第十一章 聖女暗殺3

「――案ずるには及びません」


 だが俺は死ななかった。

 俺たちの前に聖女のセラがいる。

 セラは空中に浮かんでいた。緑色をした不思議なオーラを体全体から放ち、十字架の付いたロッドを高く掲げている。

 よく見ると、その杖の両端から流線型のバリアーのようなものが発生して、俺たちを守ってくれていた。


 しかも、守ってるのは俺たちだけじゃない。

 バルコニーはもちろん、大聖堂も無事。聖堂前の広場で逃げ惑っている市民たちにも被害は一切なさそうだった。


 何しろ半径20kmはあろうかというこの街並み全体が、緑色に光る魔力のヴェールのようなもので覆われていたのだ!!

 ブルーアイズ(仮称)のブレス攻撃は、そのヴェールに阻まれて溶け込むように消えてしまっている。


「す、すごい……!!! これが聖女の特別なスキル【神聖魔法】ってやつなのね……!?」


 エリシャが感嘆の息を漏らして言う。


「せ、セラさま……ッ!?」「セラさま!!」「セラ、さま……!」


 それに続くようにして、聖騎士たちが次々呟く。

 もはや彼女たちの目に、先ほどまでの護衛騎士としての矜持や信念は見当たらない。

 代わりにあるのはもっと弱弱しい光。

 子供が自分を助けてくれたヒーローを見るような涙混じりの輝きであった。


「ふふ。もとよりみなさんが私を警護してくださっているのは、あくまで襲撃を未然に防ぐための抑止力。ここに居るみなさんも含め、このセラ・セイクリッドが絶対に守ります」


 セラが小さいながらもはっきりとした口調で言った。なぜか俺にまで流し目を送ってくれる。


「セラさま!? ご尊顔におたんこぶが!?」


 なんてセラがメチャメチャキメ顔で言うと、ポニーテイルの聖騎士(隊長)が叫んだ。直ちにセラの下に駆け寄り、懐から青色の液体が入った小瓶を取り出す。

 それを腰に結んだポーチから取り出したハンカチに含ませて、セラのおでこに当てた。


「えっ!? えっ!? ど、どこですっ!?……あいたっ? ひっ、ヒリヒリしますっ!?」


 たんこぶに染みるのか、セラが両目を瞑って言った。

 やっぱ可愛い!


「ハコブ!!」


 その時、聞き覚えのある声がした。

 俺が声のした方を見上げると、俺がぶっ壊した方とは反対側の柱の上に聖剣の窃盗および器物損壊犯、ニーナフォルスレイヤーが突っ立っている。


「とおッ!」


 無駄に空中で三回転半捻りを決めつつ降りてきた。

 ちなみにあちこち傷だらけの上、後ろから見るとマントは擦り切れているしレオタードにもあちこち傷が入ってるけど、こいつに何かあったのだろうか? まるで市壁から蹴り落とされたみてえ。


「フッ。さすがは第168代聖女セラ・セイクリッド。歴代でも最強クラスの魔力を誇るだけはある! 魔王の一撃をも防ぐと言われたその力、噂通りのようだな!!」

「あ、あなたは……!?」


 ニーナがバルコニーに降り立つと、途端に聖女の顔が引きつった。

 その手に持った鉛色の杖を構える。


「ほう。この私を知っているか」


 ククク……とニーナがほくそ笑んだ。

 この2人、何か因縁でもあるのだろうか?

 たしかにニーナは犯罪者とはいえ、ドラゴンをも食らう巨大ハトを労せず倒した女だ。

 スペックに限って言えば、かなりのものがある。

 セラのことを知っていてもおかしくないが……?


「な、なんで自分の体を縛っているんですか!!??」


 セラがドン引きして叫んだ!

 あ、そういやニーナ亀甲縛りしてたっけ!?

 後ろからだとマントに隠れて見えなかったぜ!


「グ、グルルルルゥッ!?!?」


 背景でブルーアイズまでずっこけてる。

 古代竜意外とノリいいな!?

 ブルーアイズリアクションドラゴン(仮称)に名前改名した方がいいんじゃねえか!?


「しッ!? しまった!!? カッコつけるのに夢中で自分の恰好を忘れていた!! み、見るな貴様らあああああ!!!」


 ニーナが慌ててマントで自分の体を隠している。

 お前に羞恥心があったことが驚きだよ!


「へ、ヘンタイだ! ヘンタイが出たぞ!!!」

「教育上よろしくない!! この歩くわいせつ物め!! セラ様にこれ以上不快かつ不適切なものを見せるな!!!!」


 叫んで聖騎士たちが剣を抜く!!

 バルコニーの外ではブルーアイズも「グオオオ……!」また口の中をチカチカさせながらニーナを睨んでいた。

 一触即発って空気だ!


「フッ。揃いも揃ってザコどもが。威勢ばかりはいいようだな」


 するとニーナが両手と片足を高く上げて、何やら中国拳法めいた構えを取る。

 どうでもいいけどこいつ、ホント悪役っぽいセリフ似合うな!


「先に言っておく。大人しく聖女を拉致させろ。さもなくばこの場の全員が命を落とすことになる」

「なあエリシャ。なんであいつノリノリで悪党みたいなセリフ吐いてんだ?」

「知らないわよ! あいつの中ではなぜか聖女拉致して洗脳する事になってるの!!」

「ほう。ニーナは洗脳モノが好きなのか。中々のフェチだな。ちなみに俺はダンゼン寝取りか凌辱モノだ」

「なんの話してんのよ!!!!」


 エリシャが俺の肩を掴んで頭突きをかました!

 身長が低いせいでみぞおちにモロに入ってクソ痛てえ!


「ぐっ……汚いとはなんだ。そういうエリシャこそ夜な夜などんなジャンルの作品をダウンロードしてるんだ……?」

「ダメージ食らいながらも引っ張んな!!! どんだけ女の子にシモネタ振りたいんじゃ!!?」


 床に崩れ落ちた俺の背中に、エリシャの肘が容赦なくめり込む!!


「ごはあッ……! お、俺は信じてるぞ……!? エリシャは俺の……仲間だって……!!」

「なんでいいセリフっぽくしようとしてんのよ!?!?!?」


 倒れ伏した俺にトドメの踏みつけが決まった!

 エリシャの穿いてるブーツのカカトが何度も俺の背中にめり込む!

 し、死ぬ……ッ!?


「――王女絶闘!! プリンセスゥゥゥ……ッ!! 左踵落としィィィィッ!!!!」


「――ギュアアアアアアアアアアアッ!!!」


 なんて俺たちがやってると、ちょうど俺の視線の先でブルーアイズの顔面がひしゃげるのが見えた。

 見上げれば、いつの間に跳び上がったのやら、ニーナがブルーアイズの眉間にめり込んでいた聖剣にカカト落としを決めていた!

 聖剣は激しく回転しながら空の彼方に飛んでいく!


 その下で、ブルーアイズの40メートルはあろうかという巨体が跳ね上がり、一回転して広場に面した4階建ての大商館の上に叩きつけられた!!

 ブルーアイズは目を回して失神している。目覚める気配はない。

 濛々と上がる土煙と、逃げ惑う市民たちの悲鳴だけが聞こえる。


 ……。


 ニーナ強すぎだろ!?

 人間の身体能力遥かに超越してんぞ!?!?

 つうか絶対聖剣無い方がつええだろアイツ!!?


「さあ、次はどいつだ?」


 スタッとバルコニーに降りてきてニーナが言った。


「「「……ッ!!!」」」


 ニーナの余りの強さに怖気づいたのか、聖騎士たちは揃って一歩後退した。

 ドラゴンやリッチーさえも恐れないと言われた聖騎士が形無しだ。


「わたくしが、相手をしましょう」


 すると、反対に前に出たのはセラ。

 緑色に輝くロッドを手にし、ニーナの前に立ちふさがる。


「やめておけ。聖女の得意分野はあくまで前衛の支援に限られる。勇者である私に勝つことはありえない」

「ええ確かに。私とあなたとでは余りに力の差があり過ぎる。ですが私は聖女。私を慕う者たちのためにも、決して退くわけにはいかないのです」


 そう言うと、セラが杖を槍のように構えた。十字架の先端に集まった光が、まるで槍の穂先のような形に固着化する。

 あれほどの力を見せつけられても、セラは動じなかった。

 その気高く優し気な眼差しの先には彼女が守るべきこの都市の人々の姿。そして俺たちの姿もある。


「すごい勇気……さすが聖女さまだわ……!」


 セラの身を挺しての献身に、エリシャが感動して言った。


「ああ。つい応援したくなるな。あんな亀甲縛りのヘンタイ女を目の前にして全く動じてねえなんてよ……!」

「そこかよ!? つうかそんな事よりニーナ!?!? なんでアンタ聖女さまと戦おうとしてんのよ!? あたしたち、魔王討伐のために聖女さまに協力を仰ぐんじゃなかったの!?!?」


 エリシャがニーナにツッコむと、


「フッ。どうしたエリシャ。私たちの目的は聖女を拉致して監禁して拷問して調教して洗脳することだろう」


 ニーナがその細く長い銀髪を掻き上げて嘲笑った。


「違うわああああああああああ!!!! それじゃあたしたちガチの犯罪者集団じゃないの!?!?! 大事な目的が一個抜けてるわよ!! あたしたちは魔王を倒すの!!! そのために聖女さまに協力を仰ぐの!!! それがあああああああ!!!!!」

「いや、ハーレムパーティ結成するのが目的だろ」

「アンタもかよ!!」


 ゴス、と俺の延髄にエリシャのハイキックが決まった!!


「ゴフゥッ!? おいコラなんで俺だけ蹴るんだよ!?」

「うっさい!! ハコブこの状況なんとかしなさいよおおおおお!!!!」


 エリシャが俺に泣きつきながら叫ぶ。


「まったく、蹴るんだが頼るんだかはっきりしろよな」


 俺はボヤきながらスタスタと2人の間に立つと、ニーナの肩と紐に手をやった。


「む。なんだハコブ。拉致監禁を邪魔立てするならお前とて容赦せんぞッ!?」

「『自称勇者の誘拐犯』を担ぐ」


 俺は【荷物持ち】のスキルでニーナの体を持ち上げた(誘拐犯呼びでもちゃんとスキル発動した)。ニーナがジタバタ暴れ出すが、スキルのお陰か抵抗がかなり弱くなっている。


「そおいッ!!!」


 俺は荷物と化したニーナを、火煙の上がる漆黒の空に向かって放り投げた。


「のわあああああああああああッ!!?!?!?」


 ニーナの叫び声が木霊する。そのまま奴は先の聖剣よろしくブルーアイズの眉間に深く突き刺さった。下半身だけ外に出て、なんか気持ち悪いモニュメントみたいになってる。


「う、うそ……!?」


 ふむ。

 やっぱこの【荷物持ち】、意外と使えんな。

 上級神が言った事もあながち間違いじゃないのかもしれねえ。

 ビスチェ姿の暗殺者もだし、ニーナみたいな強い奴でも平気で捕まえてポンポン投げれる。

 ただでも普通に投げるだけだから、ダメージ与えるとかは無理っぽいけど。


「あんなに強い人を……いとも簡単に……!?」


 俺がそんな風にスキルの効力について考えていると、ポカンと口を開けているセラが目に入った。


「大丈夫か? すまねえなツレが迷惑かけて」


 彼女に声を掛ける。


「え……!? あの……!」


 気のせいか、俺を見返すセラの頬が赤く染まっているように見えた。

 たぶん町の火の照り返しのせいだろう。


「驚かしてすまねえな。だけど俺たち、あんたにお願いがあって来たんだ」

「おね、がい……?」

「そう。俺と一緒に来てくれねえかな。あんたが必要なんだ」

「わたくしが、必要……!」


 俺が爽やかにそう言って、セラに微笑みかけたその時だった。


 ――ヒュンヒュンヒュンブッ!!!


「――みぎょォッ!?」


 突如としてセラの脳天に直撃したのは、聖剣の台座。

 痛烈なカカト落としを食らわせた事で、クルクルと空中を飛んでいた聖剣が落下してきたのだ。

 その余りの重さのために、直撃したセラの顔が一瞬でアヘ顔に変わり、そのままバルコニーの床を貫通して、一緒に広場へと落下していく!


「……」

「「「「……………………………」」」」


 またも沈黙が場を支配した。


 試しに俺がチラっと穴から覗き込んでみると、聖剣の台座らしきものの下に血の花が広がっている。


「は、ハコブ……?」


 エリシャがプルプルした指先でバルコニーに空いた穴を指して言った。


「「「せ、セラさまああああああああ!?!?!?」」」


 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!


 なんて思っていると突然大聖堂が右に傾いた!

 更に上階にくっついていたツインタワーの片割れが俺たちの居るバルコニーに振ってくる!!!?


「なっ!? なによこれえええええええ!???!」

「おわああああああああッ!!」「きゃあああああッ!?」


 多分、聖剣が落っこってきた時にタワーにぶつかったんだ!

 俺は直感でそう理解すると、とっさにエリシャの襟首をつかんで、聖堂内に飛び込んだ!!


 直後に岩石の砕けるような凄まじい音がし、バルコニーが丸ごと消えて衝突したツインタワーの破片が聖堂内にまで飛んできた!!

 それと殆ど続けざまに、聖堂内の壁や柱に幾つものヒビが入る!!


「こ、この建物、崩れるぞ!?」

「うううううそでしょおおおおおおおおお!!?!?」


 俺のつぶやきに、エリシャが悲鳴を上げた。


「エリシャ、俺の盾に……! いや兜になれ!!!」


 言って俺はエリシャを持ち上げ、オヘソの辺りに脳天を付けて防災頭巾の要領で頭にかぶった!


「ちょっハコべッ!!? ごべごべごべッ!?!」


 俺は落下してくるフラスコ画やら聖像やらステンドグラスやらの破片を逐一エリシャでガードしながら、聖堂内の螺旋階段を3段飛ばしで駆け下りて行った!!


 うっひょおおおおおお!!!


 やがて無事に聖堂を脱出した時、


「アハ……! アハハ……!! セイラムリバー大聖堂1050年の歴史が……! 信徒300万人の平和と希望の象徴が……くずれていきますぅ……アハアハ……!」


 そう嘆いていたのは、広場の真ん中で聖剣の台座の下敷きになっていたセラだった。血まみれになりながらもなんとか自力で這い出し、崩れ去る大聖堂を見上げている。


 すまん!!!

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