やはり、バカなのか

 天才クラブ発足パーティ。野球の天才、ピアノの天才、お笑いの天才、などなど。各界の天才が大集合! みんな知っている人達ばかり。その中でも演技の天才、なまだしあの存在感は大きかった。

 顔小っさ。口も鼻も小っさ。瞳とおっぱいはでっかい。キューティクルはたっぷりだし、腕も脚も細くて長い。ふわふわないい匂いがする。さっき肩に触れた手がいまさらながら熱くなってきた。

 しあは、その発言も衝撃、ぶっ飛んでいる。


「私、悪いことしてない」


 いやいやいや。持ち逃げっていうか、食い逃げは立派な犯罪。悪いこと。かわいいから許すって思う俺もいるけど、秩序を守れという俺もいる。両者の闘いの結果、秩序派が辛くも勝利。やはり許せない。俺はそういう男なんだ。


「並んでたのは知ってるだろう。他の皆さんも!」


 そう。これは、俺だけの問題ではない。みんなの問題だ。すると……。


「皆さん。私、悪いことしましたか?」


 しあはそう聞いてまわった。老いも若きも男も女も、聞かれた人はみんな鼻の下を伸ばして「してません」と答える。何故?


 あっ、あれは……。


「上目遣い!」


 思わず心の声を漏らす。あんな目で見られたらみんながそう言うのも納得だ。再び、ふわふわないい匂い。


「ね。私、悪くないでしょう。貴方に問題があるのよ」


 しあは、水平線の彼方を見るような、遠い目だ。みんなに向けた上目遣いとはあまりに違う。

 まわりのみんなも、俺が悪いみたいに言っている。そうなのか、俺が悪いのか? いやいやいや、それはない。けど、自信がなくなってきた……。


 俺は項垂れながら、

「楽しみにしていたんだ。朝も昼も抜いて過ごしたんだ……」

 と、くちびるを噛んだ。しあがぽんぽんと俺の頭を撫でた。いきなりのことでびっくりした。ふわふわないい匂いが移ってくるようで、落ち着く。


 それも束の間。しあは直ぐに、

「今日は食べ放題。取った者勝ち」

 と言って、幾丼の列の先頭の横についた。何すんだろうと思って見ていると、俺のときと同じように盛り付けが終わった幾丼にひゅーっと手を伸ばした。


「横取りだ!」


 またも心の声! しあは横取りの相手ににっこりと満面の笑みを向ける。横取りの相手は幸せそうにしている。俺としてもうらやましい。


 しあは俺のところに戻ってきて、

「ね。問題ないでしょう!」

 と、無表情に言った。なんてあざとい。笑顔ひとつで人の心を弄んでいる。けしからん! っていうより、俺のときはあの笑顔はなかった。これは、差別じゃないか! けしからん、けしからん、けしからん!


 しあの手の中には幾丼。それが俺の手に戻ってくればチャラにしてやろう。ぼんやりとそう思いながら、しあが持っている幾丼に手を伸ばした。

 ところがしあは俺に背を向け歩き出した。コラ、待て! 反射的に追う。


「それ、俺の!」

「違いますよ、私のです。近寄らないで!」


 ショーック! 近寄らないでって言われた。

 声に混ざって、カツカツとカチャカチャともぐもぐ。なっ! 食ってやがる。


 追っかけっこも、なかなか楽しいかも! って、ちがーうっ!

 今は幾丼を取り戻すことに集中だっ! 俺は走りに走って30秒、ついにしあの肩を捕まえた。手が熱くなるのも我慢、我慢。


「あのっ。いい加減、怒りますよ! 何度も触らないでください!」


 えっ? 何言ってんの? この子?


「サイテーですねっ!」


 しあのその一言で、俺はみんなに囲まれた。


「何だね、君は!」

「しあさんに失礼じゃないか!」

「そうとも。サイテーなヤツだ」

「そもそもここは、一般人の来るところじゃないんだ」


 罵声を浴びせられ、俺はパニックになり、

「アーッ!」

 ——俺、何も悪いことしてないのに……。

 と、叫んでいた。


 そのとき、真性の声がした。


「皆さん、お静かに。今日は天才クラブの晴れの日ですから」


 そうだ。ここは天才クラブ発足パーティ。しあは演技の天才。真性は高等教育の天才。ひな板は中等教育の天才。みんな専門分野があり、その分野では誰にも負けない点数、満点を取っている。

 だが俺はどうだろう。これまで何をやっても99点。いいところまでいくが、あと一歩、あと1点で満点を逃してきた。俺は、天才じゃない。

 帰りたい。もうお家に帰りたい。お家に帰ってお母さんに甘えたい。とことん泣いて、甘えたい。けれども、どうやらそんな些細なことでさえ、俺には許されないらしい……。その証拠に、遠くから聴き慣れた声。俺を呼んでいる。


「昴くん、昴くん! どうしたの、こんなところでっ!」


 俺は、その声に救われた。

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