(α+β)知らない形(1)

 …強い光だ、この男とはまるで違う、大きな光、暖かい、

 「冬夜くん」

 息を飲んだ。会いたくなかった、あの少女が居るのだ―…病院で助け、初めて、『人間』と言葉を交わした。今振り返れば、彼女の光を奪ってしまう。

 「…なぜ、ここに来た」

 「冬夜くんに伝えたかった。ママに会えたこと」

 …!!トマスは息を飲み、驚くのだった。早く逃げろと言うべきなのか。

 「…夢だ。ただの妄想だ」

 「違うわ!ママが病院に居るの、冬夜くんにも会いたいと言ってるわ」

 あの少女が、トマスの腕を引っ張ろうと近づいてきたのだった。それに気づいたトマスは彼女の方を向かないようにと、払いのけた。しかし、アヤはあきらめず彼の手を引く…トマスの腕はボロボロと崩れ落ちてしまった。

 「…それは虚構だ。虚構で作られたものはやがて虚構へと還る。自分の手のように、いずれは還る」

 トマスがそう言うと、アヤはトマスのボロボロに崩れ落ちた破片を一つずつ集め始めたのだった。

 「...何してる」

 「形を作るの。ほら、こことここは型が合うの。私器用なのよ、ママに似てるってよく言われる」

 形を作る、誰かが自分を作っている。破片を集めて。

 やがてボロボロだった破片は、元のトマスの手へと戻った。−その瞬間に、彼の全身は震え上がり、大きな何かが彼を包み込んだ。そう、あの背の高い大きな男がトマスに語りかけてきたのだ。

  “...お前ならやってくれると期待していた”

 「…!!」

 その少女の自己を奪い取れ。大きな栄養源となりうる…”

 「冬夜くん....?」

 トマスは顔を見ようと覗き込んでくるアヤを必死に抵抗する。

 「近づくな…早く逃げろ!!」

 増してゆく目の光、抑えきれないあの男の要求。そして、拒絶。もうこれ以上知りたくない、という。

 期待期待期待…特別?特別、優越、憐れみ、葛藤、崩壊と再生?破壊、儚き人間の虚構、哀れな生物への優越、捨て去った哀愁、知りすぎた幻想。幻想…幻…

  ”やれ”

 でももしそれが

 「私は逃げないよ、一緒にママに会いに行こう」

 アヤはトマスの前に手を差し出した。アヤの後ろにはアヤの母親だと思われる若い女が目を瞑りながら、泣いていた。彼女の見た母親はやはり幻想だった。

 それでもなお生きようとするのなら、きっとそこに、虚構や幻想さえも超えた生命の源があるのだろう。 

 「…うん」

 ああそれが分かるほど、分かりたいほど、人間を知ってみたかったんだ。不完全だからこそ、完ぺきを求めるのではなく欠けた心を補完し合う人間の源…それが真の強さだと思う?ユダ…

 トマスは屋上に居るセツナを見つめ、微笑む。さらに周りに居る意識を失った人々を見渡し、そして

 「いくよ」

 そう言い残し、トマスがアヤの手を取った瞬間に、トマスの体は内部から少しずつ切れ目が走った。

 「冬夜くん…!!!」

 そして砕け散り、その破片は小さな光の粒となって意識を失っている人々の体へと還元されていくのであった。アヤは還元されていく魂を救い上げようとするが、掴めないことに何故の涙を流す。

 「冬夜くん!冬夜くん…」

 

 …トマス。計画は失敗だったのね。自らを滅ぼし、人間達を、あの少女を救うために自分を犠牲にした。そしてハデスの扉は、あの少女によって閉じられ、彼は彼自身でヨハネを裏切った。マリアへの栄養源は得られなかった…

 私は屋上から全体を眺め、人々に魂が還元されていくところを見ていた。アヤは交差点の中心でトマスの事を思っているのか、涙を流していた。

 すると、私はこの空間に異物のような存在を感じ周りを見渡すのだった。

 「一体、何?…」

 次の瞬間冷たい風が、全身を駆け抜けるように吹いた。


 「みぃつけた」

 その声と共に、自分の隣に同じく銀髪のショートカットの少女が居る事に気づいた。すると、交差点の中心に居たアヤは突然悲鳴を上げる。

 「ッ…痛い、いたい、ママ、助けて!」

 アヤの全身から、魂が抜き取られるように大きな光がその少女の手に収束していったのだった。アヤはその場に膝をついて倒れた。

 「…!!」

 助けようと思ったが、それ以上手も足も出せずただ目を背けるだけであった。

 私はショートカットの少女を睨みつけると、その少女の眼は赤く光っており、ハデスの扉を開いているようだった。くすくすと笑うと、アヤの光を自身の体に吸収した

 彼女は交差点で倒れこみ涙を流しているアヤを見ながら笑っている。

 「どうして…あの子はまだ子供で…」

 私はそう言ったまま、ただ立ち尽くすしかなかった。自分が組織の人間であること、それ以上の何者でもない。

 ショートカットの少女は私の言葉を無視し屋上から飛び降り、浮遊しながら地面へと着地した。

 「大丈夫。私が今ママを取り除いてあげたから、きっと楽になるよ」

 そう言い残すと、屋上に居る私に不気味な笑顔で微笑みかけた。そして彼女はネオンの光の中へと消えて行ったのだった。

 アヤの涙とともに、冷たい風が交差点を包み込む。

 最後に残されたトマスの笑顔が、私の心に張り付いていた。一体トマスは虚構以上の何を知ったというの…ただ、それだけが。


 『ご覧ください、現在の古宿駅の様子です。人が一斉に倒れ、少しずつ意識を取り戻している様子です…』

 何があったのだろう。私はたまたま付けていたテレビから古宿駅が大変なことになっているという情報を得た。テレビにはあまりいい思い出がない…先生のニュースがまだまだトラウマになっている気がする。

 「他の番組もこれだ…クラスの人たちが話していたBtuberのイベントで悲劇、か。私にはどうも自業自得にしか見えない」

 夜のコンビニ行き、相変わらず同じものを買う。お弁当用のおかずなどを買って、家の前まで来ると何やら黒い物体が家の前で動いている。

 「…なんであんたがここに」

 毎朝、私を待ち構えているように居る、目がオッドアイのカラスだった。両方の眼が光っているようにも見える。

 「不思議なカラスだね…なんで私のところに来てくれるの?あなたも孤独なの?」

 カラスは目を1回ほどぱちくりさせると、勢いよく飛び去ってしまった。

 「自由じゃないのは、皆同じなのかな…孤独じゃないのも、きっと」

 そんなことを呟くと、なんだかどうでもよくなってしまって、寝る準備をし始める。テレビの事もニュースの事も、

 「同じなのかな。私だけじゃないのかな」

 天井に手を伸ばし、何かをつかむ仕草をする。何もつかめないことに不安と焦りを感じ、ひたすらに握りこぶしに力をいれる…それを繰り返していくことにまた嫌悪し、布団の中で足を抱えてうずくまる。

 「なんでこんなことで悩んでるんだろ、私」

 セツナの事、委員長の事、母さんの事、あのカラスの事、そして

 「…あれから全然気にしてなかったんだ」

 自分の携帯を見つめ、まだ先生の電話番号を覚えていることを自覚した。

 「ねえ…先生、本当は私会いたかったのかもしれないの。あなたに…でも、会えなかった。今の貴方に」

 心が拒んだ。まるで心と体が離れているように。一緒に動かないの。

 「だから今後も会うことはない。でも会えるなら私の本心を聞いてほしい。今悩んでいるすべての事を、本心を話すから、だから…」

 独り、布団の上、暗い、寒さ、うずくまる、知らぬ間の依存。今の自分が置かれている現状にまた嫌悪が襲う。でも掴めないものをつかもうとあがくのは、人間の本能なのだろう。


 「だから…話を聞いてよ」

 もはやそこに先生の形は無かった。掴もうとするものは曖昧な形...不安な形、人の形があればそれはなんだっていいとさえ思う。

 その時、電話が鳴った。突然の着信音に声が出ないほど驚く。

 おそるおそる携帯に手を伸ばす。携帯を取る手が、期待と不安と依存のどろどろとした感情にまみれている。

 「…先生…じゃ、ない」

 見た事も聞いたことも無い電話番号に、高鳴っていた胸の鼓動が静まるのを感じた。そして、電話に出る。

 『はい…』

 電話の主は走っているのだろうか、やけに息が荒い。

 『あの…どちら様』

 『笹原優芽くん。この声、覚えてない?』

 …突然の名ざし、そして問いかけに動揺する。

 『知りません』

 『じゃあ、君が今一番欲しいものを当ててあげる。林由紀子。君の最愛の先生。違うかな?』

 先生の名前を出されたことに激しく動揺し、何か先生につながるのかと聞く声が震える。そしてその声は、自分が先生の電話番号にかけた時の”中村”と名乗った声であったことに気づく――

 『…なぜあの時先生の電話を持っていたんですか、あなたは何か先生と繋がりが』

 『深い関係じゃないし、浅くも無いかなぁ…じゃあその答えを教える前に、明日学校が終わったら、ネオン街の”Amareカフェ”に来てよ。端っこの窓側に居る、スタイリッシュな黒スーツの大人だよ』

 『…分かりました。必ず教えてください』

 『必死だね。まあいいけど』

 中村はそう言って電話を切ったのだった。なぜか妙に鼓動は落ち着いており、そのまますんなりと眠りに落ちることが出来た。その様子を、窓からあのオッドアイのカラスが見つめているのだった。


 先生を思うと、夢の狭間に来るのだろう。相変わらずここの世界は静寂に包まれている。この世界のセツナとまた、顔を合わせて対面する。

 「あなたはセツナじゃない。セツナだと思っていたけど」

 「…」

 セツナ、と呼びたいが目の前にいるのはセツナではないのだと思う。きっと私が願った形なのだ。

 「本当は誰でもよかったんだ…ただ特別先生がよくて、居なくなったからセツナをこんなに気にして。最低なんだ…私って」

 わからない、よくわからないんだ。先生につながる糸口を見つけたような気がして、セツナをあんなに気にしていた自分が戻ってきたのか。思わず、ここの世界のセツナから目線をそらす。

 「怖いもの、それは依存じゃない」

 心を貫かれるような言葉の槍に、息を飲む。そして、目を合わせる。彼女の目は赤い。

 「それを失えば分かる。失えば、自分が無意識に求めていたものが分かるもの」

 「…他に何があるっていうの」

 「私のように失ってしまえば、わかるもの」

 この世界のセツナはそう言うと、いきなり立ち上がり、眩しくて見えない窓際へと移動した。窓の外を見ている。何も見えないはずなのに。

 「何を失ったの」

 私がそう言うと、セツナは口をパクパクさせて何か言ってるのが見えた。しかし急にまばゆい光が私を包み込む。まだ行かせないで、答えを聞かせて。

 「…セツナッ!! 」

 手のようなものを伸ばす感覚。彼女の答えをつかみ取りたい。曖昧でもいい、あなたは何を失ったの?

 「教えて!私に、教えて!セツナ!」


「カ タ チ」


 薄れゆく意識の中で、セツナのその言葉が私に響いた。カタチ?一体何のカタチ?—そうして、手を伸ばしたまま

「セツナ…」

 目を覚まし、朝日の暖かさを感じる。呼吸はすぐに整えられ、現実に帰ってきた安堵感と彼女の放った”カタチ”という言葉が心にひっかかっている。

「カタチって…一体何の…」

 布団から起き上がると、リビングで何やら物音が聞こえることに気づいた。おそるおそるリビングを覗き込むと、なにやら人影が見え、それが母親で無い事に気づくと息をひそめた。

 どうしよう…こんな朝っぱらから泥棒?普通しないと思うけど…警察呼んだ方が良いのかもしれないし、ああ…

 私は大きな鍋をキッチンからそおっと持ってくると、思い切ってリビングの扉を開けた。もしやつが襲い掛かってきたら、すぐに気絶させてやろうと考えていた。

 そして、扉を開ける。

 「だ、だれよ…!!朝っぱらから泥棒なん…て…」

 

 扉を開けた時、まばゆい朝日とともに、ある黒髪の、背の高さが同じくらいの少年がリビングを物色していたのだ。手には、母さんが置いていく、いつもの3枚の紙きれを握っている。

  「え…あ…」

 突然の事に、やつと私は目を合わせ固まってしまった。逆光でよく見えないものの、彼の瞳は左右で色が違うオッドアイで、それぞれ赤色と青色だった―…どこかで見た事がある色に、振りかざそうとしていた鍋を足に落としてしまった。

 「痛っ。。。」

 私がそう痛がると、黒髪のやつは、扉の前まで来て私に近づこうとする。

 「あ、ああなたは誰なの…勝手に上がってきたでしょ」

 黒髪の奴は微動だにせず、私を見つめる。

 「…その手にあるのは」

 私がそう指摘すると、やつは3枚の紙きれとある1枚の写真を取り出してきた。

 「この写真は、セツナ…?」

 やつが渡してきた写真には、セツナと思われる銀髪の髪の長い少女が古宿駅のデパートの屋上に居る写真だった…何故こんなところにセツナが。

 「”今日Amareカフェで待ってます”。」

 その言葉は、昨日の夜の中村の言葉だった。中村とのつながり、セツナの写真—そして今目の前に居る黒髪の少年。

 「ねえ、あなたは誰なの?中村と繋がりがあるなら、教えてほしい」

 自分でも、先生に近づこうと必死に問いかける。少年は私に圧倒されたのか、目を合わせず、逃げるようにして窓際へと駆け寄った。

 「教えて…!」


 「…エンブリヲ。それが僕の名前」

 その言葉を残し、強い風がリビングへ入り込んだ。

 「…ッ!!」

 私がその強い風によろけている間に、ガーゴイルは居なくなっていた。部屋の中は風でぐしゃぐしゃになり、様々なものが散乱していた。

 青い目、赤い目、黒髪、そう、あのカラスとの共通点があるのだ。

 「…これは現実なの」

 そして、散乱するものの中にあった黒い羽根が決定的証拠だ。

 何か自分はとても嫌な物を知ってしまいそうな気がする。この先に何かがある。絶対に避けては通れない道が存在している。恐怖と不安が、また私を襲った。

 うずくまる私を、朝日が照らし始めていた。



 「君の娘がエンブリヲと接触したそうだ。貴重なサンプル体にさせてもらうよ」

 多くの大型データサーバー、入り混じるコンセント、動力線のジャングル…ヨハネの副幹部、中村と私の母がヨハネの組織のとある一部屋で睨み合っている。

 「娘は構わないわ。私はこうして自分の技術をあなたに提供しているだけだもの」

 「それが君にとっての利益だって?なあ、どう思う?“マタイ”」

 マタイ、という言葉に母は目を見張り、サーバーの裏に一人の少女が居ることに気がつく。

 「その娘が、3人目..?」

 少女は銀髪のショートカットの髪をはらりと、たなびかせると母に向かって一礼した。

 「とても素晴らしいことだと思いますわ。素敵な女性だこと」

 そして、目一杯の笑顔を見せる。母はその笑顔に作り物といった言葉が脳裏によぎった。

 「...それで、あなたに呼ばれてここに来たけど。あなたの計画って一体なんなの?」

 中村は母から目をそらして、パソコンへと目を向けた。

 「まだ言えないよ。ただ自分のためじゃないことは言える。ヨハネの上層部には言えないことさ」

 「奴らはマリアから産み出されたヒト型を作って何をするわけ?」

 「私たちは、産まれる前に“あの方”から自己を貰うのですわ。そしてヨハネにおける全ての目的と手順をインプットされる。信頼が足りないあなたにはまだ、この先は教えられないそうですわ!ね!隆二〜」

 マタイはそう言うと、母を見ながらニヤニヤとほおを釣り上げた。

 「りゅう...じ...ぃ?所詮、精神年齢は子供ね」

 「子供でないとヒト型は作れないよ。“自己”そのものを形成するのはマリアの仕事じゃないからね」

 「...?」

 「魂の器さ。マリアが作るのは所詮殻のみ。器を作ったのは、マタイの言う“あの方”」

 中村がパソコンに向かって作業をしながら言った。

 「あなたも変わらない。子供ね」

 そう母は言うと、目を潜め、くすくすと笑うマタイを睨みつけたのだった。

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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