第八章 宗教都市突入

 ――エリシャ視点――



「聖女待ってろおおおおお!! 今この俺が会いに行ってやるからなあああああ!!!!」


 あたし達が綺麗にライトアップされたセイラムリバーの大聖堂を眺めていると、突然ハコブが叫んで駆け出した。


「ちょっと!? どこ行くのよ!?」


 なんて叫んでるうちにもハコブのスピードはグングン上がっていく。あっという間に森を抜けて姿が見えなくなっちゃった!


 なによあれ!?

 お尻にジェットエンジンでも積んでるの!?

 あたしの時には全然見向きもしなかったくせに!!


「ふむ。中々の身体能力だ。これも【荷物持ち】のスキル故か」


 ニーナが腕組みをしながら言った。なぜかニヤついてる。


「い、いや単純にスケベなだけなんだと思う……!! っていうか軽々しく会っちゃ行けないんじゃないの!? 今日は年に1度の『お目見え』の日なんでしょ!?」

「その通り。だが元々魔王を倒すパーティメンバーに聖女を加えたいとは思っていたからな。聖女だけが使える限定スキルの【神聖魔法】は強力無比。その加護があれば魔王の攻撃でさえ防ぐことができるし、どんな傷でも立ちどころに癒すことができる」


 そう独り言ちると、ニーナが急にあたしの腰と背に手を回した。

 いきなりお姫様みたいに抱きかかえられてしまう。


 ニーナの福与かな胸が肩に当たって、女のあたしでもちょっとヘンな気持ちにさせられる。

 目の前に浮かんでいるのは自称勇者の不敵な微笑。


 ホント、黙ってれば頼りがいのあるヒロインに見えるんだけどな……!

 っていうかあたし、幾ら目当ての人からモテないからってニーナにそういうの求めてちゃダメでしょ!?


「という訳だ。エリシャ、私たちもいくぞ」

「え!? ちょ、ニーナ!? い、行くってどこに!?」

「この機会に聖女を仲間に加える。魔王討伐には聖女の力が必要だ」

「な、仲間に加えるって、どうするつもりなのよ!? 聖女って偉い人なんでしょ!? 教団に掛け合うの!?」

「拉致して監禁して言う事を聞かせる」

「なに真顔でヤベエこと言ってんだよ!! 発想がガチの犯罪者じゃないの!!?」

「フッ。真の勇者たるもの、魔王討伐のためならば手段は選ばん。拒否するなら拷問の上調教、それでダメなら洗脳して意思のない兵士に作り変えるしかない」

「いや真の勇者そんなことしないでしょ!? てッ!? わきゃああああああ!?!?!」


 そう叫んだ直後、あたしは空に居た。

 ニーナがあたしを抱えたままでジャンプしたのだ。


 ほ、星空が近いいいいい!?

 吸い込まれるように空がグングン迫ってくる!!

 科と思うとあっという間に地面が近づいてきて、すぐまた空に浮かんだ!


 す、すごい!!

 まるでジェットコースターにでも乗ってるみたい!!

 時速にしたら軽く100キロぐらい出てるんじゃないかしら!? お陰で涙と鼻水が止まらないし、前髪はオールバックみたいになってるし、しかも風圧で鼻の穴がビロビロに広がって女神的に完全にアウトな顔になっちゃってるううう!!!


「とめてとめてニーナぁああああああッ!! 高いし怖いし! それにあたしの髪がああああッ!! バッサバサいってるのおおおおおおおおおおおッ!!!」

「そうか!」


 余りのスピードと痛みとストレスであたしがまたハゲそうになっていると、突然ニーナが立ち止まった!! もうちょっとで腕から落っこちそうになる!


 わっと思って辺りを見回すと、どうやら市壁の上までやってきたみたい。

 高い所なので正直まだちょっと怖いけど、カビパラみたいな今の顔をなんとかしないと女神としてのプライドが先に死んでしまう!


「きゅ、急に立ち止まってどうしたのよ?」

「……ふむ」


 手櫛と【不死身】スキルで手早く顔面工事を済ませたあたしが尋ねると、ニーナがどこか落ち着かない様子で顔をそむけた。なぜかあたしと目を合わせようとしない。


 ふと気づくと、背中にあるべきはずのものがなかった。

 あるべきっていうのは勿論あの『聖剣』だ。


「……」


 嫌な予感がしてなんとなく空を見上げると、そこには漆黒の雲海を引き裂いて落ちてくるものが………ッ!?!?!?


「って!?!!? う、うそッ……!? ドラゴンッ……!?!?」


 それはメタリックブルーの体をした青い眼のドラゴンだった!

 以前にニーナが倒してくれた巨大ハトよりも二回りは大きい!

 そんな奴が、夜の闇を切り裂くような鋭い羽を羽ばたかせて、まるで海中を泳ぐ魚のようにゆったりと空を回遊しながら眼下の町を見下ろしているのだ!


 よく見ると、そのドラゴンの眉間に聖剣の台座がめり込んでいる。

 顔が爬虫類っぽいのであんま表情とか解らないけど、眼がやけにギラギラしているのはもしかして怒ってるんじゃあるまいか。


「ちょ!? なんであんな所に聖剣の台座があるのよ!?」

「……やれやれ。勢いあまって飛んでいってしまったようだ。うちの聖剣もやんちゃで困ったものだな」


 突然の事態にあたしが戸惑っていると、ニーナがお手上げという具合に片手を上げて言った。


「いや聖剣のせいにしてるんじゃないわよ!!!? つうか明らかにヤバイ奴の頭にめり込んでるんだけど!?!?」

「うむ。恐らくアレは空の更に高い所、通称『深空ディープブルー』に住んでいる古代竜の一種だ。普段は温厚な性格で、滅多に人を襲うような事はないのだが、ひとたび怒ると町一つぐらい瞬く間に焼き尽くす厄介なモンスターだな。まあ天災みたいなものだ」

「いや頼むから事態をややこしくしないでよ!!?? つうか思いっきり町に向かって降りてきてるんですけど!??! 今この町って大陸全土から300万人の信徒が集まってるんでしょ!?!? あんな強そうなドラゴンに襲われたら被害甚大じゃないの!!!!」


 あたしが大声で怒鳴りつけると、


「――ああ。


 ニーナはそう言って、大聖堂を見た。


「『だから』って!? 一体どういう意味よ!? まさかこのまま放置するつもり!?」

「そうだ。なぜなら聖女がいるからな。奴の【神聖魔法】があれば、あの程度のドラゴンなどどうにでもしてくれるだろう」


 そう言って、ニーナは「フッ」と微笑んだ。


「まあ、この私が直接手を下しても構わんがな。ここはお手並み拝見という奴だ」


 ………………。


「とりあえず自分のミス他人に尻ぬぐいさせてるんじゃないわよ!!!!!」

「のわあああああッ!!??」


 あたしは微笑むニーナのアゴに痛烈なアッパーカットを食らわすと、屈んだニーナを市壁から蹴り落としてやった!!


 アホ勇者成敗!!!

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