11月14日 午後 8時43分 突発騒動!
ホテルでまったりはもう諦めた。中央線で新宿に向かう途中、俺は見た。
俺たちが立っているのとは反対側のドア付近。地味そうな女の子といやらしそうなおっさんが立っていた。地味な女の子といっても、しあモードで地味子を演じるはるかよりは地味じゃない。それだけはるかの演技力はすごい。
痴漢! 地味な女の子はいやらしいおっさんに身体を触られてる。何の抵抗も示さず、身体を震えさせている地味な女の子。
見過ごせない! いたたまれない。はるかが被害にあうこともあるのかもと思ったら、放っておけない。何とか助けなきゃ。俺はそっとはるかに目配せした。はるかは直ぐに地味な女の子に気付いた。俺たちは直ちに行動した。
まず俺は2人の写真を撮った。冤罪と叫ばれないための証拠写真。上手く撮れた! 続けて地味な女の子にはなしかけた。知り合いを装い適当な名前で。
「あれ? ちえみじゃない!」
女の子の名前なんて、星の数ほどある。本当に適当に俺はその名を選んだ。この日は縁が深かった、ただのアイドルさんの名前。知っている子の名前の方が、しゃべり易いから。
「はっ、はいっ。ちえみです!」
女の子は、素早く反応してくれた。やや震えた声。
「こんなところで奇遇ね、ちえみ」
「どうしたの? 顔色悪いけど、大丈夫?」
俺は言いながら女の子に近付いた。そして他の誰にも聞こえない声で続けた。
「今のおっさん、痴漢だろう。証拠写真、あるけど」
「えっ……」
「君が訴えたかったら、そうしてもいいし、逃げたいだけならそれでもいいよ」
「あっ、あの……」
俺の突然の申し出に、女の子は戸惑いを隠せない。けど意を決したのか、はっきりとした口調で言った。
「やっつけたい。警察に突き出して、一生後悔させたいです!」
「分かった。そうするよ!」
そのあとの俺は電光石火。
「おっさん。警察まで付き合ってもらいますよ!」
「なっ、何を言っているんだい、坊や」
開き直った態度、許せない!
「証拠もあります。逃げられませんよ」
「なっ、何を。バカな……」
周りの人たちが俺たちの行動に気付いてくれた。そして協力してくれた。おっさんは大した抵抗もせずに、観念したかのように、警察に行った。
「これで安心だね!」
「はい。ありがとうございます……」
全てが終わったとき、時刻は21時00分をまわっていた。
「ロマンスカー、行っちゃったね」
「それはいいわ。それより、あの子……」
はるかが演じていたのは、地味だけどしっかりしている女の子だった。被害にあった女の子の心配をしていた。俺も同じ気持ちだったから、ちょっとうれしかった。はるかに遠慮せず、女の子とはなした。
「よかったね、おっさんを突き出すことができて」
「はい。ですが、電車が行ってしまいました」
「あら、同じね。私たちもなの」
3人ではなしていて、分かったことがある。そんな偶然、滅多にないのだろうけど起こっていた。
「じゃあ、ちえみさんもロマンスカーに乗る予定だったの」
「はい。箱根湯本で1泊です。でも、もうたどり着けません……」
「だったら、いい方法があるよ!」
そう、まだ間に合うタイミング。東京駅に戻り新幹線に乗れば、22時過ぎには小田原に着く!
「新幹線に乗ろう!」
俺の提案は受け入れられて、俺たち3人は新幹線で小田原へ行くことになった。本当はグリーン車の指定席を持っていたけど、内緒にして、普通車の3列シートに3人並んで座った。
俺の左側から、ちえみの声。心から感謝してくれているのが分かる。右側からは、はるかの声。意気揚々といった感じ。
「何から何まで、ありがとうございます」
「いいえ、お安い御用ですよ!」
2人のおしゃべりは小田原まで続いた。俺は、3列シートの真ん中で、何とも言えない気分を味わった。
今日は、長い1日だった。
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