第十一章 とりあえずアヘン窟(聖剣の麻薬中毒患者ニーナ)


 3日後。


 俺とエリシャと聖剣の誘拐犯並びに建造物等損害犯のニーナ(大聖堂損壊並びにドラゴン誘因による市街地被災。被害総額は日本円にして1兆2600億円)の3人は、市壁の外に広がる貧民街の【白月薬ムーンホワイト】窟(いわゆる麻薬中毒者が寝泊まりしてるアヘン窟みたいなとこ。療養所兼宿屋みたいなの)に泊まっていた。


 なんでこんなとこ泊ってるかって、金がねえのもそうなんだが普通の宿に泊まったら一発アウトだからだ。主に聖剣の犯罪者のせい。


 泊まるっつっても宿屋の体は殆ど成してなくって、二十畳くらいの半地下の空間に無理やり詰め込まれてるって状態だ。ラリって意識あるんだかないんだか解らん連中と一緒に、土間の上に敷いたゴザの上で雑魚寝してる。


「ハコブぅ~……これ気持ちいいぞぉ~~~……!?」


 なんて俺が回想していると、話の当人ニーナが徹夜明けみたいな目をしながらいきなり俺に抱き着いてきて言った。


 胸が当たって俺も気持ちいいぞ!?

 っつか、息!? なんか臭え!?


「おいニーナ!? お前昨日なに食ったよ!?」

「食った? 違うぞハコブゥ~。私が吸ったのは、これだぁ~」


 その手のひらに持ってるのは昨今宗教都市を中心に蔓延している危ない薬、【白月薬】である。白っぽい粉上のそれを手のひらに置いて、鼻からズズ~ッと吸い込んでいる。


「ッツハァ~~~♪」


 そして満面の笑みで感嘆の息を漏らした。その息がやたら酒臭え。

 ひょっとして麻薬成分がアルコールに近いんだろうか?

 うちのおふくろが二日酔いになった時と同じ匂いがすんぞ!


「おい、そんなもん誰から貰ったんだよ?」

「昨日の夜に友達から貰ったんだ♪ タダでいいっていうからさァ~!」


 言ってニーナが雑魚寝部屋の後ろの方を指す。

 そこにはゲヒゲヒ笑いながら、こっちを見てくる中年の男。

 って、アレ売人じゃねえか!?

 明らかに中毒患者にして、永続的に金ふんだくろうってツラしてんぞ!?

 しかもなんか本人たちまで薬やってるっぽいし!?

 一番関わっちゃダメなタイプだ!!


「ちょっとニーナ!? さっそくシャブ厨になってるんじゃないわよ!!??」


 すると隣のゴザで寝転んでいたエリシャが突っ込んだ。


「お~♪ あれェ~? エリシャいつから3人になったんだぁ~? 三バカ女神かァ~?」

「誰が三バカよ!? つうかしっかりしなさいよ自称勇者!!」


 エリシャが後頭部を引っぱたく。

 大したツッコミではなかったのだが、ニーナはドシャッとその場に倒れ伏してしまった。

 起き上がらない。

 し、死んだか?


「うううっ……グズッ……どうしてみんな私を勇者だと呼んでくれないのだ……!? 大聖堂が倒壊したのも全部魔王のせいなのに……!!」


 かと思うと、今度は急にシクシク泣き喚き始めた。

 こいつめんどくせえな!?

 つうかこの期に及んでまだ魔王のせいなのかよ!

 ちょっと魔王不憫になってきたじゃねえか!!


「ああああ~ッ!! 泣きたいのはこっちよぉ~~~~!!」


 俺がそんな風に内心で突っ込んでいると、今度はエリシャが泣き出した。

 ちなみに周りの麻薬患者だが、全員ニーナみたいになってるので殆ど俺達には興味を示さない。


「こないだの騒動じゃ、きっとあたしたちまで指名手配食らっただろうし、ハァ……こんなんでどうやって魔王倒すのよぉ~……ッ!!」


 言いながら、エリシャが頭を抱えて蹲ってしまう。

 その蒼髪を「ウヘェ~~♪ 青色のお菓子ぃ~♪」ニーナが怪しげに微笑みながらハムハムと食べている。


「ちょっと人の髪食べないでよ!?」


 エリシャが慌てて叫んだ。

 ニーナの口に両手を突っ込んでこじ開けようとするが、「ぐぐぐ」ニーナは頑なに開けない。『ボギョルワァ……』そのうち腹から変な音まで聞こえてきた。腹の音か?

 なんて思ってると隣でも『グギュルルウゥ』変な音がしてエリシャが顔を真っ赤にしてお腹と口元を隠している。

 ったく、しょうがねえ奴らだ。


「おっし、とりあえずメシでも食いに行くか。昨日親方に頭下げて、1週間分の給料前借りしてきたからさ」


 言って、俺は制服シャツのポケットから、こっちの世界での通貨である所の銅貨を見せた。手の平で鈍く輝く銅貨を見て、


「……ハコブって、ホントたくましいわよね……あたしと違って」


 エリシャが感心した風に言う。


「まあな。悩むより稼げっていうし」


 そう、俺はさっそく働いていた。

 稼いだ金が既に160グロリアある。

 グロリアってのはこっちの世界の通貨単位で、物価の違いはあるけど1グロリアだいたい100円ってとこだ。

 日本の金銭感覚で言うなら、日当6000円の仕事を週6日分で36000円貰った事になる。1日8時間労働で6000円なので格安だが、少なくともこの宗教都市は日本と違って食費が安いから、これだけでも3人で半月は暮らせる。

 ただ俺らの替えの服とかここの宿代とかで、既に200グロリアは使っちまった。

 この先ずっと日雇いでやってくってのも夢がない話だし、もう少しは稼ぎてえ。


「つってもやってるの大聖堂の修復工事だけどな? 昨日仕事探してたら、ちょうど募集の張り紙見つけてさ」

「な、なんかお金貰うの申し訳なくなる仕事ね……!? 殆どあたしらのせいじゃない……」


 まあそうだな。

 直接の原因はニーナだろうけど、俺もきっかけ作っちまった事は間違いねえし。

 しかも工事現場で聞いた噂じゃ、あの聖女もどっか行っちまったらしい。

 多分相当落ち込んじまったんだろうな。

 さすがに良心の呵責を感じるぜ。頑張って聖堂建て直さねえと。


「でも仕事は仕事だ。それにさすが宗教建築物だけあってさ。ボランティアでやってる奴も多いんだ。エリシャ知ってるか? ボランティアって意外と可愛い女の子が集まるんだぜ? 稼げる上に出会いまであるとかメチャメチャやる気出るわ!! 筋肉痛とかマジで気になんねえ!!」


 なんて俺が力こぶを作りながら語っていると、


「ハァ……今回ばかりは突っ込むの止めるわ……」


 エリシャが急に肩を落として言った。


「ああ……女神のあたしさえ、ちゃんとしてれば……!!」


 なんか深刻そうな顔でブツブツ言ってる。

 こいつ時々マジで落ち込むよな。

 ツッコミ不在だと調子狂うぜ。


「おっし、とりあえずメシ行くぞ。あと近くにクレープ売ってる屋台見つけたんだ。マジでクレープって名前なんだぜ。帰りに寄ってくか」

「……」

「お前甘い物好きなんだろ? 奢ってやるから元気出せや」

「……うん」


 返事を聞くと、俺はエリシャの肩を叩いて立ち上がらせた。

 エリシャは申し訳なさそうな目でチラチラ俺を見てくる。


「なんだよ?」

「……」


 気になった俺が尋ねると、エリシャはやけに弱弱しい視線を俺の足元に向けて、


「その……ありがと、ね……!」


 やっと吐き出すように言った。

 なんだよ。

 いつも暴力ばっかのくせに、ちゃんと感謝できんじゃねえか。


「よしよし♪」


 俺はエリシャのツインテールの上に手を置いて言った。

 ちょうど上級神が俺にやったような感じだ。


「ち、ちょっと!? 何すんのよ!?」


 エリシャの顔が真っ赤になる。

 金色の吊り目がいつも以上に吊り上がっているが、怒ってはいない。


「いや? でもまあエリシャにも可愛いとこがあるんだなって」


 エリシャのまんざらでもない顔に、俺もつい笑みを零してしまう。


「は!? それどういう意味よ!?」


 なんて俺らがやってると、


「クレープゥ!!!」


 ニーナがエリシャの耳にガブッと噛みついた。


「みぎゃああああああああああッ!??!!?!」

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