家事分担
2人きりだね
日曜日。朝からの引越しは、昼過ぎには順調に終わった。生活スペースの区分けも終了。あとは、飯食って風呂入って寝るだけだ。俺が期待していたようなラブコメ要素のある生活は、まだおとずれていない。
わずかな時間をお互いに有効活用するために、毎朝・毎晩の役割を決めることになった。共同生活の利点を生かすことができる。仕切ったのはひな板。同居を志願しただけあって、ソツがない。
だが、その分担表は、どこかおかしい。
「無理なく分担したい。まずはこの紙のできることにチェックをつけて!」
「なるほど。ワークシェアってわけか」
「すっごーい。中学校の掃除当番みたい!」
「楽しい共同生活」
ひな板から渡された紙には、朝晩のやることが大雑把に書いてあった。自慢するほどのものじゃないけど、ひな板はどや顔だった。
「どう? よくできているでしょう!」
「朝は炊事、掃除、ゴミ出しか」
「晩は炊事・洗濯・風呂」
「お母さん、思うの。昼は昼寝しないとって!」
勝手にしてくれ。ひな板の作った紙、俺は朝も晩も全ての役割にチェックを入れて提出した。実際どれも99点は取れる自信がある。天才ではないが。
他の2人も提出し、ひな板が集計。数分かけて分担表を書き上げた。どや顔で俺たちにそれを見せる。
「全ての役割を2人1組で分担する。私は朝の炊事と洗濯!」
って、おいおい。どう見てもおかしいぞ、これ。ひな板のどや顔は、誰に向けたものなんだ!
「ゴミ出しとお風呂」
「お母さんは掃除と晩の炊事ねっ。どっちも苦手だけど、頑張るわーっ!」
で、俺はというと、全部の役割に名前がある。
「って、おかしいだろ! 不平等甚だしい!」
「昴くん、君は勘違いしているようね」
勘違い? 俺が?
「どうしてさ……」
「この共同生活の目的を忘れてはいまいか」
忘れるものか。それは、俺が男の天才であることを証明するため。しあにいいところを見せつけて、天才の仲間入りを果たすため! そのことと、全ての役割を担うことにどういう関係が……まさかっ!
「なるほど。そういうことか!」
「ようやく理解したようだな。私の校長先生心というものを」
「ああっ。ひな、ありがとう!」
役割分担は、俺がしあに男を感じさせるたにある。俺がしあと一緒なのがゴミ出しと風呂だってことから明らか。おかしかったのは俺の方だった。俺はひな板に大いに感謝した。それが、ひな板が仕込んだ巧妙な罠とも知らずに。
俺は瞬時に頭の中で今日の予定を組み立てた。18時までに風呂掃除。19時までに食事の準備。19時にいただきます。20時から順番にお風呂。俺が入っている間に洗濯機を回し、乾燥機をかけている間に風呂釜の掃除まで終えてみせる。全部の仕事を終えるのが、推定で22時くらいかな。余裕だ。
さて、献立を考えねばなるまい。ここは1つ、男気溢れるメニューにしよう。
よしっ、パスタだ。男気パスタ! 激辛かつ大盛りを超えたメガ盛りパスタで勝負だ! 付け合わせは豆腐1丁の冷奴、汁物は具沢山の豚汁でどうだ。完璧、完璧じゃないか! これでしあに俺が男の天才だってことを見せつけてやる!
「お母さん、今日はパスタにするそれとも冷奴?」
「んーっ、そーねー。両方かしらっ」
予想通りの答弁にほくそ笑む俺。ま、違う答えが返ってきても強引に同じ結論にするつもりではあった。
俺は早速、買い物リストをお母さんとひな板に渡した。2人は仲良く出かけていった。似たもの師弟コンビだっていうことが、若干心配。リストを渡したんだし、さすがに大丈夫だろう。あぁっ、大丈夫さ! 絶対に大丈夫。
2人が見えなくなるまで見送った。さぁ、お風呂掃除をしようとしたとき、ふと気付いたことがある。俺たち、2人きりだ。女子と2人きりになるのなんて、珍しいことではない。一昨日、ひな板と校長室で2人きりになったばかり。
そのときはこんなにも意識しなかった。2人きりになることが特別なこととは思っていなかった。違うのは、俺が気付いてしまったということだけ。急に身体が固くなる。腕も脚も指先も、思うように曲がらない。どうしちまったんだろう。
こんなときは、冗談だ。冗談で脳みそを緩めれば、身体も自然に解れるはず。だが俺の中に全く冗が浮かばない。だったらせめて談だけでも届けよう。今の状況をありのまま言葉にすればいい。簡単なミッション! のはずが、それもダメ。俺は、これっぽっちも男らしくない。現状に怯えている。
しあも2人きりだということに、俺とほぼ同時に気付いたようだ。声に出したのはしあの方が先だった。何の躊躇いもない。
「北條君、2人きりだね」
何と、甘美な響きだろう。
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