新人美少女女優

 現場についた。はるかの事務所の人らしき初老の男性と、見慣れた女性の顔があった。女性は俺でも知っている女優、福木鈴。


 鈴の人気はここ数年、なまだしあと2分するとまで言われている。俺やはるかと同い年。バラエティー番組でお馴染みのタレントに近いが、ドラマの仕事もある歴とした女優。何年経っても新人ポジションを守り続けている。世間的には新人美少女女優。俺の中ではパット出。


 はるかと鈴。2人は報道によるととても仲がよく、対等な関係を築いているという。鈴の実力が高いからとも、はるかの懐が広いからとも言われる。今日はその真相が分かるのかもしれない。ちょっと楽しみだ。


 鈴と男性の2人は何やらもめている。俺たちに気付いていない。


「別の部屋を用意してもらうわけにはいかないの?」


 鈴は大剣幕。事務所の人は飄々としている。


「この時間じゃ無理だろう。イヤならその辺でどうぞ」

「冗談じゃないわ! 同じ部屋で着替えたくない。襲われたらどうするの」


 鈴は顔を真っ赤にしている。同じ部屋で着替えるって言ってたけど、更衣室で何かトラブルでもあったのだろうか。


「大丈夫。しあと一緒だから、君は襲われたりしないよ」

「なっ、何よっ! もーっ、頭にくるーっ! こう見えても私だって……」


 まだ鈴の剣幕は続いているが、はるかが2人に声をかける。


「おはようございます、真田さん。おはよう、鈴!」


 はるかに真田さんと呼ばれたのが初老の男性。落ち着いてはるかにあいさつを返す。対照的に大慌てなのが鈴。身体をくの字に90度曲げた。


「おはようございます、しあさん!」

「おはようございます、シショー!」


 鈴の胸元がちらり。威勢のよさに反して純白のブラだ。ただし、はるかと比べるとかなり小振り。はるか、師匠呼ばわりされている。うわさに聞く2人の関係とは大違いだ。


「ごめんね鈴。私が独りで着替えられないばかりに」

「いいんですよ、シショー。お気になさらずに……」


「台本はもう頭に入ってるの?」

「もちのろんですよ、シショー!」


「そう。いつも助かるわ。でも、辛かったら言ってね。代わりを探すから」

「何をおっしゃいますやら。シショーのためなら、この私、よろこんでっ!」


 はるかに何度も頭を下げる鈴。ゲスい。あまりにもゲスい。2人の関係、対等というのは大間違い。どう考えてもはるかが上位、鈴はど底辺でも通る。見てはいけないものを見ているようで、いたたまれない。


「じゃあ、早速衣装に着替えましょう!」

「へっ、へーいっ!」


 そう言って、はるかは着替えに用意されている部屋へと消えていった。鈴が直ぐあとに続いた。残された俺に、真田さんが言った。


「2人の関係は、他言無用でお願いするよ」

「それはもう……。言っても誰も信じないでしょうしね」


 あぁ、いたたまれない。


「君のことは白布から聞いている。身のまわり担当、私からもお願いするよ」

「あははっ。任せてください! で、まずは何を……」


 すればいいのかと、言い終わる前に更衣室のドアが半分開いた。そこから鈴が首を出した。俺を睨みつける。鈴は人によってコロコロと態度を変えるタイプの人間のようだ。俺に対してはかなりきつい。


「ちょっと! あんた、早く来なさいよ。シショーが待ってんだからっ!」

「はっ、はぁーいっ」


 呼ばれた俺は、生返事をしたあと慌てたフリをしてその部屋に入った。けどここ、よく考えたら更衣室じゃなかったっけ。何で俺が呼ばれるの?


 部屋の中は俺とはるかと鈴の3人だけ。これからのことに、俺は恐怖した。




 一体、何がはじまるんだ! 身構える俺に鈴が言った。かなりのハイテンションだが、それでようやく俺は身のまわり担当の仕事内容を知ることができた。


「あんたっ! 裏方がシショーを待たせてどうすんのよ!」

「はっ、はぁ……」


「ったく、覇気がないわね。白布さん未満ね、あんたはっ!」


 白布未満って言われたら、さすがに腹が立つ!


「何だとっ!」

「ふんっ! 早く仕事をなさい! 口先だけなの? それでも男!」


 それは俺の逆鱗だっ! 俺は今、男の天才を目指し中なんだ。


「分かってるよ。で、俺は何をすればいいんだっ?」

「えっ! あんたっ、身のまわり担当の職務内容、知らないの?」


 知らない。使いっ走りってことくらいしか、知らない。そのまま鈴に伝える。鈴の顔が青ざめていく。


「使いっ走りは私の仕事よっ! 身のまわり担当はねぇ……」


 何だっていうんだ? そこで止められると、緊張するじゃないか。俺はゴクリと唾を飲む。次に口を開いたのは、はるかだった。


「鈴、ごめんね。急だったから、ちゃんと説明できてないの」


 鈴の態度が180度変わる。


「いっ、いいんですよぉー、シショー。そんなのは私がしますから」

「だから、何をすればいいんだよ……」


 直ぐ側にはるかがいたせいか、鈴は中途半端な敬語だった。


「身のまわり担当は、お召し物を管理する仕事なのですよ」


 文字通りの身のまわりということらしい。なるほどなるほど。


「つまり、お着替えのお手伝いってことです」


 はぁっ、今、なんて言った? お着替えのお手伝いって、何するの?


「こんなことに昴くんを巻き込んだりして、申し訳ございません!」

「悪いのは全部、白布さん! 昴っていうの、いい名前じゃない。頑張ってよ」

「おっ、おおっ。で、何の手伝いだよ!」


 本当は何をすればいいのか、何となく分かる。けど、それって俺なんかに務まる仕事じゃない気もする。まさかとは思うが、ちゃんと聞いておかないと、間違っていたらマズい。だから俺は、身構えて聞いた。


「分かっとるんやろ。身のまわり担当は、全部脱がして1から着せる仕事や!」


 なっ、何で関西弁なんだ? 

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