(α+β) 幕開け、差し込む闇


 夕日、そう私に夕日は似合わない。沈みゆく太陽に照らされる光には、必ず影があるものだ。私は光にはなれない、むしろなりたくない。しかし、私は希望になれる。

 それは光ではなく、光の影、闇として。

「そっか、じゃあ私達ずっと一人ぼっちだね」

 帰り道、ユメは私にそう言った。私にはその意味がひと時で理解できるほど、人間を知らない。それに興味はない。

「人間はそうあるほうが、悲しまずに済むのよ」

 私なりの答えはそうだった。組織から言われ、任務として人為的に人工的に作られた私はそれしか知らない。悲しみ、怒り。憎しみ、独りぼっちとか。そういう負の感情というものがある、その根源を断ち切るためで...

「違うよ」

 ユメのその一言に、え、と不意に声が出る。何故、か。

「人間はそうはなれないんだと思う、人間の悲しみとかそういうもの全部含めてさ。悲しみの根源を永遠に無くすことはできない」

 沈黙が流れる。

「だから私達は、一人ぼっちにされた。やっぱりそうなんだなって、そうありたいんだって」

 私にはまだまだ彼女の言葉が理解できないようだった。独りという言葉になぜ、ありたいという感情が芽生えるか。

 私には夕日に消えてゆく鳥たちの群れを茫然とみることしか、出来ない。

 

 そんなことを話していると、分かれ道のビル街に着く。先日のビル街の所で、副幹部と会い、組織への報告をしなければならない。

「また、明日」

 そっけない返事、理解不可能な人間の考え方。組織に怒られるだろうか。


「何?ボーッとしてさ、君の強気なオーラが無くなったけど」

 副幹部の男は、またもや火の付いていないタバコを持ち、組織への異空間へと誘導する。目の傷は健在だろうか。

「人間の気持ちが理解できない、理解しようとしても出来ない領域がある」

 私がそう言うと、副幹部の男は足を止め、口を開く。

「...自分は君が一番人間らしくなるんじゃないかって思ってるけどね」

「どういう意味?」

「いいや、深い意味は無い。ただ、君が理解しようとするその行為自体に人間らしさがあるってことさ。ほら、ヨハネに着くよ」

 以前と同じ異空間が広がる。副幹部の男は、ヨハネには入らないようだ。せめて名前だけでも聞いておこう。

「副幹部、ああ、いや、名前は何ていうんですか?」

「どっちの名だい?」

 どっち....その言葉が引っかかる。

「本来の...組織での呼ばれ名でない」

「中村、中村隆二。組織での呼ばれ名は今度教えるね、じゃ」

 中村、は消え異空間の入り口は塞がれた。


 以前と同じく、組織の人間は健在だ。『上の部屋』に案内されるまで組織の人間を何人か観察した。気のせいだろうか、組織の人間は、大人のみと思っていたが、小さな子供までいる。目はうつろうつろで、洗脳されているようにも見える。

 さらには、組織の人数は増え、見たことのない顔ぶれまでいる。

「入れ、ユダ」

 キリストの十二天使である一人、ユダの名を設け、...希望となりし、7人の子供。

その希望は、光となるか影となるか。


「ユダ、人間の生活には慣れてきたか。それで…人間たちの様子はどうだ」

「変化も何もありません、孤独で寂しさのベールに包まれた弱い生き物です」

私はそういうと、その言葉から口をぐもらせた。次のいいたい言葉が出てこれないのだ。

「どうした、ユダ」

「…いいえ。ただ人間を理解できない側面があるのです。それだ、と言い切れないような」

「それはお前が完全体だからだ。母親から生まれた人間は、全くの不完全だから理解しなければ完全にはなれない」

 そうか、と私は思った。しかし、完全体な私が何故不完全を理解できないのか、その疑問が残る。

 その時、組織の一人が指をパチンと鳴らし

セナクルの扉から大きなカプセルを運んできた。中には、オレンジ色のドロドロとしているような液体、そして裸のヒト型の生物...

まだ小さな少年である。

「ユダ、命令だ。その二人目のヒト型人造生物を民間の病院へと運べ、その後の処理は職員が行う」

「分かりました」

 カプセルの中に入っている少年は職員によって取り出され、毛布に包まれた。少年は私に渡され、抱き抱える。

 私はその少年の寝顔を見つめるのだった。

「そやつの組織名はトマス。十二天使の一人だ。マリアがやっと殻を生み出し、我々でヒトの遺伝子を組み込んでやったのだよ」

 銀色の髪、長い白色のまつ毛、キラキラと光る肌、まさにこれは人工物だ。

「マリアの生み出す殻の成分には、人の生み出す孤独心、拒絶心が必要なのだよ。お前とトマスには、三人目が生まれるまでその使命を背負ってもらおう」

 ここで、何故ヨハネの職員が増えていたのか理解をした。

「一体、どのようにしてそのような心を...」

「トマスにはそのプログラムを仕込んである、あとはそやつと合流し作戦を成功させよ」

 怖いという感情も、嫌だという感情もない。ただただ私は頷けば良い。それだけで生きていられる。

「はい、かしこまりました」

「うむ、引き続き人間の観察も忘れぬように」

 気がつくと、ヨハネの異空間から抜け出し

中村と会った場所に戻っていた。トマスを抱えて、寒くないようにと自分の上着を彼にかけてやるのだった。...毛布に包まれた彼は、自分がこれから何者になるのか、どんなことをするのかわからず、私と同じように闇の光の希望となるのか、と考えた。

 もし私が彼をこの計画から逃してやったらどうなる?彼は普通の人間として成長する?いや...いずれ彼は目醒めてしまう。だから、組織の人間として生き、希望となることが幸せ...なのだ。

 「またあとで、ね」

 私は彼を茂みの中に隠した。


 

 「ごめん、ごめんね、アヤちゃん...ここに居ればきっと病院の人が見つけてくれるからね」

 一人の母親がアヤと呼ばれる娘を病院の玄関前に座らせた。

 「ママ...は、どこにいくの」

 「遠いところに行くの、だから、あなたはここにいたほうが幸せなのよ」

 アヤは、母親の方をじっと見るが、母親は目を合わせようとしない。

 「私は、ママと居るのが幸せだよ。だから、行かないで、お願い」

 母親はその言葉に堪えていた涙を流し、アヤを振り切るように走り去った。

 「じゃあね」

 取り残されたアヤは、ただただ寒さに耐えるしかなく、いつのまにか気を失ってしまった。


 日が昇り、朝日が病院の玄関を照らす。静けさの中に灯りを灯すように、光は轟達に静けさを灯す。

 そして、一人の少年が茂みの中から目を覚ました。少年は辺りを興味津々にキョロキョロとして、自分が人間の形であることに驚いたのか、不吉な笑みを浮かべる。

 「空も飛べそうな気分だ」

 そして、玄関前に倒れている少女を見つけると、自分とは異なる存在にもまた興味津々だ。

 「ねえ生きてんの?死んでんの?」

 少年がそう呼びかけても、少女はピクリとも動かない。死体だと思ったのか、少年は鍵がかかっているはずの病院のドアをいとも簡単に開け、自分よりも大きい少女を抱えながら入っていった。

 組織から命令された部屋、第二極秘研究室へとたどり着くと、そこにはカラスの面を被った背の高い人間がいた。長い白色のマントを被り、ヒールの高い黒いブーツを穿いている。

 その部屋は薄暗く、おおきなカプセルがいくつも並んでおり、さまざまな動物のホルマリン漬けや、骨格標本が並べられている。

 「死んだやつがいるんだけど、どうすんの?」

 背の高い人間は、待っていたとばかりに少年に駆け寄り、背の低い少年の頬を撫でる。

 「ハハハッ、フフッ、二人目が完成したんだねぇ...人間の姿になれたみたいで良かったよ。僕が見たときは、もっとぐちゃぐちゃしてたからさ」

 カラスの面を被った人間はそういうと、少年が抱えている少女に気付いた。驚いた様子で、後退りする。

 「それ、人間か?女か?」

 「ああ、そうだ。死んでたから連れてきた、お前の実験用にと思って」

 「...ハハッ、まあ悪くないか。ただ、生きてるから今は俺が預かって院長にでも渡しとくよ、拾いましたってね」

  背の高い男はそう言うと、アヤを椅子に座らせた。そこで、少年に上着がかかっていることに気づく。

 「これってユダの上着かい?ヒヒッ、ずいぶんと人間らしくなったじゃないか。かわいいなぁ」

 「それで、計画は?ある程度インプットされてたから知ってるけど...舞台はクロス交差点か。古宿駅は人が多いらしいし、組織が“職員”を集めるのに絶好のチャンスだね」

 「トマスがどれだけ職員を収集できるか...だね。良い評価貰えないと、僕のクビ飛んじゃうから」

 背の高い人間はトマスの肩にポンポンと手を置いた。

 「トマス、君を作ったのはこの僕だ。完璧に作られた完璧な存在...それが君だ」

 そう言われると、トマスはまたもや不吉な笑みを浮かべる。

 「分かってるよ、××××。そして、マリアのためにね」


 


 その日の夜は、ぐっすりと眠れた。朝日が差し込んでも、怖くない、孤独を感じない。

 すっきりとした目覚めに安堵感を覚える、大きく息を吸い込んで吐く、それを繰り返す。

これが現実かと思うほど、心地よかった。

 「セツナ...夢のハザマのセツナ、今日は会わなかったな。今度会えたら、もっと深く聞いてみよう」

 何やら、リビングの方で音がする。あの人が朝居るなんて珍しい。今日は雪でも降るんじゃないか。

 リビングへ降りてみると、朝帰ってきたばかりであろうあの人が朝ごはんを作っている。髪はボサボサ、ネイルは所々剥げており、風呂にも入っていなさそうであった。そんなあの人が作っているのは、

 「目玉焼き...」

 「朝起きたなら返事しなさい」

 突然の言葉に、朝の眠気は吹き飛ぶ。なんだ、いきなり。

 「おはよう...ございます」

 「ぎこちないのね、私がそんなに嫌?」

 朝から説教か、とため息をする。

 「私、仕事クビになったの」

 突然の告白、動揺。理由は聞かない方が身のためだと思った。いや、聞きたくなかった。

 「え、お、お金はどうするの」

 母親の心配より、金の心配。私までもが、この人と心を通わせようという気にもならない。

 「そんな心配いいから、座って」

 ええ、と同様しながらもぎこちない雰囲気を醸し出しながら椅子へ座った。この人は一体何を考えているのか。

 「私は、自分から逃げてきたのよ。愛してもいない人を愛し続けるなんて、到底無理だった」

 そういうと、目玉焼きをテーブルへと置いた。

 「目玉焼き、昔から好きでしょ」

 母と面を向かい合わせてこうして朝ごはんを食べるのなんて、アノ時以来じゃないか。何年ぶりだろう。

 「一緒に、食べよう」

 なんだか気味が悪いとも思う。ありえない、ありえないと思いながら静寂の中、目玉焼きを一口食べる。

 何年かぶりに食べるこの人の目玉焼きは味気ないわりに、しょっぱすぎた。

 「明日も、食べても良い?」

 今までは3枚の紙切れしか置いて行ってくれなかったくせに、私のことを置いていったくせに。でもそれでも、

 「.....いいよ」

 そこにあるのはきっと、依存では無い、もっと暖かい光のような、なめらかな風のような、包まれるような心地のいい感覚だけだ。



つづく








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