なまだしあのお仕事

新人マネージャー

 大忙しで朝の身支度。俺がひとりでゴミ出しをしている間に、肉がはるかを着替えさせた。俺の着替えは一瞬だけど、女子は大変なんだなって単純に思った。

 はるかは5時からCMの撮影。俺も同行することになっている。そうしないと、はるかが俺を評価できない。迎えの車はもう到着している。はるかは後部座席に、俺は助手席に乗り込む。予定より5分ほど遅れて出発。


 車は一ツ橋から首都高に入り、都心環状線を経由して宝町出口から東京駅の八重洲口にあるビルに向かう予定。その屋上が今日の撮影現場。普通なら10分もかからない。ところが、この日は都心環状線が事故で大渋滞。車が止まった。


 運転手は若い女性。なまだしあ専属新人マネージャー兼運転手兼身のまわり担当。佐藤白布(さとうしろっぷ)さん。新卒で入社って言ってたから22歳くらいかな。とにかく若いというか、はるかと比べてもあどけない。


 ん? そういえば身のまわり担当って、何? 


 聞けばなまだしあにはマネージャーが8人もいて、そのうちの5人が運転手を兼ね、そのうちの3人が身のまわり担当を兼ねているらしい。なるほど、下っ端のマネージャーということか。そう思い、それ以上は確認しなかった。


 その考えは間違ってはいなかった。


 それより、白布はぽんこつ以下の自分に甘々な人だったみたい。

 車が順調に動いていないことは、俺にも直ぐに分かった。それを言ってきたのが4時50分ちょっと前。


「大変です。このままでは遅刻してしまいます。怒られちゃいますよ、私が」


 怒られてくれ。事故の情報を事前にキャッチしていれば、避けられた遅刻だったと思う。はじめから下道で移動していても充分間に合っただろうから。


 けど出発時刻が5分遅れたのには俺に責任がある。ゴタゴタしちゃったから。


 都心環状線よりも内側を通る路線に八重洲線というのがある。その途中には八重洲降り口というのがあり、東京駅に直結している。知る人ぞ知る裏道。ぽんこつで甘々な白布は知らないのかもしれない。そこを通れば間に合うのに!


「あの、八重洲線ってご存知ですか?」

「はい。もちろん知ってますよ!」


 意外な答え。知ってるならそこを通ればいいのに。


「だったら、八重洲乗客降り口で俺としあさんだけ降ろしてください」

「えーっ! あそこって、ズゴゴゴッて感じしません?」


 いまいちニュアンスが掴めないが、八重洲線の入り口は急な下り坂。それをイヤがっているんだろう。白布、どこまで自分に甘々な人なんだろう。あきれてしまう。俺は少し語気を強めて言った。


「じゃあ、怒られてもいいんですか! 宝町まわってたら遅刻ですよ!」

「……仕方ないですねぇ。昴君、後部座席に移ってください……」


 急に凛として白布がそう言った。俺は狐につままれたような情けない声で、

「えっ?」

 ————何で俺が後部座席に移動しないといけない。


 俺が疑問なのが伝わったのか、白布は具体的な行動の指示を出した。


「ちゃーんと、しあさんの手を握っていてあげてください」

「ええっ?」


 手を握るってそんなこと……。逡巡している間に白布。その語気が勝った。


「なまだしあは、うちの大事な商品なんですからっ!」


 俺は「了解!」と短い返事をして、直ぐに後部座席へ移動した。


「じゃあ、よろしくっす。相棒!」


 白布がそう言う前に、車は速度を上げはじめた。ズゴゴゴッというものすごい音と共に、八重洲線のトンネルに吸い込まれるように走った。すごいGだ!


 俺は思わず「はるかっ!」と呼び、はるかの手を握った。


「大丈夫よ。ありがとう、昴くん」


 はるかは思ったよりも冷静で、俺は安堵のため息を吐いた。


「あらあら。お2人さん、甘々ですね!」


 白布は意地悪くそう言った。何だかムカッとする。けど、職場でのケジメがなかったのは事実。「しあさん」と呼ぶべきだった。


「ごめん、しあさん……」

「いいんじゃないですか、若いんだし。はるかー、昴くーんで」


 なんか、ムカつく。けど、しょうがない……。




 車は4時52分に八重洲降り口に到着。


「はるかーっ、昴くーん。お待たせーっ!」


 最後は白布に揶揄われっぱなしだった。


「そろそろよして下さいよ」

「うふふっ、ごめんごめん。私も直ぐに向かいますから」


 俺はドヤ顔で「ちゃんと時間通りにしあさんを連れてくよ」と言って降車。


 直ぐにはるかをエスコートして車から降ろした。そのあとでもう1度、車内に残っている白布に向かってドヤった。

 

「あとはお願いね、身のまわり担当さん!」

「もちのろん!」


 車を見送る暇もなく、俺ははるかの手を取って走った。高らかに身のまわり担当を引き受けて。


 走ること7分。俺たちは現場となるビルの地下入り口に着いた。時刻は4時59分だった。

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