(α+β)沈みゆく、こころ。
…夜中、周りの静けさ、孤独。そんなの分かってる。電話をかけても、先生は出ない。でもきっとどこにも行き着くことの出来ないこの気持ちを、解消するために。
部屋に響く電話の音、荒々しくなる自分の呼吸。息を吸うことで精いっぱいになって、ベットに倒れこむ。期待などしていない、でも電話をかけているこの時間だけで誰かに心を聞いてもらえるような気持ちになるから。
落ち着かせようと、深呼吸をした瞬間、電話のコール音がピタリと止まった。
「…ハイ、中村ですが」
「…!」知らない男の声に、呼吸をするのも忘れるほど驚いてしまった。
「…キミ。どうしてこの電話を知って――…」
その拍子に、男が何か言いかけたが電話を切った。突然の事に、さらに荒々しくなる息…そして、床に叩き付けようと電話を投げるそぶりを見せるが…、振り上げた手はゆっくりと戻る。
「弱いのね…私」
その日はそうつぶやいて、寒い夜を過ごすのだった。
————--
ここに来るのは、二度目で、これが夢かも現実かも分からないハザマのような感覚を覚えた。意識も感覚もはっきりとしている、自分の意思を持てる。相変わらず、夢の中…夢のはざまの彼女――清川セツナのような女の子は、とても綺麗な瞳をしている。
机、いす、小窓――外の景色は、眩しすぎて見えない。懐かしいカウンセリングルームに再び戻ってきた。私が、「先生」をまた強く思い出したからだろうか。
「現実、であなたに似た女の子に出会った。もしかして、あなたはセツナ…なの?」
私がそう言うと、彼女は不気味に口角を上げる。異様なにやけ具合に、怯える。
何、なんでそんなに分かり切ったような顔をするの。
「…他人、あなたが嫌いな他人でしょ」
…嫌いな、他人。一体何を
「その彼女は、あなたが嫌いな他人でしょ。なのに、どうして受け入れたの?」
え、と声が漏れる。この感覚は、セツナが私の本心をつくような、そんな感覚だ。放課後の帰り道、夕日、ぼやける自分の本心…自分がそう思っていたものが、実はそう思っていなくて。
「セツナ…に、言われた。私は他人が嫌いだって。自分では、無関心で居たのに彼らを気にしてる。誰かに依存したくないのに」
「依存して、他人をきづつけられるの?」
率直、明確、貫かれ、えぐりとられ、真実の恐怖。迫りくる壁のような、拒絶する気持ち。夢のハザマの彼女の質問が怖い、違う。こうじゃない。
「きづつけたいと思ってきづつけてない。私には出来ない」
「じゃあ怖いのは何?」
怖いもの?怖いものは、ただ一つ。依存だ、無意識のうちに起こる依存が無ければ、
”依存はあった方がないよりもマシなのかもしれない”
―———————--
「…!!」
夜中と同じ、荒々しい息、暑くて剥いだ布団。照らす朝日に、謎の安堵感を覚える。夢のハザマから戻ってきた――とても怖く、二度と行きたくない。しかし分かったことは、夢のハザマの彼女と清川セツナは全くの無関係…ということだろうか。はたまた、彼女が隠しているのか。
「どちらにしろ、どちらでもいい」
他人にどういわれようと、私は他人にどこまでも無関心だからだ。そこに嫌い、という感情があろうとも、なくとも。
きっと、いや絶対そうだ。
着替えをすませ、冷えた朝ごはんを食べる。そして、リビングの机の上に置かれた3枚の紙切れを黙視する。丁寧に折りたたまれた洗濯物、きれいに揃えられた知らない靴。…あの人がやったことに間違いはない。なら、
「…醜いのはやっぱり私」
心底、そんな重苦しい気持ちがまとわりついた。
靴のかかとをそろえて、ゴミ袋を抱えて外へ出て行く。私が扉を開けると、一羽のカラスが私を待っていたかのように近づいてきた。
「エサは、なんもないよ」
ゴミ袋を集積所に置き、学校へ行こうとする、付いてくるので追っ払う。しかし、どうにも離れないことに違和感を感じた。目的なのは、エサ…では無いことは確かである。
「…この中はだめだよ」
学校の門までくると、私に興味が無くなったのかピタリと付いてこなくなった。と思えば、大きな羽音を立ててどこかへ飛び去って行ったのだ。
「なんだろ、あのカラス」
自由に人に付き、興味が無くなれば飛び去ってゆく。私がもし鳥のように、そんな存在になれたら――…もっと美しくなれるのだろう…そんな感情を覚えた。
授業中、セツナ…はあまり先生の話を聞いていない。むしろ、聞こうという態度さえ見せない。一番後ろの席だと油断しているからなのか、それとも
「自分にとって有益な知識しか要らないからね。学びたいことだけを学びに来てる」
どうでもいい、というセツナの言葉は私の「どうでもいい」とは違う感覚がする。何より、突き放すことも無く悩み続けることもない、空っぽのような。
「...じゃあ、なんでセツナは学校に来てるの?学びたいことだけを学べばいいんじゃないの」
私がそういうと、セツナは急に口角を上げ顔を近づけてきた。
「何?私に興味出てきたの?」
セツナのその言葉に、反応はしない。しかし、反論はする。握り拳にぎゅっと力を込めて。
「違う...けど。じゃあ何が有益なの?」
「...」
あれだけ顔を近寄らせて、私に切迫してきた様子だったのに急にセツナは口籠った。そして、わたしから目を逸らした。
「私も明確な答えはない。私がここにいて良い理由なんてわかんないよ。配属されただけなんだからさ」
ここにいてもいい理由?そして、彼女からの配属という言葉に何か引っかかる。今度は、私からセツナに近寄ろうとする。そんな勇気、全然無いけど。
「鳥っていいと思わない?」
少しの間の後、セツナはそう言った。
セツナが指差した窓の外に、一羽のカラスが止まっていた。委員長が必死に追いやろうとしている様子が見える。
カラスは騒ぎもせず、ただ呆然とセツナと心を交わすように見つめっている。
「...なんで?」
少しの間の後、授業の始まりを告げるチャイムの影で
「自由だから」
と、彼女の呟きが響いた。
“学びたいことだけを学びにきている”
そんなことを言っていたくせに、
本当は学びたいことなんて無いんだろうと
言ってやりたい。
多分彼女には言えないし、もちろん言わないけど。
放課後、今日で彼女と帰るのは2回目だ。夕日、燃える命のように真っ赤に。
自由に羽ばたき、命へと儚く消えていく鳥たちの群れ。
私とセツナは、互いに顔を合わせることも無く、何かを感じながら、茫然と歩く。
一歩一歩の歩幅が自然に合い、合わせる必要なんて無いほどに。
「もうあいつら、諦めたのかなぁ」
セツナの言うあいつら、とは彼女にまとわりつくクラスメートたちの事だ。よほど毛嫌いしていた様子だと分かる。しかし、彼女はそんなことを気にしている。
「全く、人間って都合のいい奴らね」
「興味あるの?」
わざとらしく、私はそう聞いてみる。
セツナは、大空を郡で飛ぶ鳥を見つめているようだった。
「いいや、哀れだって思っただけ。興味があるものに引っ付いて、都合のいいように振り回して。人間は孤独であるほうがずっといいのに」
「そっか、じゃあ私達ずっと一人ぼっちだね」
私がそう言って、少しの間の後、彼女は口を開いた。
「人間はそうあるほうが、悲しまずに済むのよ」
そんなことを話していると、分かれ道のビル街に着いた。セツナは「じゃ、ここで」と言ってビル街へと消える。
「また、明日」
ビル街へと消えていく彼女の後ろ姿に、なぜか寂しさと切なさを感じた。初めて会った時の彼女ではない、悲しさ。
夢のハザマに居るセツナでは無いことは確かで、いや、そうであると願う。
何故この時、他人への依存の恐れを感じなかったのか。誰かのために何かを思うことを怖がらなかったのか。
きっと、そこに、意識的に願った「希望」という思想の一点の光が、私に差し込んだのだろう。
つづく
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