新人身のまわり担当

 突然の関西弁。というよりこっちが鈴の本来の言葉遣いのようだ。


 関西弁に気を取られ、大事なことを忘れてた。鈴はしれっとすごいことを言った。全部脱がして1から着せるって! どっ、どういうこと?


「私、演技のこと以外は何もできないの。でも、昴くんなら大丈夫!」


 はるかがそう言って微笑んだ。大丈夫なわけ、なーいっ。着替えの手伝いなんて、ムリムリムリ。世間的には天才美少女女優だが、その伝説は凄惨を極める。この世のものとは思えない超常の存在。


 端的に表現された言葉に『天才びしょびしょ融(解)』というのがある。並の男が触れたら、その心地よさに感激のあまり肌が融けてびしょびしょになる! という、サイコホラーな都市伝説だ。なまだしあの肌の柔らかさや肌理の細かさを比喩したもの。俺なんかが触ったら融けてなくなる自信ある!


 それほどはるかは魅力的。


「どー考えても並の男のあんたや。腕の1本や2本、融ける覚悟しいや!」


 鈴が俺を煽る。それで目が覚めた。俺は並の男じゃない! 男の天才を目指し中の男だーっ! それに、俺には勝算がある。俺は既にはるかと触れ合っている。ここへ来るまでに気が付けば手を繋いでいたし、今朝は頬と頬が触れ合った気がするが無事だった。


 並の男なら、多分そのときに融けている。でも俺は平気だった。これってもしかすると肉のおかげかもしれない。不断の努力というやつだ。


 事実を積み重ねれば、真実は見えてくる! 俺は大丈夫! 俺は男の天才!


「俺は断じて融けたりはしない!」


 やってやる。怯えてたって何もはじまらない。男の天才となるためには通らなければいけない道なら、堂々と通るのみだ!


「それじゃあ、昴くん。よろしく!」

「あぁ。任せとけ、はるか!」


 こうして俺は、新人身のまわり担当となった。


「なっ、何? いきなりはるかモードに挑むんかい。無謀やん……」


 あとで聞いたはなしなんだけど。はるかには長い芸能生活の末にたどり着いた技能がある。それがはるかモードとしあモードの変換。

 はるかモードは最上級の女性であり、融かす能力が半端なく強い。しあモードは役どころの女性の要素とはるかが混ざったもので、溶かす能力は半減し弱い。

 はるかは普段、しあモードで生活している。パーティでの振る舞いも、今朝のあれも、実は演技だったってこと。


 そんなこととはつゆ知らず、俺ははるかモードを選択し「さぁ、身のまわり担当の職務、全うしようじゃないか!」と、息巻いた。




 俺ははるかの肌に触れないよう慎重に服を脱がした。最初はトップス。1枚、2枚と慎重に。1歩間違えれば、ラッキー融ケベとなりかねない。


「トップスは残すところ、ブラだけや! やるやないかい」


 とても緊張した。だが、ここまでの成功は俺を大いに勇気付けた。俺は少しの笑みをこぼし、調子に乗った。鈴は関西人。今なら通る!


 鈴のノリを期待した俺は「汗っ!」と、はっきり言った。外科医が手術をしているシーンをイメージしたんだ。


「………………。」


 鈴は無反応だった。鈴に代わって俺の汗を拭おうとしたのが、よりにもよってはるか自身。はるかは持参したハンカチを俺の額に当てようとした。


 なっ、何すんじゃーいっ! 腕が触れたらどうしてくれるんだーっ! また変な汗をかいた俺は咄嗟にはるかから距離をとった。そして自分で汗を拭った。


 少し離れたところからはるかを見る。上半身はブラ姿。天女のように艶やかで神々しい。少なくとも日本人の平均ではない。頂点、なのかもしれない。頂点といえば、俺はこれから胸の一番高いところに挑まなくてはならない。


「こっからや。ほんまに辛いんは、こっからやで」


 鈴がゴクリと唾を飲み込んだのが分かる。緊張の瞬間、ここからが本番。ブラを脱がして新しいブラを着せる。なるべくその間を開けたくはない。だって、着けてないと垂れるっていうから。はるかの歳で垂れるのは、人類の損失だ!


 その信念の元、俺はオペをする。ブラを取り出す。はるかのブラは俺が思っていたひらひらでひもひもなブラとはちょっと違う。胸を包み込む部分グローブのように大きく、脇の部分が俺のベルトの3倍くらいの幅がある。


 そのブラをはるかの膝上に置く。こういう細かな準備が全体を成功に導くということを俺は知っている。抜け目ないという褒め言葉を何度も聞いた。


 そっとはるかの背中に近付く。はるかがやや猫背だったのを真っ直ぐになるようにぐぐっと胸を張り肩を反らす。見た目の胸の高さが倍になると、

「こっ、これは……サービス!」と、あまりに神々しい絵面に叫んでしまう。


 だが、はるかが胸を張ったのは単なるビジュアル的なサービスではない。脇から背中にまわる太いベルトの部分は、猫背のときは肌に密着していた。胸を張ると、肩甲骨が盛り上がり、肌とベルトの間に隙間を生じさせた。


「そこだっ!」


 そこから指が入る。俺はその隙間目掛けて手を動かした。

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