11月15日 午後 9時48分 再会

 小田原の街には活況があった。それもそのはず。今日、11月15日はかまぼこの日。かまぼこの名産地の小田原では至る所でイベントをやっていた。その中の1つに俺たちは自然に足を止めた。


 小田原城内の特設会場。数百人の人を集めたそのイベントの名は『ぼこぼこぼっこ定期ワンマン公演』。ぼこぼこぼっこというのはアイドルユニットの名前。小田原のかまぼこのPRを兼ねて結成されたご当地アイドル。多田野ちえみがプロデュースするということで話題。ちょっと気になっていたんだ。


 メンバーにはセンターのむしいたちゃんのほか、ささかまちゃん、いたわさちゃん、だてちゃん、かにかまちゃんなどがいる。みんなかまぼこの製品名から名付けられている。


 俺たちが遠巻きに観ていると、ステージ上のむしいたちゃんが叫んだ!


「会場の皆様の中で、ステージに上がりたい人は挙手してください!」


 いいおじさんも、若い人も、みんな大盛り上がりで、手を挙げる人が多い。それまではスカして見ていた遠巻き組も挙手。肉は大はしゃぎで両手をあげている。実に子供っぽい。


「じゃあ、いたわさちゃんとだてちゃん、テキトーに連れて来ちゃって」

「はいはーい。いたわさでーす。じゃあ、私は前の方の方を連れてくるね」

「だては遠巻きに眺めている方をゲットしまーす。誰にしよっかなーっ!」


 だてちゃんは言いながら、俺の目の前に来た。そして物色しはじめた。


「えっと、なるたけ地味な子がいいんだけどなぁ」

「はいはいはーい! はいはいはーい! ステージに上がりたーい」

「いいえ、ここは若人こそが相応しいのです。シショーといえど、譲れません」


 肉やひな板の健闘虚しく、選ばれたのははるか。しあモードで地味な女子を演じてたのがニーズに一致した。だてちゃんははるかの腕を掴んでステージへと戻っていった。はるかはステージでどんなパフォーマンスを見せるのか。楽しみ!


 ステージ上ではミニゲームが行われた。『ぼこけつ』と名付けられたそのゲームは、ほとんどがドンけつゲーム、はやいはなしが尻相撲だった。違うのは、間に板を挟んで行うことくらい。この板が落下してから10秒以内に決着しないときは、両者失格となる。


 10組20人の中から勝ち上がったのは、両者失格が4組あって6人。2回戦では2人にまで絞られた。1人ははるか。もう1人は派手目な女子。


「さぁ、いよいよ『けつ』勝戦です! いたわさちゃん、みどころは?」

「しっかり『けつ』着するかです。『いた』み分けは見たくないですから」


 こんな程度のつまらないジョークが大受け。アイドルライブのゆるい現実か。

 2人へのインタビューではるかは「負けません」と短い。

 相手の子はマイクを奪い、1分以上喋っていた。誰も聞いていない。


 はるかが身構える。相手の子も息を呑む。両者とも真剣。はるか、がんばれ! 


「ようい、かまぼこっ!」


 勝負は意外なスピード決着となった。ほぼ、相手の自滅ではるかが勝った。


「おめでとうございまーすっ!」

「ありがとうございます」


「今の気持ちを誰に伝えたいですか?」

「天国にいるひいおじいちゃんとひいおばあちゃんです」


 はるかも受けていた。なお賞品は『ある日突然アイドル画お宅に訪問する権利』という荒唐無稽なものだった。




 ステージが終わり、遅い夕食のあと、帰路についた。行き同様、新幹線に乗った俺たち。2列シートに4人、3列シートに2人という変則の座席指定だった。余る3列シートの一角には、誰かいるのだろうか。もしはなしの分かる人なら、代わってもらおう。


 俺たちの少しあとから、その席の主が現れた。見たことのある顔。


「あれっ! ちえみちゃん!」

「はいっ、ちえみですっ!」


 行きも一緒だった痴漢の被害者だ。用事を済ませて帰るところだという。俺たちは再開を喜びあった。席を代わってもらう必要はなかった。3列シートの右からちえみ、俺、はるかの順に座り、旅の最後を楽しんだ。




 21時48分。新幹線こだま号は東京駅の14番線に滑り込んだ。

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