口のない宇宙人
ノックする音が聞こえ、男が玄関の扉を開けた。ノックをしていた生き物に、男は腰を抜かして驚いた。
「君たちは?」
その生き物に男が恐る恐る聞く。姿形はまるで人間そっくりだが、異なる部分が二か所あった。人差し指ほどの長さの触覚が二本おでこから生えていることと、目・鼻・耳があって、口だけがないことだった。
そんな詳細の分からない生き物が二匹、男の家を訪れた。その生き物たちは、人間と同じ形をした腕を伸ばしてきた。男はとっさに目を閉じて顔を隠し、身を守る動作をする。
数秒そうして男がゆっくりと目を開けると、その生き物たちは腕を伸ばしたままでいる。手のひらをこちらに向けて。何がしたいのか分からないその生き物に、男は困惑した。
ゆっくりと立ち上がり、腕を伸ばす生き物にとりあえずポケットに入っていた硬貨を渡してみた。すると、目元が喜んだ時のように上がり、それを持って一匹がどこかへと消えていった。
「これが欲しかったのか?」
そう思った男は家の中に入って、ある程度の硬貨を取ってきた。残った一匹にそれをすべて渡す。その一匹も喜んだ様子でどこかへと消えた。
男は謎の生き物たちが消え安堵していると、すぐに一匹が戻ってきた。すると再びこちらに腕を伸ばしてきた。
「そんなに欲しいのか?」
男が残りの硬貨を何とか探し出して、もう一度渡す。しかし、今度は首を横に振り、受け取らなかった。
困った男は、振り返って家の中を見回した。とりあえず目に入ってきた靴を渡す。今度は嬉しそうにしてどこかへ消え、入れ代わるようにもう一匹が戻ってきた。その生き物に靴を渡すと一匹が消えては、もう片方が戻ってくる。もう靴は受け取らず別の物を要求してきて、そしてまた新しく物を渡す。そんなやり取りが、家の中が空になるまで続いた。
「すまないがもう渡せる物はない」
最後に、処分に困っていた大量の本を渡すと、とうとう家の中にあるものは全て渡しきってしまった。
その生き物たちは、男の言っていることを察してこの場から離れた。あの生き物が何者か気になり、男は尾行して調べてみることにした。
その生き物たちは、大量の本を抱えて男の家の近くにある大きな草原へと向かっていた。到着した草原には見たことのない円盤状の乗り物があった。それに乗り込んだ生き物たちを見て男は納得する。
「なるほど宇宙人か。地球の調査でもしているのだろうか」
生き物の正体が分かって、少しワクワクしながら家へと帰った。
数日後、男が家でのんびりしている時だった。いつか聞いたノックの音が聞こえてきた。
「誰だろう」
扉を開けると、見覚えのある生き物が立っていた。あの宇宙人だ。
「また来たのか」
男が少し驚いた様子でいると、宇宙人たちが手招きで男を外に連れ出そうとしてきた。男は、もしかしたら連れて行かれるのではと不安になった。
宇宙人についていくと草原へと着いた。あの乗り物はそのまま置いてある。一匹がその乗り物へと乗り込んでいく。
男が不安なまま待機していると、宇宙人が戻ってきた。手には大きな黒い板と、細長い棒を持っている。
宇宙人は黒い板を地面に落とし、細長い棒で表面をなぞり始めた。なぞった部分は白く浮き上がり、とある文章が出来上がった。
『我々は旅をしている この星の特産物や発明品 それが欲しい』
宇宙人たちは文字を書き、男に話しかけてきた。黒い板の文字はすぐに消え、文字を書いた一匹が細長い棒を男に渡してきた。
「文字を理解したのか。さては本を読んで学んだのだな」
男は感心すると、細長い棒を受け取り迷いなく文字を書き始めた。宇宙人たちの質問には答えが出ていたからだ。
『君たちが今使っている“文字”がこの星の素晴らしい発明だ 君たちは見るからに口がない さぞお互いのコミュニケーションが大変だろう この“文字”はそれを解決する』
男は得意げに“文字”を彼らに紹介した。だが、宇宙人は顔を見合わせてどこか不満そうな顔をした。一匹が細長い棒で黒い板に文字を書き始めた。
『こんなもの不要だ 我々は頭の中にある機械で意思疎通できる 我々の星ではすでに消失した発明品だ』
残念そうな表情で、口のない宇宙人たちは自分たちの宇宙船へと乗り込んでいった。
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