(α+β)扉、その奥に。
なぜ今、転校してきたばかりの美少女とこうして並んで家へ帰っているのか私にはまだ分からない。彼女が他人と繋がるのを面白いと感じつつも、自身には不必要だと感じているところだろうか、それとも興味を持たれたこと?どちらにしても、私は彼女に依存していないし、彼女も同じだ。
ただ、依存関係に無いことだけを恐れているのではない。もっとも、私と彼女の間には関係のないことになりそうだから。
夕焼けの空の下、私は転校してきた美少女、清川セツナと並びながら歩いている。そんなことを考えながら、何も話さない彼女の横顔を見つめる。またバレてないといいな、なんて思いながら。
「ねえ、後ろからクラスの奴らがくっついてきてるけど」
「あっ」
いきなり振り向かれたことで、目線が合ってしまった事に動揺する。彼女が言う通り後ろを振り返ると、クラスの男子たちが付けて来ていた。
「無視、でいいと思うけど。アイツらと関わることないよ」
多分彼女には、こういう返事が一番いいのだろう。
「優芽…だっけ、優芽もああいうの嫌い?誰かから興味を持たれる事」
率直かつ、素朴な彼女の疑問。
「そんなの分からない、誰も私に興味なんか持ってくれないから。そもそも人との上手い関わり方なんて知らない」
「ふはっ、なんかって、相当嫌ってるみたいだから興味はあるんだ。でも誰も何も
してくれないから何もできない。他人から与えられることを待ってる、と」
彼女の言葉を聞いた時、自分が人と関わる事や興味を持つことについて無関心なのではなく、嫌っていたのだろうか、と感じた。自分では、無関心のつもりだったのに。
「違うけど…そうでもあるのかも。ううん、でもやっぱり違う。私は人と繋がることで依存してしまう自分が居るから怖いだけで」
あれ、と自分の口を押える。なぜ、彼女の言葉は私の真意を引き出せるような力を持っているの…?と。彼女は、私を微笑むような目で見つめる。
「で?結局嫌いなんでしょ。自分には合わないから、必要無いから。でも、どうあがいても変わらないから、結局自分から繋がることは出来ない」
嬉しいような、嫌なような。微笑むような彼女の目は、私を離さない。だから私も離さない。だけど同情されるくらいなら、
「…同情されるくらいなら、批判されて突き放された方がマシだ。あなたならそう考えると思うけど、ね」
青い透き通った瞳に私の心も見透かされる、他人と繋がることは嫌…なのに自然と言葉と態度に現れる。それは怖さか、嬉しさか、はたまた、偽造か。
…ビル街に続く曲がり角で、彼女は「じゃ、ここで」と言った。私は、何も言わずにビル街へ消えていく彼女を見送り、家路に着いた。家には、蛍光灯の明かりが付いており、珍しくあの人が家に帰っている事を確認した。
切れそうだった蛍光灯は、電球が付け替えられていた。靴置き場には高そうなヒールの靴が二足並んでいる――…リビングからテレビの音がし、彼女がそこに居ることも分かっていた。入りたくない。
「帰ったなら、挨拶くらいしなさい」
ドアの隙間から、私の足音が聞こえたのだろうか。あの人は確かにそう言った。一週間も帰ってこなかったのに、娘に言う第一声はそれだった。
「一週間以上も、どこへ行っていたの」
「…」
母は変わらない、そんなことは分かっていたはずなのに。
母親としてのこの人を求めている自分が居る。まだこのぐちゃぐちゃした感情を追い払うために、彼女を避けたかった。
「…私のお財布から、一万円盗んだでしょ?」
すると、母のそんな一言に、私は激しく動揺し持っていたカバンを床に落としてしまった。黙りこくる私を見たからなのか、母は深くため息を付く。
「…やっぱりあなたなのね、あの人じゃなくて良かった」
え、と私が言う前に母は私に背を向けて、テレビを見始めた。そこに悲しいという感情や、呆れる感情も無く、途方もない虚無の感情に包まれた。
そうか、これが無関心か、と。
触れ合うことも、愛を確かめ合う事も無いのにどこか母とは繋がっていると思っていた。でもそれは間違いで、へその緒が切れ、人中が付いた瞬間から、それは偽りで。
ああ、これが、他人か、と。
ビル街の奥――街中はネオンの光で溢れている、私はビルの陰に隠れそこで一人の男と出会うことになっている。
「やあ、君が清川セツナくんだね。今は俺のアイスキャンが無いと、異空間には入れないから」
「あなたが、組織の副幹部…もっと、老けた老人だと思っていた」
「若い子に、若者だと思われるのは光栄だよ」
目に傷を負った男は、火のついていないタバコ片手に路地裏へと私を誘導すると、人が寄り付かないような廃墟のビルの地下室へと潜っていった。廃墟と化したビルの地下室は暗く、所々にある懐中電灯の光が頼りであった。
「ここへ来るのは初めて?」
「…いえ。あなたと会うのは初めてですが」
「君が、あのウワサの子なんだね…また今度話聞かせてよ。」
男の話が終わると、ボロボロだった絨毯は、赤いカーペットに変わる。居るはずの無かった人たちが、浮かび上がり、異空間が目の前に広がった。
私を送り届けると、男は「じゃ、今度またね」と言って、ネオンの町に消えていった。着用していた学校の制服は、組織の制服に変わり――…黒いスーツを着た大人たちが、私を『上の部屋』や『セナクル』と呼ばれる部屋に連れて行ったのだった。
一面黒張りの尋問室『上の部屋』に、小さなパイプ椅子が一つ。そこに私は座り、足組をする。私の後ろには、黒いスーツを着た男と女が二人。扉の前に一人、その奥に数十人。そして目の前の巨大スクリーンに…七人。
「この場所には慣れたか、『ユダ』。人間下での名前は、セツナ、か。ずいぶんと古典的な名前を付けたものだ」
「我々、『ヨハネ』の一員としてしっかりと行動に移してもらう。そのためにお前は、『マリア』から生産されたのだから、な」
巨大スクリーンに映し出される七人の男と女…全員、巨額な資産を持つ有名な大富豪家である。ここは、地図にはのらない空間、『ヨハネ』という組織によって作られた異空間である。
彼らは、いわば影の支配者であり世界の情勢、状態を金の力で変えることが出来る。凄腕の科学者を雇っては、人類の文化の技術の発展に携わっている。
ヨハネは、七人の富豪たちによって形成されている。
「ええ、おっしゃる通りで」
「マリアから生を受け、卵生として生まれた最初のヒト型人造生物。我々の真意の結晶であり、哀れな人間の希望、それがお前だ、ユダ」
「我々、『ヨハネ』は『ヨハネの黙示録』に基づき、人類の希望となる。七人のうちの一人目であるおまえには、いずれ指令が下る事であろう」
そして私は、そんな裏組織に生産されたヒト型の人造生物である。
「七人の執行者により、世界は作り直される。その懇願たる我々の願い、かなえてくれるだろうな」
こいつらには、逆らえない。変わらない。
「ええ、もちろんです。人はとても弱い生き物ですから…何かに依存しないと生きられない。まさにその根源を断ち切る、それが『ユダ』、私の役目です」
「時が来れば、第二の封印――…すなわち、卵生として生まれし二人目のヒト型生命体が誕生する。ユダ、まずお前は人間社会に溶け込み、経過報告を頼むとしよう」
逆らっても、逆らわなくても、私には人類なんてどうでもいい。
「——分かりました、引き続き報告を致します」
「人類が今だかつて見た事が無い、経験したことの無い絶望の中に、我々は希望を作る」
「人類、全ての哺乳類やその他胎生の生物は卵生への進化を」
「それが、『ヨハネ』の最大の目的だ」
世界は変貌していく、いや、大いなる古き良き文明の滅びによって世界は進化する。七人の執行者に基づく、ヨハネの黙示録が執行されるときは近い。
「さあ、始まりだ」
欲と絶望にまみれた人類を救う、それは私に与えられた使命
だから、希望になる。
―———-
夜中、母はまた家を出て行った。
私にどこへ行くとも、いつ帰ってくるとも言わずに。
「おやすみ…」
返ってこない返事、母の態度、精神世界の美少女、現実の彼女…
こういうとき、昔の私なら、すぐ先生に相談していた。
私を受け止めてくれる、本当の居場所へ、還りたい
それが偽りでも、もうどうだっていいから。
そんな思いからか、
私は自分の携帯電話を取り出し、覚えている先生の電話番号を打ち込んだ。
そこにたった一つの、希望を抱いて。
つづく
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