第九章 聖女暗殺1
――ハコブ視点。ニーナがドラゴン召喚(物理)する前――
市壁を登りきった俺は、街並みを見下ろしていた。
こうして高台から見下ろしてみると、この宗教都市ってやつはとても大きい。
市壁の半径だけでも恐らく20kmはあるだろう。
その分厚くて高い壁に覆われるようにして、石とレンガ造りの低い街並みが広がっている。
ニーナの話によると、初めは小高い丘の上にチョコミント教団の寺院と畑が建設されただけだったらしい。
その後何度かの戦争や交易路の変化などで地理的な価値が向上し、どんどん人が集まって来て今の巨大都市に変貌したそうだ。
その過程で上級神以外の女神を信奉する人々も訪れ、この町にはいくつか『宗教上の聖地』があるらしい。教団間で信者の取り合いや縄張り争いみたいな出来事も起こっているそうだ。
その中心部に、サーチライトに照らされる大聖堂があった。
高さは優に150メートルはあるだろうか。
2つの高い塔を持ち、薔薇が描かれたステンドグラスが嵌め込まれ、無数の彫刻が刻まれている。その手前には、25メートルプールが10個分は入りそうな巨大な広場があり、多分数万人は集まっているのだろう、無数の人たちでごった返している。
それらの人々が、皆一様に聖堂正面に設けられたバルコニーを見上げている。
そこに佇むのは聖女。
彼女が軽く手を振る度、大歓声が上がって人々が海辺の海藻みたいに揺れた。まるで町全体が振動しているかのようだ。
「ヘッ! まったく聖女って女はパねえな!! やっぱ未来の俺の嫁だけあるぜ!!!」
俺は思わず高笑いした!
ニーナ曰く『この世界でも最も偉い女』である聖女!
そんな格の高い女がこれから俺の嫁になるってんだから、下品な笑みがこぼれるのも仕方ない!!
「うし行くぞ! 俺のハーレムパーティ3人目はあの聖女だ!!!」
俺はそう意気込むと、市壁に沿って駆け出した。
見る限り市壁に階段などは付いていなかったが、降りられそうなでっぱりが幾つかある。
それらを足場にして市壁の内側を降り、俺は近くの鍛冶屋の煙突に飛び乗った。そこから更に近場の商店の屋根に降り、小蜘蛛のようにピョンピョンと建物の屋根の上を跳ねて大聖堂へと向かう!!
まってろよ聖女のねーちゃん!!!
籠の中の小鳥みてえなその生活から解放して、俺が世界ってもんを見せてやるぜ!!!
「まて貴様!」
なんて俺が意気込んでいると、突然どこからか不審な男たちが並走してきた。
「なんだお前らってうおおお!?!?」
俺はビックリして立ち止まる。
そう、そいつらはいかにも怪しかった。いや妖しいと形容すべきだろう。
男たちは全部で3人。
それぞれ身体的な特徴を上げればマッチョとチビとデブであり、全身黒ずくめで頭も黒い布で覆って目だけ出している。
手には刃渡り30センチほどの剣を逆手に持っており、なんていうかもうこれ以上ないくらい解りやすい『ザ・暗殺者』だった。
それだけなら。
だが……全員なんつうか、その……着ているものが、なぜか『ビスチェドレス』だったのだ……!
ビスチェってのは肩出しのエロチックに胸元を強調した青色のドレスで、バレリーナが着てるみたいな奴だ。ついでに言えば女神エリシャが着てるのと同じ。
降り注ぐ月光と夜空を照らすサーチライトの明かりというある種神秘的な雰囲気の中、こんなむさくるしい覆面男たちがワルツでも踊り出しそうな調子で屋根の上を駆け回っているのだ! これを妖しいと呼ばずしてなんと呼ぼう!?
「おい貴様!! 何者か答えろ!! 我らが教団の手の者か!?」
なんて俺が慌てながら観察していると、デブのビスチェが叫んだ。
コルセットみたいに絞られた胴からはみ出た脇腹と、リアルにFカップぐらいある胸元が非常に見苦しい事この上ない!!!
「マリーン! 仲間なら女神さまのビスチェを身に着けているはずだよ! こいつよそ者だ!!」
続けてチビビスチェが叫ぶ。「チョコミント教団が雇った護衛かもしれない!!」
こいつは息苦しいのか覆面を鼻の下まで降ろしており、覆面からはみ出した亜麻色の前髪や大きくて円らな瞳が男の俺から見ても可愛らしかった。
いわゆる美少年という奴だろう。
女装してる事もあって、変な中年とかにめっちゃモテそう。
「見られた以上は消す!!」
最後に叫んだのはマッチョのビスチェだった。
こいつはいきなり逆手に持ったナイフを振りかざして、俺の方に飛びかかってくる!
「あッぶねえッ!?」
俺は間一髪でナイフを躱すと、男たちから距離を取ろうと走った。
だが、すぐさま囲まれてしまう!
つうかなんだよコレ!?
いきなり俺、命の危険に晒されちゃってるじゃねえか!!
俺は所詮一般人。
昨日まで『学校だりぃ』とか『あ!? もう通信制限じゃん!』とか喚いていただけのザコ。普通の学生だ。
いくらオタ知識があるからって、その道のプロと戦闘なんかできるはずもない。
……だが!!
そんな俺の視線の先に、今も信徒たちに向かって優しく微笑みながら手を振る美しい聖女の姿がある!!!
「ハーレムが俺を待ってるんだ!!! こんな所でわけわからねえ連中にやられてたまるかああああああ!!!!」
襲い来る恐怖をスケベ心で克服すると、俺は片手を上げて叫んだ。
そしてその場に振り返り、一目散に逃げ出す!!
「あ、逃げた!?」
「追え!!!」
後から3人分の気配が追ってくる!
俺は後ろは顧みず、そのまま屋根と屋根の間を思いっきりジャンプした!!
恐らく3メートル近くはあっただろうか。
こんだけ跳べば、少なくともデブ、上手くいけばチビも引き離せそうなものだった。
「待てええええッ!!!」
しかし、マッチョもデブもチビもみんな揃って一緒に跳んでくる!
俺以上の跳躍力に加え、3人共なぜかつま先立ちで跳んでくるからそれが非常にキモくて恐ろしい!!
――だが。
「引っかかったなァ!!!?」
俺は屋根瓦に手を付くと、身を切り返して逆にビスチェたちに向かって突進した。
「「なっ!?」」
まさか俺が向かってくるとは思わなかったらしい。
俺は構わず飛びかかってくるオッサンたちの腕を取ると、「ビスチェ男を持ち上げるぜ!」荷物としてマッチョとデブを持ち上げた。
本来ならズッシリ重たいはずの2人の体は、エリシャを持ち上げた時のように軽くなる!
俺は片手で2人の体をブンブン振り回すと、そのまま一気に屋根の下へと投げ落とした!
「「うおおおおおおッ!?」」
「グランドッ!? マリーン!?」
残ったチビが狼狽えて叫ぶ。
チビは何度か屋根の下と俺を見比べ、
「2人共教団の精鋭なのに……! こいつ、見かけによらずつよい……ッ!?」
歯噛みして呟いた。
「ヘッ。見かけによらなくて悪かったな。お前も落ちるか?」
「くっ……!?」
俺がそう言ってボキボキ腕を鳴らしてみせると、チビビスチェは悔しそうに俺を睨みつけながら、屋根の端っこから軒下に足を降ろして消えた。恐らく落下した2人の所に向かったんだろう。
にしてもあいつら、なんで屋根の上なんか走ってたんだろうな?
案外俺と同じ理由だったりして。
聖女に会いに行くためとか。
「っと!! それはともかく聖女だ! 聖女!!!」
俺は妖しいビスチェ連中の事はさておき、一路大聖堂へと向かった。
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