11月15日 午前 8時17分 入湯

 いつもと違う朝を迎えた。見慣れない光景。旅館の一室、それだけでもいつもとは違うが、お腹の上に乗っていたのはひな板だった。


「おはよう、昴くん」

「ひな、おはよう。あれ、はるかはどこ?」


 俺が身のまわりを世話しないと何もできないはるか。心配でそう言った。ひな板が俺の上から降りる。俺が軽くなった身体を起こす。


「昴くん、つれないなぁ。折角2人きりだというのに」

「2人きりって!」

 ————今朝はみんなで温泉に入ろう決めてたのに。


 ひな板は苦虫を噛み潰したよな顔になった。


「みんなはひと足先に温泉に行っている」

「そうだった。じゃあ、俺も行こうかなぁ」


 この宿の温泉は混浴。リサーチ済みではあるが、知らぬふりをしている。


「それはできない。だから私はこうして昴くんを眺めているのだよ」

「えっ、どうしてできないの?」


 まさか、こんなに序盤で混浴のことがバレてしまった? それで俺の入湯をみんなで阻止しようとしている? あり得る。


「どうやらこの宿の温泉は、混浴のようなのだよ」


 やっぱりか。混浴、楽しみにしていたのに。もうバレたのか。


「へぇーっ。そうだったんだ。知らなかったよ」

「安心したまえ」


「えっ?」

「みんなが出たあとで私が一緒に入ってしんぜよう」


 どうやらひな板は、この温泉が混浴であることにいち早く気付いて、みんなを出し抜いて俺と混浴しようとしているみたい。姑息な……。まぁ、俺も人のこと言えないけどな。


「それは有難い! 今直ぐに行こう!」

「させるかぁ! 今行ったのではみんなが一緒だ」


「それでいいじゃないか。折角の混浴なんだし!」

「いや。それでは、私が目立ってしまうんだ……」


 よく分からないことを言う。ひな板のまな板が目立つわけがない。


 そのとき白布が走り込んできた。びしょ濡れで、タオルを巻いただけの格好。


「大変! 奈保お母さんが倒れたの。直ぐに助けに来て!」


 白布が言い終わるより前に、俺は温泉に向かって駆け出していた。いつもは鬱陶しいが、実の母親。そのピンチに駆けつけないでどうする。肉、待ってろよ!




「お母さん、大丈夫!」


 温泉前の脱衣所。俺は横たわる肉を見て叫んだ。


「昴くん。大丈夫よ……最後に会えて、お母さん、うれしいわ……」

「そんな弱気にならないで!」


 俺は肉の横に進み出て、肉の手を握った。身体が熱い。ん、これはっ! どうやらお母さんはのぼせているだけのよう。年甲斐もなくはしゃいだに違いない。俺に遅れること数十秒。ひな板が脱衣所に来た。


「ひな。宿の人に言って、氷水をもらってきて」

「わっ、分かったわ」


 ひな板は多少動揺していたようだが、直ぐに落ち着きを取り戻し、宿の人のところへ向かった。


 その瞬間————


 白布が脱衣所の扉を閉めて内側から鍵をかけた。この瞬間、脱衣所は密室となった。その中には俺と肉、白布、鈴、はるかの5人。俺以外はみんな裸か、裸同然の格好をしている。


 そのときを待っていたかのように、みんながが言った。最後ははるか。


「これで、裏切り者は排除いたしました」

「ごめんね。お母さん、本当はぴんぴんしてるのよーっ」

「策士や。奈保お母さん、策士やで!」

「あのね、昴くん。今日は、私が……」


 私が、なんだろう。俺はゴクリと唾を飲む。だって、このときのはるかの格好は、裸同然ではない方だったから。湯煙に巻かれていて、よくは見えないけど。


「……今日は、私が昴くんの身のまわりの世話をいたします」

「えっ!」


 言いながらはるかが俺に近付いてくる。そして、パジャマを脱がせ、シャツを脱がせ、パンツを……。


______


 という夢を見た。

 目覚めたとき、俺のお腹の上にははるかがいた。


「おはよう、昴くん」

「おはよう、はるか」


「行きましょう、温泉に!」


 俺は、はるかに手を取られ、起き上がった。


 それから、みんなと温泉へと向かった。混浴ではなかったけど。

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