国で一番お姉さまに婿入りする殿下に励ましのお便りを。
@shugokoukyou
第1話 序章・国で一番お姉さまに至るまでの色々 その1
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「たとえ、留まる翼であろうとも、いえ、翼の御一族であるからこそ、赤点が半数以上ならば留年していただきますし、どちらかと言えば半分以上で成績優秀メダルを取られない翼は一年生からやり直していただきたいくらいでございます」
――先々代学長、入学パーティーの席で。そして、かくあれかしと王后ご両名が望まれ、その通りになった。
この床は、学生たちの血と汗と涙とインクをどのくらい吸ったのだろう。ひょっとすると居眠りの際のよだれも吸ってるのかもしれない。
インクのにおいが地層のように積み重なっている図書室で、殿下は僕に仰せになった。
「スヴェンデル。僕はね、古典冠詞の単元でいつも思い出すことがあるんだよ」
第五妃殿下の愛息殿下は、王后陛下から「あなたの髪は雷灯草のようね」とお言葉を賜って以降、宮中ではそう呼ばれるようになった。そうだ。何しろ当時殿下は3歳。僕はまだ生まれていない。
雷灯草は、雷色――透明感のある橙色と黄色の間の色――の鐘のような花弁と細い茎が特徴の、すっとした背の高い花だ。草丈が高い割に折れずにしなやかという特徴がある。
百合より花びらが薄くて繊細な印象。雷色の御髪やすらりとした姿などゼネーに所縁がある方をほめる時に例えるとよい。――と、手持ちのマナー集に書いてある。
実際、殿下はすらっと雷灯草のようにお育ちになった。
こうして座っていても細い首がかくっと行きそうで怖い。と、思うのは、殿下がご母堂にあらせられる第五妃殿下に似ておいでだからだろう。ゼネー領出身の方は背が高く、ほっそりとして優美でいらっしゃる。
「現代冠詞が2つにしたのは大正解だよ。当時の変革担当者の祠に今度奉納でもしよう。その分古典冠詞の煩雑さが憎いね。あちこちの言語がそのまま使われているからだよね」
憎いという強い言葉を口にされても、まったく威が載らないところも殿下の穏やかなお人柄がにじむ。
現代翼国語では冠詞を二つ同時に使うことはしないが、古典的用法で現在でも例外的に重ねる語句がある。
王族は言うに及ばず、上位貴族当主への呼びかけは、各家に決まった冠詞重ねをする。王族は国民必須履修。貴族なら両方絶対落としてはいけない必須履修要項だ。童歌という強い味方があるので王族に関することはわざわざ覚えるまでもなく丸覚えだ。というか、間違えたら外国人。根っからの自国民と言いつつ間違えたら間諜を疑えと姉上様は仰せになっていた。
そう。『姉上様』 一般用法で『姉上』もしくは『姉様』、庶民なら『姉さん』だ。
殿下は、ご愛用の骨ペンで虚空をなぞられながら仰せになられた。
「例外的用法があるじゃないか。それを復習するたびに『これはスヴェンデルの姉君のことだな』と思うんだよ」
建国以前よりお仕えしている貴族家当主にのみ許された冠詞重ねを例外的に許されているのが、北方辺境伯家――僕の家――の『姉上様』である。
「そうだな。僕の身長がスヴェンデルより頭一つ小さかった頃、『国で一番お姉様』と訳して、家庭教師に大きなバツをもらったのを今でも覚えているよ」
恐縮です。とお返事するのが精いっぱいだった。
「『北方辺境伯領主』が答えなんて、十に満たない子供に問題だす方も出す方だよね?」
『国で一番』の冠詞をつけるのは国王陛下と王后陛下。そして、僕の姉のみだ。
北方辺境伯家名を現代翼国語に直訳すると『姉上様の弟』になる。
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