5. 深淵

 帝国軍によるクルゾンの電撃侵攻。しがない都市国家であるクルゾンに十分な戦力があるとはいえず、帝国に屈するのは時間の問題だった。しかし、ここで誰も予想していなかった展開が待っていた。アルカ王国軍が事前通告も無しに、クルゾンの救援に駆け付け、帝国地上軍を空爆。これにより、ウインドきょう率いる帝国軍は七割以上の戦力を失い、敗走した。

 アルカは謎多き海上王国である。完全な鎖国ではないが非常に閉鎖的な国で、クルゾンとの交流も盛んとは言えない。帝国と同じく《失われた旧世界》の技術を持ち、空飛ぶ船の実用化に成功している。また、うわさでは海底にある《失われた旧世界》の遺跡によって、アルカ領内は汚染されていない、清潔な水で満たされているらしい。戦闘生物も飼い慣らしており、帝国ほどではないが、その戦力は非常に整っている。


「危ない所を助けていただき、ありがとうございました」

「いえ、もう少し我が軍の到着が早ければここまで被害は出なかった……」

 アルカ軍指揮官はそばにいる少年セイルに到着が遅れたことをわびた。アルカ軍の救護部隊が負傷者を介護していたが、ほとんどの部隊はてっ退たい準備を進めている。これはアルカ軍がクルゾンに駐留しないことを示していた。

「ぶしつけな質問かもしれませんが、なぜ来てくれたんですか?」

 この質問はクルゾンの住民全員が胸に秘めているはずだ。

「それはここにいたからだよ、せいらんの少年。そしてしょこうの少女」

 想像外の言葉にセイルは衝撃を隠せない。

「ええっと、どういう意味でしょうか?」

「我々は君を待っていた。この荒廃した世界に吹く新しい風を。セイル、君達をアルカへ招待する」

「私もですか?」

 状況を飲み込めないのはイシュタルも同様。

「そうだ。ぜひとも来て欲しい。お願いだ」

 頭を下げられた二人はその願いを断るわけにはいかなかった。



〈アルカ王国〉

 クルゾンから南東へ。海上王国アルカ。周囲は海に囲まれており、大陸とつながるのは三つのり上げ橋のみである。そして、この橋が下がっていることは基本的にない。なぜなら、アルカは大陸との交易を原則禁止している。ゆえに、アルカのことを知る者は少なく、アルカ人を見た者もほとんどいない。


「おお……すごい。街の中にも川が通っている。それにあの透明度、もしかして飲めるんですか?」

「ええ。飲んでも害はありません。ただ、直接飲む方はあまりいませんよ」

 少し笑いながらアルカ軍指揮官は答えた。

「ここは緑も素晴らしいですね」

 イシュタルは所々にある街路樹に目が入った。石造りの建物にはツル植物が巻き付いているものもある。右手に見えるのは公園だろうか。小さな噴水広場の周りを走る三人の子供が見え、たいぼくの根に腰を下ろして休んでいる子がいた。

「もう少しでカレンシャード城に着きます」

 城へ近づくにつれて巡回の兵士が増えてくる。カレンシャード城には複数の見張り台が存在し、帝国軍の飛行戦闘生物部隊を警戒していた。



〈カレンシャード城 えっけんの間〉

 ここには大臣だけでなく、ハンターや考古学者、料理人、召使、郵便屋といった様々な人が集まっていた。なぜかは分からないがかんきわまって泣いている者もいる。

 護衛の兵士が並ぶ中、アルカ国王のカレンシャード・サキフが現れ、セイルとイシュタルのもとへ歩み寄った。

「アルカへようこそ。アルカのたみを代表して感謝申し上げる」

 国王がまさかのお礼。それも頭を下げてのしんしゃ

 これにはセイルもパニックになった。

「そんな、国王様がこんな子供にそこまでならないでください。クルゾンの危機を助けて頂き、本当にありがとうございました」

「私からもお礼申し上げます。へい

 セイルとイシュタルは国王へ感謝を伝えた。

「よいよい。むしろ、私はクルゾンのたみに謝らなければいけない方なのだ。帝国のしんな動きを知りながら、何も対応が出来なかった。多くの村や集落が帝国によって襲われたことだろう。いずれ帝国はここにも来る。早くみなと行動を起こすべきであった……」

 国王の表情からは何とも言えぬ苦労と深い悲しみがかい見えた。

「さて、ここからが本題なのだが……そなた達二人を同時に見つけることができたのは!先祖よりこの地を守りし我々にとって、そなた達は夜明けの光だ。我々は待っていた。ようやく我々の使命を果たす時が来た」

「国王陛下、その使命とは一体?」

「海の底で眠る《失われた旧世界》の遺跡、それを守護するのが我々アルカのたみなのだ。そして、〝言い伝え〟に残る伝説の少年と少女をそこへ導く使命をびておる」

「その言い伝えとはどのようなものなのでしょうか?」

 国王に質問するイシュタル。


「滅びゆく星。忘れさられしいにしえは生と死のしんえんたり。のこされしあいの運命よ。脈打つ刹那せつなの生命よ。未来を望む黄昏たそがれよ。黒き大地が時をきざみ、白き海が過去を示さん。来たるべきはせいらんの少年としょこうの少女なり……我々はこの〝言い伝え〟を確実に、そして正確に伝え残して来たのだ。


セイル君、君が持っているは《失われた旧世界》のもので間違いない。それはあかしだ。君は選ばれし者。君は《失われた旧世界》がたくした希望なのだ。海底に眠る遺跡に行って欲しい。そこで君が進むべき道が示されるはずだ」


 ここでイシュタルが口を開いた。

「行きましょうセイル。海底遺跡へ」

 まだ複雑な想いをいだくセイルに対し、イシュタルは彼の手を引くことでいやおうなしに話を進めた。イシュタルもまた彼女の使命を果たさなければならない。セイルもセイルでこのまま帝国を避けて生きていけないことは分かっていた。



 海底遺跡へ続く通路は大勢の守衛によって封鎖されており、いくつもの扉をセイルとイシュタルは通り抜けた。ごつごつした石とけんされたような石で組み合わされた廊下は少し冷たい印象を受ける。

「この先に遺跡の入り口がある。ここから先は君達だけが進める。我々には何もできない」

 部隊長は足を止めた。

 床には《失われた旧世界》の文字で一文が書き込まれている。イシュタルは床の文字を読み上げた。


 この先、あかしを持たぬ者には死が訪れる。


「行きましょうセイル」

「腹をくくるか……」

 セイルとイシュタルは二人だけで歩み出す。この先がどうなっているのか、それはアルカのたみも知らない。

 せいじゃくな空間。

 少しばかり湿しめり気がある。

 段々とけんされていた石が減り、でこぼこが目立ってきた。

「階段がある。下に続くのか」

「そのようです」

「……なぜ僕なんだ」

「アルカ国王の言葉ですね」

「そう。この首飾りは小さい頃からはだ離さず持っていた。親代わりであったようへい部隊のみんなはお守りだと言っていたけど、今思えば、みんなこの首飾りのことを知っていたのかもしれない。『絶対にそれを他人に渡すな。それは』って何度も言われた」

 セイルは首飾りを軽く左手で握り、昔を思い出した。

「……私はその方々を直接見たことがないので分かりませんが、首飾りの意味を知っていた可能性は高いですね。もしかしたら《旧世界》を知る生き残りだったのかもしれません」


 階段を下りた先は広い石通路が伸びていた。ただの通路という訳ではない。まるで庭のように石柱や噴水広場のようなものが見えた。しかし、もっと驚くべき光景が広がっていた。

「これはどうなっているんだ?あれは天井じゃない。水面だ。ここは水の中?」

 上を見上げるとわずかに天井が波打っていた。石柱や通路からは所々小さい泡が発生し、上へ向かって静かに登っていく。ここが水中ということを表していた。

「そのようですね。ここは水中です」

「でも息ができる。なんで?」

 水の中にいるというのに身体がれているという感覚も、水圧も、息苦しさも一切感じない。まるで別世界に来たかのような変な感じだ。現実味がない。それでいてどこかなつかしさも感じられる。そんな空間。

「技術的な説明すると長くなりますが、どうやらここは《失われた旧世界》の技術で造られた場所のようです。〝ただの水〟ではないので自由に息ができます。私のデータベースによるとここはかつてネリーシャ記憶保存区域と呼ばれていた場所のようです」

「記憶保存区域?」

 二人は歩きながら辺りを見渡す。人の気配はない。

「簡単に言うとここには《失われた旧世界》の記憶が保存されています。どこに保存されて、どのような記憶が保存されているかまでは分かりませんが」

「多分、それを探すのが僕の使命なんだろう」

「セイル、ひとすじなわではいかないと思いますよ」

 離れた所から水が動く音が聞こえる。その音は勢いよくこちらに迫って来ていた。水中を高速でかき分け、水の波がセイル達に届く。


 ……嫌な予感しかなかった。


「おいおい、こんな奴がいるなんて聞いてないぞ。大型だ」

 翼のように発達した巨大なヒゲ。鋭いきばが並び、てつくような両眼。流線形でなめらかなウロコに覆われた長い胴体。海のぬしとでも言うのだろうか。その姿は優美でありながら凶悪さもあわせ持っていた。


 ググァァアアアアアア!


 大きく口を開け、気泡が勢いよくあふれ出す。

 怒りに燃えるかくを二人へぶつけた。

 戦闘生物の中でも大型の部類に入る、目の前に立ちふさがるこの個体〝ネリーシャ・ドラゴン〟は長きにわたりネリーシャ記憶保存区域を外敵から守り続けてきた。侵入者は何人なんぴとたりともようしゃしない。《失われた旧世界》ではTypeタイプεイプシロンと呼ばれ、中規模都市の制圧を想定して開発された強力な戦闘生物である。

「伏せて!」

 小さな獲物を丸みしようとネリーシャ・ドラゴンが口を広げて突進してきた。

 二人は地面にいつくばるかのようにせ、頭上すれすれをネリーシャ・ドラゴンが通り過ぎる。

「セイル、こっち!」

 イシュタルはセイルの手を引き、すぐに体勢を立て直すとともに、石柱が並ぶ石庭へ逃げ出した。

「あれは戦闘生物Typeタイプεイプシロンです。今の私達の装備では倒せません。あれに傷を付けるには少なくともオーバー7クラスの武器が必要です」

「オーバー7クラス?とにかく威力が足りないってことはわかった」

 ネリーシャ・ドラゴンが引き返し、二人を再び捉えた。

「管理者権限を手に入れることができれば大人しくなるはず。しかし、それを行うには人間でなければいけません」

「これ!この首飾りでどうにかならない?」

「可能性はあります。どこかに制御室があるはずです。その首飾りを認証させることができれば……」

 二人の間をくようにネリーシャ・ドラゴンが巨大な左のヒゲを地面に突き刺した。その一撃は重く、地面にれつを入れ、つちぼこりが舞う。

「何て一撃だ……あんなもの食らったらいっかんの終わりだ……」

「ここは私にお任せを」

 イシュタルが倒れていた石柱をつかみ上げ、ネリーシャ・ドラゴンへと放り投げる。こんなもので傷を付けられないのはイシュタルも重々承知。これは戦闘生物が自らに対し敵意があるものを優先して攻撃するという本能を刺激するためだった。


 ググァァアアアアアア!


 狙い通り、ネリーシャ・ドラゴンは狙いをイシュタルへ変える。

 長い胴体にも関わらず、驚異的な瞬発力で突進し、丸みしようとしたが、それをイシュタルはネリーシャ・ドラゴンの上へ飛び乗ることで回避。イシュタルこんしんの右こぶしを頭部へたたき込むが、やはりネリーシャ・ドラゴンには通じない。

「硬い」

 イシュタルを落とそうとネリーシャ・ドラゴンは身体を回転させつつ、上昇。大きなうずが巻き起こり、その勢いは離れたセイルのところにも届いていた。

「うわ。何だ!」

 大きな波で揺れる身体の体勢を戻しつつ、セイルはネリーシャ記憶保存区域の制御室を探す。

「くそっ。制御室って、どんなところだ?」

 セイルには制御室というものが想像できない。それでもセイルはそれらしい場所をひたすら目で探す。崩れた石板や石柱が並ぶ中、形がれいに整った場所があるのを見つけた。

「あそこか」

 走り出すセイル。ネリーシャ・ドラゴンはさいわい、イシュタルが引きつけている。

「思うように体が進まない……」

 忘れがちだがここは水の中。歩いている時はそれほど感じなかったが、走ってみると水の抵抗を強く感じる。そのわずらわしさは今のセイルにとっていらち以外の何ものでもなかった。

「着いたぞ。どうなんだ?」

 薄暗い部屋。制御室かどうかは分からないが、ここが《失われた旧世界》の技術で造られたのは間違いない。通路の先には宙に浮いた半透明のスクリーンが多数ある。


『IDチェックを行います。少しの間、動かないでください』


 どこからともなく《失われた旧世界》の言葉でアナウンスが響く。

「なんだ?光が下から……」

 セイルの足下から全身を包むように光のオーラが現れた。


『認証、セイル・ナツァス様。これより〝ネリーシャ〟はシステムの最適化を開始……再起動』


 部屋の照明が点灯。突然の展開に驚きつつも、セイルは中へ入る。

《失われた旧世界》で表示されていた文字がに次々と変換されていく。

「言葉が直されている?」


『改めましてお帰りなさいませ、セイル・ナツァス様。現在、〝ネリーシャ〟は自動メンテナンスにより全区画問題なくどう中です。なお、侵入者を検知したため、Typeタイプεイプシロンが迎撃にあたっています』


 すぐにセイルはTypeタイプεイプシロンがイシュタルと戦っている大型戦闘生物ネリーシャ・ドラゴンだと理解した。

「何とかしないと……どうすればいいんだ」

 頭に浮かぶイシュタルの姿。しかし、どうすればいいのか検討もつかない。


『ナツァス様、申し訳ございませんでした。ただちに敵味方識別情報を更新いたします。人間ではないとは言え、お連れ様を攻撃した事、おび申し上げます』


 すると管理システム〝ネリーシャ〟がセイルの思考を自動で理解した。

 イシュタルと取っ組み合いをしていたはずのネリーシャ・ドラゴンはいきなり攻撃を中断。何事も無かったかのように平常運転へ戻った。


「これは一体」

 構えたままイシュタルはネリーシャ・ドラゴンの動きを見張る。

『ゼロクイーン、こちらは管理システム〝ネリーシャ〟です。敵味方識別情報が更新されました』

 イシュタルの脳内に直接響く声。

「セイルはアクセスに成功したんだ。良かった」

『ゼロクイーン、ナツァス様までのルートを案内致します』

「お願い」

 戦闘態勢を解除したイシュタルはセイルの元へ向かった。



〈ネリーシャ記憶保存区域〉

 ネリーシャの管理者権限を入手することができたセイル。これによりセイルとイシュタルの二人は安全にこの区域を動くことができた。


『ナツァス様、現在のネリーシャ防衛体制は次の通りです』


 特に聞いたわけでもないのだが、管理システムの〝ネリーシャ〟は今の防衛体制の説明を始めた。それに合わせセイルの前にイラストや図、グラフが表示される。


『標準的な防衛戦力としてセンチネル100基、ソードフィッシュ20基、タンク5基が常時控えております。また、守護者としてTypeタイプεイプシロンが一基、常時じゅんかいしております。なお、必要に応じて標準ユニットは増産が可能です』


〈チェーダ(正式名:センチネル)〉

 種別:可変型飛行戦闘生物

 用途:施設警備及び軽攻撃用

 生産:自動生産ラインにより自動供給

 制御:中央管理システム

 武装:収束粒子ビーム砲×1、標準レーザー砲×2、生体防御シールド×1


〈ナウェ(正式名:ソードフィッシュ)〉

 種別:可変型飛行戦闘生物

 用途:施設警備用及び軽攻撃用

 生産:自動生産ラインにより自動供給

 制御:中央管理システム

 武装:速射レーザー砲×2、毒トゲ射出器×2、プラズマホーミング×1、生体防御シールド×1


〈クュルウ(正式名:タンク)〉

 種別:可変型重装機動戦闘生物

 用途:強襲用及び移動砲台

 生産:自動生産ラインにより自動供給

 制御:中央管理システム

 武装:高出力レーザー砲×4、収束粒子ビーム砲×1、プラズマホーミング×2、生体防御シールド×1


「これらが標準なんだ……なんて恐ろしい」

 〝ネリーシャ〟が挙げた三種の戦闘生物は《失われた旧世界》の遺跡で見る機会が非常に多い。それも当然で、これら三種は《失われた旧世界》の施設の警備や防衛に使われる標準的な戦闘生物であったのだ。標準とは言ってもセイルら現人類から言えば非常に強力な戦闘生物《古代種》であり、《失われた旧世界》の施設で適切なメンテナンスを受けた戦闘生物は体表をで覆われている。そのため、帝国軍でも傷付けることすらままならず、部隊が全滅することもあった。


「ちょっといいかな。この首飾りについて教えて欲しいんだけど」


 セイルはここで本題へ入る。

『それはセイル・ナツァス様がセイル・ナツァス様であることを示す重要なものです。同時にリルダにある〝失われた過去〟へアクセスするために必要なものです』

 リルダ、そして失われた過去という言葉を聞き、イシュタルの表情がこわばる。

「リルダって、きんの地リルダのこと?」

『申し訳ございません。その質問にはお答えできません。リルダはリルダとしか私はお答えすることができません』


 二人は〝ネリーシャ〟の案内でに来た。

 地面と天井にはっすら光る紋章が無数にあり、それらはときおり、光の強さを増減させていた。

『ここが記憶保存区の最深部です』

 さつばつした外の世界とは変わって神秘的な光景である。このような光景を外でセイルは見たことはない。

「ここで何ができるの?」

『世界の記憶を再生することができます』

「世界の記憶……」

『そうです。ナツァス様はを再生するために戻られたのでは?』

 イシュタルは周囲の様子を見て回っている。敵を警戒しているわけではない。

「それって何か危険がある?」

『いいえ。何も危険はありません。では再生を開始します』

「ちょっ……」

 セイルの正確な返答をず、先走りした〝ネリーシャ〟は世界の記憶を再生し始める。

 地面の紋章と天井の紋章が選び出され動き出す。そしてセイルが見ている視界が変わっていく。


「ここは一体……」

 目の前には白衣を着た人々と多くの工具を腰のベルトに巻いた技術師の姿が。セイルにとっては自分がまるでその場所にいるかのようなさっかくぼつにゅう感。


『あの日の記憶です。DoLLドール Typeタイプ00オーオー、通称ゼロクイーンが完成した日です』


 技術師達は役目を終えたのだろう。彼らはこの場を離れ、数人の開発者がこの場に残った。

 中央にはつつ状のカプセルに収まったイシュタルの姿。


「あれはイシュタル……」


 ‐急がないと。時間がない。

 ‐だが試験起動する時間すらもうない。

 

 彼らは見るからにあせっていた。

 ここで一人の男性がセイルの方へ向く。


 ‐ナツァス、君に鍵を任せる。我々に時間は残されていない。

 ‐未来をたくそう。私達の未来へ。ここは私達が。


 イシュタルの入ったカプセルは厳重に封印され、床の下へ収納されていった。

 彼らはイシュタルの存在を隠したのだ。

 その時が来ることを信じて。


 ここで視点が変わる。

 先ほどとは別の場所のようだ。

 人間の姿はない。

 標準防衛ユニットである戦闘生物センチネルとタンクが無数に配置され、さらにネリーシャ・ドラゴンに似た大型の戦闘生物も三体見える。

 正面の装甲扉が吹き飛び、そこから目にも止まらぬ速さで動くが現れた。

 それに向けて防衛ユニットは一斉に攻撃を開始した。


 ‐守備戦力はこんなものか。期待外れだ。


 ここで世界の動きがゆっくりになる。

「あれは……もしかしてDoLLドール?」

 りんかくがなぜがぼやけているが、あの動きはイシュタルのものと似ている。しかし、あらあらしさ、攻撃的なスタイルを見るにイシュタルとはまるで違う。鬼神のごとだ。

『はいそうです。信じられない事ですがDoLLドールです。ただし、妨害により正確な姿を捉えることはできず、どの記憶区域にもがいとうDoLLドールの情報は存在しません』

 再び世界の動きが元に戻った。

 謎のDoLLはレーザー攻撃を見えないシールドでへんこうし、左右のレーザーブレードで次々と防衛ユニットを切り裂いていく。水色の血が飛び散り、床にはセンチネルやタンクのいっぱいだ。


 ‐奴を止めろ!絶対にだ!


 遠くの方から声がする。

 その声を無視するかのように襲撃者である謎のDoLLドールは奥へと進んでいく。

 やがてセイルからはその後ろ姿が見えなくなった。


 グゥワワワアアアーーーー!!


 心をてつかせるほうこう

「この声は……?」

 部屋全体が大きく揺れ始め、猛烈に吹き抜ける風で天井が吹き飛んだ。

 空には翼を広げた戦闘生物。背中には大きなこうりんが浮いている。

 その戦闘生物の翼から複数のかみなりが放たれ、さらにこうくうには強烈な光が集まっていく。背中の光輪はより光を増し、それにともなってこうごうしさを増した。

 そして放たれた光。世界は文字通り光に包まれた。


『以上で記憶の再生を終了します』

「……まるで夢を見ていたかのようだった」

『いいえ、夢ではありません。過去のものです』

 現実に戻ったという感覚がかないセイル。あまりにも衝撃的な光景だった。

「いったいあの日、あの場所で何があったんだ」

 セイルの左横にイシュタルが歩み寄り、セイルの左手を優しく握った。

「セイル、あの日、《旧世界》が

「そうだったのか……」

 セイルはイシュタルの手を握り返す。

『はい。ゼロクイーンの言う通りです。あの日、世界は〝しんぱんの光〟と呼ばれる光により滅びました。それ以上の情報は私の権限では開示できません』

「あの戦闘生物はヴェーガに少し似ていたような気がした」

 空に舞う姿、離れていても伝わる恐ろしい気配。間違いなくヴェーガ以上の存在だ。

「あれはTypeタイプαアルファと呼ばれる存在です」

Typeタイプαアルファ?」

「そうです。Typeタイプαアルファ……ごく少数ですが戦闘生物の中に《しゅうきょく種》と呼ばれるものが存在します。《旧世界》がを目指して生み出したのが《終極種》なんです。先ほど戦った大型戦闘生物Typeタイプεイプシロンも《終極種》ですね。そしてTypeタイプαアルファは《終極種》の始祖にして〝最も完成された個体〟です。全ての《終極種》はTypeタイプαアルファもとに生み出されていますが、いずれの個体もTypeタイプαアルファを超えることはありませんでした」


〈Type:α〉

 別名:アルファ・ドラゴン

 種別:アクセス不可

 用途:アクセス不可

 生産:アクセス不可

 制御:アクセス不可

 武装:アクセス不可


かろうじて残ったDoLLドール達によって封印されたと……私の中のデータではそうなっています」

 ここで〝ネリーシャ〟が反応する。

『その話については情報開示が可能です』


〈出来事の検索……審判の日〉

 出来事:審判の日

 内容:戦闘生物Type:αによる攻撃によって地上の全文明が壊滅。破壊を逃れたDoLLが共同で対Type:α作戦を実施。同作戦によりType:αは封印。これにより、人類及び生命絶滅の危機を回避することに成功。


 セイルは封印という言葉に疑問を持った。

「封印?とうばつじゃなく?」

『はい。封印です。DoLLドールの力を結集しても倒すことはできなかったのです』

「セイル、Typeタイプαアルファは今も生きています。封印されたまま」

 イシュタルの言葉はセイルにとってあまりにも衝撃的なことだった。

「生きている?そんな」

 セイルだけじゃないだろう。誰しもが同じように驚くはずだ。みんなそんなことなど知らずに暮らしている。まさか、数万年前に世界を滅ぼした戦闘生物がいまだに生きているなんて、誰が想像できるだろうか。

「セイル、心配要りませんよ。封印は今の今まで正常に続いています。そしてこれからも続くことでしょう。今の人類が封印を解くのは不可能のはずですから」

 それを聞いてセイルは安心した。そうじゃなければ心穏やかじゃない毎日を過ごすことになる。

「さ、セイル。戻りましょう。皆さんが上で待っています」



〈アルカ王国‐フォーミア大陸(国境)〉

 アルカ王国へ続く三つのつり橋は上げられている。このつり橋が下げられていることはほとんどなく、アルカ王国は外からの客人を受け入れない。そのため、アルカ王国内部を知る者は極めて少ない。

 そんなアルカ王国に迫り来る影があった。


 帝国である。


 第七遠征旅団、第二三〇アルドヌ部隊らなる地上部隊、第五一ケリュタス飛行戦隊からなる航空戦力。

 その姿はアルカ王国正門の見張り塔からも見ることができた。

「帝国軍だ!すぐに隊長へ知らせろ!」




〈皇宮セルデリア・ぎょくの間〉

「陛下、アルカ王国への侵攻準備が整いました。全軍、命令を待っております」

 皇帝にひざまずき、侵攻軍の状況を報告するメグノー少将。

 ぎょくには皇帝が座り、その左右には皇帝を護衛する近衛このえ兵が二人ずつ控えていた。

「よろしい。軍を進めるのだ、少将。アルカを我がものにする」

おおせの通りに」




〈アルカ王国〉

「飛空艇を出せ。敵の航空戦力をたたく」

 帝国軍の接近に対し、アルカ王国軍の指揮官は制空権を確保すべく飛空艇部隊の発進を命じた。

「急げ!敵の飛行部隊が来る前に出撃だ!」

 戦場において空を自由に飛び回る飛行戦闘生物は非常にやっかいな存在だ。一方的に地上へ攻撃できる。この時代においても制空権の重要さは全く変わっていなかった。

 次々とパイロット達が飛空艇へ乗り込んでいく。アルカ王国軍の飛空艇は一人乗りの小型機であるが、《失われた旧世界》の技術により反重力並びに推進能力を得、軽くてがんじょうな機体の開発に成功している。


「なんだ?何かあったのかな?」

「そのようですね。外があわただしいです」

 ネリーシャ記憶保存区域から戻ってきたセイルとイシュタル。二人はアルカ国内が非常にあわただしいことに驚いた。

「君達か。無事に戻ってきて良かった」

 通路の守衛が二人に声をかける。

「いったい何が起こっているんです?」

 セイルは守衛に聞いてみた。

「帝国軍だ。規模から考えるにクルゾンはかんらくしたかもしれない……」

「帝国軍が!」

 守衛の言う通り、帝国軍がアルカ王国に来る途中でクルゾンを手中に収めた可能性は高かった。帝国軍が本気になればクルゾンを落とすなぞわけない。

 そして今回、帝国はアルカを落とすつもりだ。


「ボスタを出すぞ」

 四足歩行戦闘生物〈ヌストン〉を引き連れたアルカ歩兵。さらにアルカ軍所属の飛行戦闘生物〈ボスタ〉が空を飛んでいく。

 ボスタに対するは帝国軍の飛行戦闘生物ケリュタス。二勢力の飛行戦闘生物が空で激しい戦いを繰り広げる。その合間をうようにアルカ王国軍の飛空艇が飛び、ケリュタスの背後を取る。だが、そう簡単に事はいかない。背後を取られたケリュタスを別のケリュタスが援護する。

 そうほうの戦力がぶつかり一機、一基とちていく。

 アルカ王国正門では戦闘生物ヌストンとアルカ兵が守備を固め、さらに高所にも兵士を配置することで帝国軍の襲撃に備えていた。

「帝国軍が接近中」

「射程に入り次第しだい、砲兵隊による攻撃を開始せよ」

「了解」


 セイルとイシュタルは詳しい状況の確認のため、カレンシャード王のもとへ。

「おお、二人とも無事で何より」

「陛下、帝国軍の襲撃とお聞きしました」

「そうなのだ。言いづらいのだが、敵はかなりの兵力をぶつけてきた。厳しい戦いになるだろう」

 カレンシャード王はけわしい表情でそういった。周りの大臣らからもゆうの表情は見えない。

「陛下、僕たちにも協力させてください」

 セイルの言葉にカレンシャード王は驚いていた。

「しかし、それでは……」

 アルカにとって二人はこくひんである。国王として二人にそのようなことを頼むわけにはいかない。

「クルゾンを救ってくれた恩があります。力になりたいんです」

「陛下、私の力をお使いください」

 セイル、イシュタルはカレンシャード王へ頭を下げた。

 ここまで押されたら、さすがのカレンシャード王も考えざるを得なかった。

「分かった。二人の力を貸して欲しい」

「「はい」」



 一方、帝国軍。

 帝国軍は海をわたるべくようりくていと高速艇を使っていた。これらは《失われた旧世界》による浮遊技術を実現しており、海面だけでなく陸地でも浮くことができた。現在、兵員輸送用の乗り物として急速にきゅうが拡大している。

「大尉、まもなく敵の防衛線に入ります」

「ケリュタス部隊に上陸部隊の援護を強化するように伝えろ」

「了解」

 陸地には後方火力支援部隊と指揮所が置かれていた。

「帝国の力を身をもって知るがいい」

 軍用そうがんきょうで戦場を眺めるのはジャステー大尉。

 彼は皇帝がとなえる領土拡張政策に何の疑問も持っていなかった。

 弱者は強者に支配される。

 それがこの世界のことわり

 そしてアルカは帝国に支配されるべきだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る