第5話 まあまあ、と彼女は懐かしがった

「念波はこのあたりまで辿れるわ。とするとこの辺に……?」

 地上に降りたゼロはあたりを見回した。

 いままさにシンヤたちがわあわあ言っているアパートが目の前にある。

 ひとつひとつ部屋を訪ねてみてもいいのだが、それは効率が悪い。ゼロはアパートのすぐ近くで上機嫌に掃除している女性を見つけた。

 上級の死神になると、姿を見せることも隠すことも自由にできる。ゼロは少しの間だけ、人間にも姿が見えるようにしたうえで、女性に声をかけた。

「あの、すみません! …………あ」

 声をかけてから、ゼロは初めて、その女性が見知った顔であることに気がついた。そうして、わざわざ自分の身体に細工をする必要などなかったことも。

 女性は懐かしい顔に逢うように、しかし無沙汰をした相手をすこし意地悪に責めるような表情になってみせた。

 けれどもそれがわざとであることを、ゼロは知っていた。

「……まあ、随分と久しぶりだこと」

「――ご無沙汰してます」

「いいのよ別に気にしなくて、しょっちゅう逢える間柄でもないし。うれしいわよ、久しぶりに逢えて」

「……で、そのう……」

「誰かを追ってきたのね?」

 女性に言われて、ゼロは観念する。隠し事はできた試しがない。ずっと、昔から。

「堂島シンヤという男性をご存じないですか」

「うちの店子だけど」

 その反応に、ゼロは正直拍子抜けした。こんな偶然があっていいのか。

「えっ?」

「あぁいまね、アパートの大家なのよあたし。あんた年賀状も暑中見舞いも中元も歳暮も届かないとこにいるんだもん、近況報告なんかできやしないじゃない?」

「そりゃあそうなんですけど、」

 死神にそんなものが届くなら見てみたい。

「堂島さんは割と古くから住んでもらってるのよ。……彼が透けてるのはそのせい?」

「透けてますか」

「そりゃあもう透けッ透け」

「あの、」

 ゼロは事情を説明しようとしたが、

「わかってる。あのときと同じなんでしょう?」

 すべて見抜かれているようで、苦笑した。「かないませんね」と言いながら。

「でも同じならイレギュラーなはずよ。無理に連れて行くことはない。前みたいに」

 ゼロは逡巡した。確かに彼の名も写真も、きょうの書類にはなかった――だが……

 女性は持っていたほうきの手を止めると、「一息つきましょうか」と言った。

「あがっていきなさいな。お茶とお仏飯なら、お腹入るんでしょ」

「あ、入ります……いただきます」

 そんなことを話しながら、ゼロと女性――アパートの大家は、彼女の部屋へあがっていくのだった。

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