(α+β)目的と手段

 古い館だ。人間は足を踏み入ることの出来ない聖なる領域。人間ではない、非効率な感情も感覚も母なる愛さえ持たないこの領域。それが、自分。ああこれが完璧という名の、不完全なのだろうかとさえ思うほど今目の前に居る男が憎たらしい。

 「お目覚めかい?気分はどうかな?」

 金色の髪、水色の瞳、真っ白な潔白を示す胡散臭い衣装を身にまとう背の高い男。声も出せない、目も動かせない、指先さえも不完全な肉体のまま。水色の液体、体を包み僕自身は大きなカプセルに閉じ込められている。この男によって。

 「憎んでいるのは自分?…殻を破ってしまってすまなかったね。君の身体はまだまだ生成途中だったのだけれど、早く君に会いたくて」

 金髪の男はカプセル越しに、にやりと頬を釣り上げた。不気味さとゆがんだ感情が全身を包んだ。

 「…そろそろ、お時間かと」

 男の後ろはカーテンになっており、その隙間から助手と思われる女性がそう告げた。男はカーテンの向こう側へ行くと、何やら大きな声で大勢に向かって話しているようだった。

 「…偉大なる我らの友人たちに感謝を告げる」

 そう言い終わると、自分が入っているカプセルはカーテンを潜り抜けた。すると男と同じ服装を来た大勢の老若男女が、自分を崇めるように手をすり合わせていたのだった。

 「感謝するよ…僕の偉大なる友人に会えたこと、そして美しき魂を一つに。完璧たる魂の浄化は近い」

 金髪の男はカプセル越しにそう言った。

 「偉大なる友、その美しき姿を見せたまえ」

 「友人たちに祝福の歌を」

 大勢の老若男女はそう口々に言い、いつしか自分のカプセル越しに集まっていった。

 これはなんだ…聞かされていたものは違う

 「”ヨハネ”それは、汚れた人間を排除するもの。だけれど、”ヤコブ”は違う。そのような人間までも、再び生命として生きれるよう導く」

 …

 「…そのためには君が必要なんだよ」

 大勢の老若男女がカプセルに圧をかけているのか、キシキシとした音が響く…そうしてカプセルのガラスは割れ、水色の液体があふれ出したと同時に

 「ハデスの門よ…」

 …!!

 金髪がそう言うと、自分の右目が赤く光りだし周りに居た大勢の人々から光の玉があふれ出した。やがては人の形さえも歪ませてしまうほどの大きな光となり、気づけばそこに居たすべての人間を吸い尽くしていた。そうして自分の中へと吸い込まれると同時に、眼球は動かせるようになり気づけば二本足で立つことも出来ていた。

 「不完全な寄せ集め、それこそが完全を作り上げる。さあ、ゼベダイの子よ」

 金髪は自分の長い白髪の髪をなでるようにして、自分の目を見つめた。

 「希望となれ、母親など必要としない汚れなき世界へ、と」

 

 

 ゼベダイの子…キリストの12使徒のひとりである、あのエルサレム協会の中心的人物の名を持つ子。そしてラザロの存在、適合者、ハデスの門…私が知らぬ間にその時は近いのかもしれない。

 中村とのあの喫茶店を出た後、私は自分の"ルーム"へと帰ろうと考えながらネオン街を歩いていた。

「なあ、姉ちゃん。こんなところでふらついてさ…どう?ちょっとお話しない?」

私が歩いていると、すぐ後ろからそんな声が聞こえたの振り返ると背の高い客引きのような男性がいた。右耳にピアスを付けているようだ。

「嫌です。さよなら」

私はそう言うと、男を見ないようすぐ振り返った。しかしその男は私の手を掴んだ。

「…中村について聞きたくて。お姉さん、何か知ってるでしょ」

そう言われ、動揺した私の眼をじっくりと見つめた。

「な…中村をどうして」

「お姉さん、明日もここに来てよ。中村のこと教えてあげる」

私はすぐに手を振り払って、ネオン街を走り去っていったのだった。ピアスの男はそこにたたずんで、去っていく私を見つめていた。

 不気味さを感じ、その日はよく眠れなかった。




 よく、分からなかった。もう少し世間を知った方が良い、もう少し大人になったほうがいい、そんなこと言われたことなんてなかった。

 暗がり、自分のベットの上、天井に手を伸ばしその”何か”を強く思っている。その形も、手触りも、暖かさも分からない。だけれど何かを感じている。そしてそこに

 「私がいるんだ」

 うまく掴めない、いやむしろ掴もうとはしていないんだ。多分掴めなくてもいいのだろうか。

 「母さんは帰ってこない…セツナは、よく分からない」

 あいまいで、嫌になるほどこうして考えている。家族も友達から逃げている。その先に居るのが、正体不明の男性…

 「それは希望?私の中のただ…すがりたいだけの希望なのかな」

 どうでもいい、よく分からないまま感情に流されているのだろう。その感情が頬を伝って、生ぬるさに何故のぬくもりを感じる。

 そして、心の片隅ですがってはいけない希望にうすうす気づいている自分が居たのだった。


 「清川さん」

 次の日の学校、昼休みのことだ。委員長のマリが、私の隣に座っているセツナに声をかけたのだった。

 「…」

 セツナは無言で、本を読んでいる。話しかけられたことが嫌だったのか、咳ばらいをした。不安そうな顔をするマリと目が合った私は、マリを元気づけようと手を引いて屋上へ行こうと誘った。

 「穏やかな風…でもどこか生ぬるい人間味を感じる。清川さん、もう誰とも話さないつもりなのかな」

 マリは屋上から見える青空を眺めながらそう言った。

 「でも何も知らないまま…何もしないのは嫌なのかも、しれない」

 体育座りをして、ぼそぼそと言った。それが確信かどうかは分からないからだ。そんな私をマリは横目で見つめている。

 「そうだね。私もあの時以来ちゃんと話せていないし、いつか3人で帰れたらいいなって思うよ」

 「うん…私もそう思う」

 「あっ、そうだっ、私実はユメに食べさせたいものがあって…ほら、この卵焼き私が作ってきたの」

 マリは嬉しそうに、小分けにしたお弁当箱を差し出してきたのだった。

 「えっ…あ、ありがとう」

 マリが作った卵焼きは、とても美味しく思わず笑みがこぼれた。

 「誰かのために、誰かの笑顔のために何かするってすごく心地がいいことなんだよ。一人じゃ分からない、素敵な事。私はそれが大好きなんだ」

 マリらしく、委員長らしい言葉だと思った。そこに依存や、恐怖は無くただ感心して感動している自分が居る。

 「やっぱりすごいや、マリ」

 「そうやって他人をほめて、良い所を見つけられるのも凄いことなんだよ。ユメ、今度ユメの家に行って卵焼き教えてあげよっか?」

 そんなマリの言葉に、何故かまたあの暖かさを感じた。ベールに包まれるような、走っていく自分を受け止めてもらえたような。嬉しかった、これが他人と共有している楽しさ。

 「でもいきなりどうして」

 「友情の証。昔家族で作った、直伝の卵焼きだよ」

 昔、という言葉に何か違和感を感じるが、私はマリの笑顔にとても嬉しくなった。誰かの笑顔が、なんだか嬉しいと感じる、そうか、これが、と。

 「もう一度…家族みんなで作れるといいね」

 私はそう言った。マリはそう言われると、何故かきょとんとしたのだった。

 「もう一度…素敵な言葉…だね」


 

 放課後、私は人気のない所で忘れもしないあの番号に電話をかけたのだった。すると中村と思われる人物の声が聞こえた。

 『…そうか。分かったよ。ある意味君にとっては修行かもね。住所は××…307号室。同居人にもあいさつよろしくね』

 電話を切ると、沈んでいく太陽の日差しがちょうど差し込んできた。その明るさに、あの日並んで歩いたセツナを思い出した。

 「セツナ…」


 ”同情されるくらいなら、批判されて突き放された方がマシだ。あなたならそう考えると思うけど、ね”


 「…!!」

 あの時、セツナに言われた言葉を思い出した私はそれ自身がセツナであったのではないかとハッと息を飲んだ。同情されるなら、批判されたい。それは、きっと...私だったもの?

 「セツナ、私はもう一度あなたと…」

 そこに依存はない、私から駆け寄ろうと手を伸ばしたいと初めて思えた人だから。きっと――—…



 「6人目の殻は破られていた。そこには壊されたカプセルのみ―これは、計画の実行に大きな支障を及ぼすことだ。どういうことか説明してもらおうか、」

 ヨハネの黒い部屋―セナクルに、私、ユメの母と職員数名が収集されていた。そこには、マタイもいる。

 「何故、私を―」

 「君は、副幹部の代理だ。あの男は行方をくらませ、我々から逃げている。そしてこの計画の基盤となっている、キリストの十二使徒の名を持つ弟子たちの形成は君が一番よく知っているからな」

 代理―という言葉に、母は目を泳がせた。

 「3人目、マタイよ。お前は何か情報を持っているのか」

 「アタシは何も知りませんわ。ただこれは内部の仕業ではないか、と思いますが」

 マタイは、そう言うと母の方を見てニヤリと笑った。

 「…もしくは、ラザロ計画を他の組織が計画している場合があるのではないでしょうか。考えたくはありませんが、奴かと」

 黒い部屋のスクリーンの幹部たちは、息を飲んだ。

 「まさか…奴の…端くれ…か」

 「さて、どうでしょう」

 セナクルに、黒い仮面をつけた男がそう言って入ってきたのだった。

 「あなた様…でしたね」

 マタイがそう付け加え、お辞儀をした。

 「キリストの使徒たちを仕えし、大いなる魂の根源そのもの…か」

 「誰かが友人に救いを求めるなら、その救いを断ち切ってしまいましょう…」

 「すなわち、適合者をいち早く見つけねばならんと?」

 「儀式に必要なのは、汚れなき完璧な魂そのものです。おそらく6人目を奪ったのは、”ヤコブ”の組織リーダー…我々3人は、オリーブ山によく行ったりと、古き良き友人でしたね」

 母は、3人、という言葉に目を光らせたのだった。母そのものも、この仮面の男の正体など知らないからだ。

 「…懐かしいものだ。ヨハネ、そのものの意識がバラバラになっていても統合されていた頃、すなわち本来の肉体であったころを思い出す。さぞ、どこかに居る”あの方”も喜んでいるだろう」

 すると、仮面の男は仮面を取った。その下には

 「髪は重たくてね…こうやってあの子みたいにたなびかせているのがちょうどいいよ」

 銀色の足まである長い髪、見るものを恐怖させる赤眼が現れた。

 「そのためには4人目、5人目の成長と摘出…そして大いなる拒絶しあう人間の魂が必要だ。マタイ、ユダと共にゼベダイの子の行方を、そしてハデスの門を開くのだ」

 「了解…ヨハネ様♡」

  …この男、ユダに似ている?

 マタイはそう心の中で思ったのだった。

 「すべては、マリアのために。そしてもう一度逢い、希望となり、母親など必要としない完璧な世界へ、と」

 銀髪の男は仮面を再び付け、セナクルを出て行ったのだった。


 「それが、使徒を仕えし12の使徒のリーダー、ペテロの願い…か」

 マタイはそう呟きにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 



 



 


 

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