第6話 そりゃあ、と彼女は否定をしなかった

「お茶の支度するから、先に茶の間に上がってて」

 明るい部屋の中、ゼロが「では、遠慮なく」と茶の間に上がると、続きの間に布団が敷かれていた。そこに眠っていたのは――

「……――――外身、ですか?」

「そう。今朝アパートの前で倒れていたからね、とりあえずうちに」

 大家はゼロの前に、仏壇に上げているものと同じ仏飯器と茶器を置いた。

 ゼロはひとまず、お茶を少しすすってから、大家に迫る。

「ですがどちらかというと、私が探しているのは、」

「わかってるわ。中身でしょ。でももし中身が見つかったら、あんた有無を言わさず連れてくでしょ?」

「そりゃあ……」

「その前にね。彼、死んでないんだけど」

「はあ⁉」

 だからあのときと同じだって言ったじゃない、大家はそう言ってから、強調した。

「生きてるわよ。しっかりと。寝てるもの。透けてるけど」

 ゼロは恐る恐る、シンヤの眠る布団のそばに行って顔を近づけた。

「………………息してるじゃないのコレ……」

「だからそう言ったのに」

「仮死ってことですか……?」

「でも前とはちょっと状況が違う気がするわねえ。ただ寝てるだけじゃないのコレ」

 大家は【前】を思い出しながら、言った。

「だとしたら早く身体に魂を戻さないと、戻れなくなるじゃないですか」

「でしょうねえ。……どっちなの?」

「なにがです?」

「連れていきたいのか、戻したいのか」

 ゼロはその言葉の厳しさに眉を動かした。彼女もまた、【前】を、思い出しているようだった。

「ほんとうに生きているなら……戻したいと思いますよ。どうも、この世にとても執着があるようだから」

「普通はそうでしょう。誰だって死にたくて死にはしない」

「それでも、逃げまでした人間はあなた以来ですよ」

 ゼロにそう言われて、大家は「そうだわねえ」と同意する。

【前】は実際に死にかけたのだった、大家自身が。だが大家は持ち前の意地で、シンヤと同じように面接会場からの逃亡を図った。そこに、まだ面接官ではなかったゼロが落ちてきて、追っ手を無理矢理止めた。まだ名簿に名前がないからと、上がってくることは私が許さないと、大家と追っ手の目の前でそう言ったのだった。

 大家もゼロも、もう何年も前のその出来事を思い出して、くすくすと笑った。

「……ああ、そうだ、ここに彼が寝てるって、エリちゃんに言っとこうかしらね」

「エリちゃん?」

「彼の妹。そろそろ学校から帰って来てるんじゃないかしら」

 言いながら、大家は携帯電話を取り出した。「えーと、たちつて……」つぶやきながら、彼女が電話帳を検索し始めたその瞬間、インターホンが連続でピポピポピポピポピポピポピポと鳴った。

「……えらく元気なお客様のようですけど」

「はいはいはい」

 電話の手を止め、大家は玄関に向かった。

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