センチネルが襲っていく。センチネルは極めて無機質な戦闘生物であり、恐怖におびえる帝国兵を淡々とレーザーで仕留めていた。どのように敵と味方を区別しているのかは分からないが、アルカ兵と帝国兵を完璧に見分けている。

「なぜのチェーダがこんなところに!」

 センチネルに向けて銃を撃つ帝国兵もいたが、生体防御シールドを持つセンチネルに傷は一切付かなかった。

 あれほど苦戦していたのがうそのように、センチネルは帝国軍を追い詰める。

 これにアルカ兵は勢いづき、帝国兵は完全に士気を失っていた。


「セイル!」

 イシュタルがセイルを見つけ、駆け寄って来る。

「これはセイルがやってくれたんですね」

「そう。これで帝国軍はアルカに手を出せないはずだ」




〈帝国軍 第七遠征旅団(前線指揮所)〉

 ジャステー大尉は異様な光景を肉眼で確認した。

 航空戦力であるケリュタス部隊が古代種チェーダと思われる戦闘生物に攻撃され、いとも簡単に落とされていた。


そうがんきょうを」


 部下に命令し、彼はそうがんきょうを部下から受け取った。

「そんな、あれはチェーダだ。なぜアルカ軍の味方をしている」

 見ている限り、チェーダ(センチネル)はアルカ軍の飛空艇を一切襲っていない。

「大尉、前線部隊から報告!とつじょ現れたチェーダにより被害じんだい!」

「とりあえず全部隊をてっ退たいさせるんだ。急げ」

 無線係から報告を受け、ジャステーは部隊のてっ退たいを決めた。明らかに異常事態だ。このような事態を第七遠征旅団は想定していない。

「大尉!!」

「そんな馬鹿な!呼び出しを続けろ!」

「先ほどからやっています。しかし、どの部隊も応答がありません!」

 ジェステーの頭ではこれが意味することを理解していた。しかし、そのことを断じて認めたくはなかった。

 その代わり、無線係が非情な事実を伝える。


「大尉、前線部隊は……と思われます」


 ジャステーは認めざるをなかった。指揮していた部隊が全滅したことを。


「ありえない……ありえない」


 まるで呪文のようにつぶやき、彼はその場に立ちすくんだ。



〈カレンシャード城 えっけんの間〉

 ネリーシャ記憶保存区域の防衛ユニットとして配備されていた戦闘生物センチネルにより、帝国兵は排除された。機械的な戦闘生物センチネルは一基も欠けることなく、帝国軍を追い払い、現在はアルカ王国の警備巡回を行っている。事情をまだ知らないアルカ兵から攻撃されることもあるが、センチネルは生体防御シールドによって傷は付かず、また、センチネル側からアルカ兵へ攻撃することもなかった。

 国内では負傷者の手当て、遺体の回収作業が行われている。


 セイルとイシュタルは守備隊の隊長へ話をし、カレンシャード王へ今回の戦いの話とネリーシャ記憶保存区域についての話をすることとなった。


「そうか、あの戦闘生物はセイル、君のおかげか。最初はどうなることかと思ったが、いやはや、我々の守護者とは。君にはいくら感謝しても足りない」


 カレンシャード王は深々と頭を下げた。


「陛下、自分はすべきことをしたまでです。帝国の侵略行為をこのまま黙って見過ごすわけにはいきません。帝国は人類のはんえいかかげていますが、それは帝国にとってごうの良いはんえいです」


 語気を強めるセイル。


「確かに。君の故郷クルゾンも今、帝国の支配下に置かれておる。アルカとしてもこの情勢はかんばしくない。そして、アルカはユランベルク諸国連合と反帝国同盟を締結した。明日、我々はユランベルク諸国連合と共同でを行う。帝国に態勢を整えるひまを与えず、奇襲を仕掛ける」


 この日、世界にとって大きな変革の日となった。




〈クルゾン〉

 クルゾンはアルカへの侵攻拠点として、帝国軍に占領されていた。

 デュプラに騎乗した帝国騎兵や帝国兵が市街をじゅんかいし、クルゾンの周囲は帝国兵とウォンクスによって厳重に警備されている。高所には三十式狙撃銃を持った狙撃兵が配置され、クルゾンの外を主に見張っていた。

 住民の多くはクルゾン中心街の中央通りに集められ、いつもはにぎやかな商店街も人がいないためかんさんとしている。

 クルゾンとアルカを襲撃したのは帝国軍の第七遠征旅団である。他国への侵攻作戦を得意とする第七遠征旅団はその強大な戦力をもって、二日でクルゾンを制圧。その後、アルカへと侵攻部隊を派遣した。


「第六小隊、交代だ。ティア少尉が呼んでいる」

「了解。すぐに向かう」


 人質達の周りには常に帝国兵がついており、両手も拘束されているため、逃げ出すことはできない。予定ではあと二日後にはようりくていに乗せられ、リズトー収容所へ移送されることになっていた。


「セイル、イシュタル……」

「心配要らない。二人は絶対大丈夫さ」

 人質の中には情報屋のシエラと武器屋のレイダーもいた。二人はアルカへ向かったセイルとイシュタルの安否を心配していた。帝国軍がクルゾンからアルカへ部隊を向かわせたことも知っている。

 ただ、アルカで帝国が敗れたことは知るよしもなかった。



 クルゾンから北西、〈セケッツ巨石〉と呼ばれる巨大な岩のそばでは武装した兵士達が少数の班に分かれ、クルゾンへ向かっていた。彼らはユランベルク諸国連合に属する兵士である。ユランベルク諸国連合はアルカ王国との反帝国同盟を結び、中立都市国家であるクルゾン解放のため、少数ながらも精鋭部隊を派遣した。

「そろそろアルカが行動を起こすはずだ。各班、持ち場につき、合図を待て」



 クルゾンから南東、〈メソリアニ湿地〉でも動きがあった。アルカ王国軍である。

 セイルとイシュタルの二人に連れられ、アルカ軍はクルゾンへ進んでいた。

 さいわい、空にはケリュタス飛行部隊はいない。

「さて、我々も始めよう」

 アルカ軍指揮官が率いる本隊はセイルとともに、陽動部隊はイシュタルともに移動する。



 クルゾン南門。デュプラ騎兵が一騎、帝国兵が三人、見張り台には狙撃兵が一人。

 周囲を警戒しているものの、アルカ軍の接近に気付いてはいない。

 ここで、アルカの陽動部隊が彼らの前へ姿を現し、騎兵を銃で撃ち抜いた。そして、下がり、


「くそっ、敵襲だ!」


 敵襲という言葉に反応し、中から帝国兵が出てきた。


「こちら南門、敵から攻撃を受けた!増援をよこしてくれ!」


 陽動部隊によって南門の帝国兵はほとんど出払い、警備は手薄に。


「今だ」

 アルカ軍がセイルとともにクルゾンの中へ進入。


「なっ……」

 この事態に残っていた帝国兵は驚き、そのまま彼らは容易たやすくアルカ軍に倒された。

「よし、いいぞ。セイル、住民はどこに集められているだろうか?」

「おそらく中央通りに集められていると思います。こっちです」

 クルゾンをよく知るセイル。アルカ兵を安全かつじんそくに中央通りへと導いていく。



 中央通り。帝国兵の落ち着きがないことにシエラとレイダーは気が付いていた。

「連中の様子が変ね」

「良くないことが起こっているんだ」

 そう話をしていると、離れた場所で銃声が鳴り響く。

 それも一発や二発ではない。

 戦闘だ。それも段々、激しさを増している。

「これはもしかしたら」

「セイル達かもしれない」

 二人はセイル達が来てくれていることを祈った。



〈商店街第二区 ワトーク通り〉

 こっとうひんおりものが並ぶワトーク通りではセイル、アルカ兵と帝国兵による銃撃戦が行われていた。

「連中はひるんでいる。押しきれ」

 アルカ軍指揮官は部下をしながら、銃を撃っていた。

 帝国兵はまさかこんなところに入り込んでいるとも思わず、後退を続けていた。

「ウォンクスを呼べ。敵の数が多い」

 一人、また一人と帝国兵は倒れていき、アルカ軍の優勢は揺るがない。


 ウォオオオーー


 だが、ここでウォンクスが五体現れた。

 商店の屋根を跳んで、上からアルカ兵を奇襲。

 鋭いきばでアルカ兵に食らいつき、その口からは赤い血がしたたり落ちる。


「ウォンクスだ。こんなところで」


 帝国特別騎甲大隊でも運用されるウォンクス。従順性が高く、飼育も比較的ようなため、帝国軍、特に治安維持部隊でちょうほうされている戦闘生物である。

 セイルはこっちに跳びかかろうとしたウォンクス一体を仕留めたが、他のウォンクスは中々狙えない。ヴェーガやケリュタスよりも小さいウォンクスはアルカ兵にとっても、銃で狙い撃つには難しい。


「無闇に散らばるな。孤立するとやられるぞ!」

 アルカ軍指揮官は必死に部下を落ち着かせる。


 と、ここで一体のウォンクスが指揮官の横を


「なんだ……」


 あまりの出来事に指揮官もすぐ状況を飲み込むことができない。

 吹き込んだウォンクスは壁にめり込み、その衝撃の強さがうかがい知れる。


「大丈夫ですか?」


 声をかけてきたのはイシュタル。そして、陽動部隊が駆け付けてきた。

「こちらは終わりました。加勢します」

 イシュタルはそういって、残りのウォンクスを仕留めにいく。


「信じられない……」

 指揮官はあっけに取られていた。陽動作戦で引きつけた帝国兵を全て倒し、さらにウォンクスも軽々倒していくイシュタルに。

「よし、いくぞ」

 気を取り直し、指揮官は兵をまとめ中央通りを目指す。

 ユランベルク諸国連合兵も加わり、反帝国勢力の勢いは増していた。



〈中心街 中央通り〉

 アルカ軍の襲撃に対し、見張り台の帝国狙撃兵が三十式狙撃銃を構える。照準器にはアルカ兵の姿が捉えられており、引き金を引いた。

 放たれた弾丸はアルカ兵へ命中。次のアルカ兵を射抜くため、別のアルカ兵を照準器に捉えようとしていた。


「気を付けろ!見張り台に狙撃兵だ!」


 セイルは見張り台の帝国狙撃兵へ向けてレーザーを撃ち、さらに正面の帝国騎兵を射抜いた。


「セイル、無事ですか?」

「大丈夫。それより敵を減らさないと」

「そうですね」


 人質を解放するにはクルゾンの帝国軍を制圧しなければならない。

 だが、事はそんなに甘くはないようだ。


「あれは」


 えんじ色のマントをなびかせるかっちゅう姿の三人。


「帝国近衛このえ騎士だ」


 帝国近衛このえ騎士はアルカ兵による銃弾をかわし、素早い動きで剣をアルカ兵へ振り下ろした。

「う……」

「ぐはっ……」

 とても人間とは思えない動き。ウインドきょうほう彿ふつとさせる。


「どうやら彼らもDoLLドールみたいですね」


 イシュタルがにらみつけ、それに反応するかのように帝国近衛このえ騎士の三体がイシュタルへ向かってきた。

 言葉も発せず淡々とイシュタルへ襲い掛かる。

 三体は連携の取れた動きで剣を操り出し、イシュタルを少しずつだが、確実に追い詰めていた。


(っ、量産型DoLL)


 量産型DoLL。かっちゅうを着ているが間違いない。

 量産型DoLLは戦闘に必要な性能を優先し、コミュニケーションを始めとする戦闘に不要な機能を排した低コストDoLLである。通常のDoLLと比べて、単体の戦闘能力は劣るが、それを数で補う設計がなされている。

 また、長い間、ウインドの下で戦闘訓練をほどこされたこともあり、一般的な量産型DoLLとは異なる戦術を習得していた。


(この時代に残ったDoLLが帝国に?)


 イシュタルはかみひとで剣を避けつつ、一体の帝国近衛このえ騎士へ回しりを当てた。

 しかし、戦闘生物とは違い、衝撃でふらつくこともなく、体勢をほとんど崩さなかった。

 三体は再び距離を取り、イシュタルを取り囲む。


 セイルはイシュタルと帝国近衛このえ騎士の戦いを見ていた。

「イシュタル」

 見ているだけで、

 人間同士の戦闘とは明らかに次元が異なる。

 下手をすればイシュタルの邪魔をするだけでなく、自身が殺される可能性が高い。

 そのため、イシュタルを見守ることしかできなかった。


 素早く三体はイシュタルへ突きを行う。

 イシュタルは敵の身体を跳躍で乗り越え、即座に振り向き、左こぶしを出した。

 それを近衛このえ騎士は受け流し、別の近衛このえ騎士が背後からイシュタルを切りつけようとする。



 センサーによりイシュタルは後ろにいる近衛このえ騎士を正確にあく

 直接、視覚に捉えてなくとも、背後からの攻撃を回避した。

 その後、頭を下げることで正面二体の剣をかわし、そのタイミングで左足を使い、背後の近衛騎士をり上げた。


「今だ」


 セイルがイシュタルの背後にいる、姿勢を崩した帝国近衛このえ騎士を狙い撃つ。

 これにより、近衛このえ騎士の一体を破壊。

 残る近衛このえ騎士は二体だ。ただ味方を失ったというのに近衛このえ騎士はあわてる様子も、うろたえる様子もない。動きにも変化は感じられない。三体が二体になっただけ、そういう感じだ。


 帝国近衛このえ騎士は文字通り、皇帝を守る騎士である。

 近衛このえ騎士団長ウインド・アイを筆頭とする近衛このえ騎士は例外なくDoLLで構成され、その内情を知るものは帝国内でも、皇帝に認められた者だけ。

 クルゾンに近衛このえ騎士がいるのは、おそらくイシュタルの事を想定したウインドの命令であろう。


 しかし、イシュタルの能力はウインドの予想を大きく超えていた。

 現に二体の近衛このえ騎士でもイシュタルを倒せていない。

 それどころか動きはイシュタルの方が


「イシュタルが押している」


 セイルから見てもイシュタルは二体の近衛このえ騎士を圧倒し始めていた。

 敵の攻撃を軽快に避け、こぶしりを次々と入れていく。

 いくら近衛このえ騎士でDoLLとは言えども、イシュタルの強烈な攻撃を受け続ければきょよう限界を超える。二体ともかっちゅうくだけ、胴体はへこみ、姿勢がゆがんでいた。

 そこへトドメの一撃だ。一体には頭部へ右こぶしを、もう一体には頭部へ左りを。

 もはや防御態勢もとることができない近衛このえ騎士は二体ともイシュタルの最後の一撃を受け、それぞれその場に倒れた。


「ふう。終わった」


「イシュタル」


 こちらを狙う帝国兵を片付けながら、セイルがイシュタルと合流する。

「良かった。まさか帝国近衛このえ騎士がDoLLドールだったなんて」

 セイルは倒れた帝国近衛このえ騎士を横で見た。

「そうですね。どうやら帝国にはまだ秘密がありそうです」

 イシュタルとセイルはこの場をあとにし、アルカ兵の助けへ向かった。



〈中心街 帝国軍クルゾン指揮所〉


「第五小隊からの連絡途絶!」

「第一から第四区の部隊は全滅です!」

「メグノー少将につなげ!」

「駄目です、つながりません!無線設備が破壊されたようです!」

「くそ、なぜ、こんなことに……」


 第七遠征旅団のケレネス大佐はこの最悪な状況を打開する方法が浮かばなかった。


「大佐、今すぐここから退避を。敵がせまっています」

「ああ。デュプラを回せ」

ただちに」

 部下に命じてデュプラを用意させる。

 だが、彼の判断は遅すぎた。


「そのまま全員動くな。武器を捨てて投降せよ」


 銃を構えた多くの

 周囲にいたはずの部隊は見当たらず、多くの帝国兵が武装解除し、ユランベルク兵とアルカ兵に投降していた。

 指揮所の帝国将校らも両手を挙げ、降伏の意志を示した。


「これは悪夢だ」

 そう言ってケレネス大佐も両手を挙げた。



 中央通り。

「セイル!イシュタル!」

「やっぱり二人だったか。さすがだ」


 解放されたシエラとレイダーはセイル、イシュタルと再会した。

「良かった。二人が無事で本当に良かった」

「それはこっちのセリフよ」

 セイルを抱きしめ、歓喜するシエラ。

「シエラさん、レイダー、良かったご無事で」

 イシュタルも二人との再会を喜んだ。




《皇歴215年、星の月》

 帝国は都市国家クルゾンへ侵攻し、三日後、クルゾンを占領下へ置く。五日後、帝国軍第七遠征旅団とその支援部隊はアルカ王国へ侵攻した。しかし、アルカ戦闘生物による攻撃を受け、アルカ侵攻部隊は全滅。翌日、アルカ王国とユランベルク諸国連合によるクルゾン解放作戦により、クルゾンに駐留していた第七遠征旅団の本隊が壊滅的損害を受け、降伏。この戦いで、三体の帝国近衛このえ騎士がイシュタルに挑み、返り討ちとなった。

 この知らせを受けた帝国軍リズトー東方司令部は警戒レベルを最大に引き上げ。全隊を緊急招集し、アルカ及びユランベルク二国の連合軍との大規模戦闘に備えることになった。

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Ruin of the DoLL 夕凪あすか @Yunagi_Asuka

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