第2話 序章・国で一番お姉さまに至るまでの色々 その2
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当校は、生徒の能動的な授業参加を旨としています。実際すでに家督を継いでいる者もいる中、漫然と授業を聞いてればいい訳ではなく、より深い理解のため、多角的アプローチを試みています。
――王立学園・宮廷専攻過程新入生ガイダンス資料より抜粋――
社会の授業になると、栄えある王立学園宮廷専攻課程の僕達は順番に赤面して黙り込むことになる。
地理の時間なんて、自分の領地の客観的評価をくらうようなものだし、歴史になるとひどいもので、順番に赤くなったり青くなったり天井を仰いだりする。なにしろ、ご先祖様やら祖父当たりの名前も油断すると出てくるからだ。
ああ、哲学や神学や魔術論も危ない。先祖の放蕩やら自堕落やら奇行の逸話と一緒に奇天烈な世界論を覚えなくてはならない。音楽はそれほどでもないけど、歌劇になると全員青ざめる。タイトルロールではないが、ご先祖様の役を自分に振られる覚悟をしなくてはならないから。恋の当て馬役などしたくもない。まして先祖の実話なぞで!
宮廷専攻過程では同級生の顔色と一緒に様々な事物を記憶している。自領が周辺の領地より生産性が低すぎに気が付いた某伯爵家令息の青い顔とか。領地変更が数代前の令嬢の醜聞が原因で。と明言された某侯爵家跡取りの汗まみれの顔とか。剣技に祖父殿の名前がついているのに評定が可だった棒伯爵家令息の流した涙とか。背負うものが多い。仕方ないけど。
「――という訳で、王国の仕組みが作られる段階で参考とされたのが北方辺境伯家の『長姉相続』という制度ですが――」
ついに来た。促されて教壇に立つ。皆の教科書越しの視線が僕に伸びる。そうです。うちです。というか、僕です。第二十八代北方辺境伯家当主・スヴェンデルです。え、ちょっと代数重ねすぎ。申し訳ありません。元は戦闘民族なもので。戦のたびに代替わりな時期もありました。
教壇の上に資料を乗せるととても見にくい。仕方ない。北方の血筋は背が低い。まして、直系だ。長身では『小さなスヴェンデル』の名は名乗れない。
僕は踏み台に飛び乗ると教室を見渡して、にっこり笑った。
みんなまだ僕と違って、謁見の間には入ったことはないどころか、正式なお目通りも済んでいない。
国王陛下並びに王后陛下に言上するより緊張するようなことなどない。
「さて。まず明確にすべき点は僕が「辺境伯爵家の当主」であって「辺境伯爵領の領主」ではないという点です」
するすると説明が口をついて出る。隣国ゼネーでもアエンシュラでもうちの制度は教科書に載っているらしい。中世から近世への過渡的制度の名残として。
「当家の成立は今から千年ほど前の大越境時代。一豪族からのスタートです。男は基本他地域で略奪の限りを尽くして、春になると領地を出て、港が凍る前に帰ってくる。当然、諸般の事情により帰ってこない場合も多々あります――土地の者にとっては冬の間のお客さん、あるいはお客様を連れてくる釣り針の先のエサです」
比較的静かなのは、教室の大半が略奪先の子孫で茶化してられないからだ。その節は先祖がお世話になりました。水に流していただいてありがとうございました。
「土地に根差したのは女性。北方辺境伯家の基本は女系社会です。当家の女たちは籠城させれば天下一品です。現在進行形ですので自慢させていただきます」
さざ波のような拍手。
「ですが、翼の王国の前身の部族と同盟を結ぶにあたって困ったことがありました。今でいうところの男女格差です。当主が女では聞く耳を持たないというのが当時の風潮でした。ですので、最初の『姉上様』は弟を「当主」として立てました。正直、交渉の結果、首だけにされても何の問題もありませんので」
ちなみに実際僕の先祖の頭を樽に詰めて送り返した方の子孫もこの中にたくさんいるし、何ならその血はうちの系譜にも入っている。貴族って結婚相手のバリエーションが難しいですよね。
「『姉上様』は神官も兼ねますので、基本的には生涯公的には独身です」
ですので。
「当家では、当主は血統を維持するのが第一義。対外的スポークスマンであり全権大使と遠征時の大将です。領主は『姉上様』であり、最悪どちらかに何かがあってもどちらかが立て直します」
そう。完全なるお飾りというか種馬兼保険。諏訪、王国もはやこれまでとなったら、領土安堵のため蜂起する担当。それが僕です!
「質問」
挙手がある。質疑応答をこなしてこそ。
「基本的質問で恐縮ですが、第一子が男児だった場合は?」
「他家に婿に出します。女児が生まれる前の男児はすべて家から出されます」
「一切男の子が生まれなかったら?」
「特例として『姉上様』が辺境伯家当主を兼任し、婿を取って子をなします。その場合は、『小さなスヴェンデルの長女』と呼ばれます。十二代と十七代。二十五代で発生しています。ないことはないくらいの頻度ですね。想定内の些事です」
「ここは試験に出そう」
途端にメモを取る音が大きくなる。
「よろしい。北方辺境伯家の方式は形を変えて、王家にも取り入れられた。すなわち、共通統治者としての国王と王后だ。国王は世襲である。その伴侶は諸侯で構成された枢密院で選定される。両者の権利は同等であり、かわりは選定されない。国王及び王后両名の崩御をもって王太子の継承に移行する。王后は国王個人の伴侶ではなく、国家の妻であり、国家の母である」
席に戻り、教授が教科書を読み上げるのに耳を傾ける。
『姉上様』
広大な領地を治める僕の姉は、次期領主として領地に根差すべく、僕が生まれた年に齢八歳で北の領地に旅立った。
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