第七章 とりあえず町(再チャレンジ)


 その日の晩。


 聖剣の指名手配犯ニーナのせいで町に入れなかった俺たちは、一旦町を囲う川沿いに歩き、近くの森の中で野宿していた。


 無論テントも何もないので、寝床から作らなくてはならない。

 床も直に寝るとどんな虫がいるか解らないので、俺は木の皮とツル植物を撚り合わせて丈夫なネットを作りハンモックを張った。それを近くのしなる木の枝に結び付ける。


 更に俺は木の枝を使って骨組みを作り、そこに葉付きの枝を重ね合わせて即席の屋根を作った。雨が降っても大丈夫、というレベルまではいかないが無いよりは百倍マシだ。


 後は余った木の皮と石で先端を細く削った木を組み合わせて即席の火起こし器も作る。いわゆる弓きり式という奴だ。作るのは簡単だったが火を熾すのは大変だった。何度も失敗してようやく焚火を熾す。これで川に落ちて濡れた衣服も乾かせるだろう。


 こんな時のために、授業中ヒマな時にサバイバル系の実況動画見ておいて正解だったぜ!


「ハコブってすっごい器用なのね。見直したわ……!」


 俺が余った木の枝を折って焚火に放り込んでいるとエリシャが言った。替えの服がないのでビスチェドレスを着たまま乾かしている。

 ちなみに下着までぐっしょりなので見ようによっては相当エロいはずなんだが、素体がちんちくりんなので全く盛り上がらない。残念。


「見直したとか言ってるわりに俺を睨みつけてくるのなんでだ?」

「当たり前でしょ! その器用さで散々あたしのツインテール弄ってトリシューラとかミラボレアスとか編もうとしたじゃない!! お陰で今でも頭皮が痛いんですけど!?」


 そう言って、エリシャが青い前髪に触れた。自慢のツインテールも今は乾かすために解いてロングにしている。


「ハゲまっしぐらだな」

「ふざけんな!!」


 嘲笑ってると、ごす、とエリシャに足の裏で蹴られた。

 地味に痛え。


「フッ。さすがは私の【荷物持ち】だな」


 軽装鎧を脱いでレオタード姿になったニーナが言った。

 なぜかドヤ顔。


「さすがって意味解らないわよアンタ今適当に言ったでしょ!? っていうかなんでアンタが一番働いてないのよ……! 旅とかで野宿慣れてんじゃないの?」


 それにエリシャがツッコむ。


 そう。

 俺が寝床づくりや火起こししている間、ニーナは始終この調子で突っ立っていただけだった。

 エリシャですら木の枝集めてきたってのに。


「ふむ。勇者が果たすべきは魔王の討伐。それゆえ私は戦闘関連以外のスキルは何も習得していない。裁縫はもちろん炊事洗濯掃除その他ありとあらゆる事ができないし、無論野宿などした事もないぞ?」

「情けない事をよくも自信満々に言えるわね……!? そんなんでお金とかどうしてんのよ?」

「パパ活でメシでも奢らせてんじゃねえの? 黙ってりゃこいつ美人だし」


 俺が言うとゴス、とエリシャに無言で肘で胸を突かれた。

 痛え。


「パパカツ……? 私は実家が金持ちでな。以前は町に着いた時などにたっぷり仕送りしてもらっていたのだ。だがそれも最早難しい。魔王の策謀によって指名手配されてからは、ろくに手紙も出せなくなってしまったからな……!」


 そう言うとニーナは「魔王討伐の旅は長く険しいものだ」遠い目をしてボソリ呟いた。


 なるほど。

 国の聖剣かっぱらってきただけじゃなく、仕事もせずに親のすねかじりとか……こいつマジでどうしようもねえな!


「そう……苦労してるのね。ニーナのお父さんとお母さん」


 あ、エリシャがものすっごい優しい笑顔してる! 珍しい!


「なあエリシャ。イイ事思いついたんだが」

「なに?」

「もうこいつ捕まえて兵士に突き出さね? そしたら俺たち町に入れるし、こいつ指名手配犯だから多分懸賞金とか出るだろ。メシも食える」

「それ、名案ね」


 俺の提案に普段はツッコミ役のエリシャでさえも乗ってきた。

 俺は頷くと、即座にニーナの背後に回る。

 そして強い割に華奢なその肩を両腕でガッシリ捕まえて持ち上げた。


「なにをする!?」


 途端にニーナが暴れ出すが、荷物として持ち上げているのでニーナの怪力も役に起たない。


「俺がこいつ捕まえとくから、エリシャはさっき俺が作ったハンモックでこいつ縛り上げてくれ!」「了解!」


 エリシャが軍隊(海軍)式に敬礼して言った。こいつこういう時ノリいいよな。


「おおおおいハコブ!? 冗談だろう!? ああ! エリシャもどうしてハンモックを木から外しているのだ!?」

「ちなみに結び方は亀甲縛りな? レオタードに沿ってエロチックに仕上げてくれ」

「む、難しい注文するわね……!? 亀甲って、こんな感じかしら……???(ギリギリ~ッ!)」

「おっ、おかしな場所を縛るなあああああああああ!!! アフンッ!?!」


 俺たちは抜群のコンビネーションで指名手配犯を亀甲縛りにすると、女騎士狩りに成功したオークよろしく太い木の棒に括り付けて昼間の衛兵の所に突き出しに行こうとした。


 その時。


「――ん。あれなんだ?」


 俺は西の空が明るくなっていることに気が付いた。


 今の時間は夜。勿論太陽じゃない。

 明るくなっているのは町だ。サーチライトのような明かりが、幾つも空に向かって放たれている。まるで洞窟に生えたクリスタルのよう。


 その明かりに照らし出されているのは……教会、いや大聖堂だった。

 高さはどれぐらいなんだろう。手前の市壁を余裕で越えてる辺りを見ると、100メートル以上は確実にある。

 見た目はドイツとかにありそうな、石造りで天辺にツインタワーのついた『ザ・世界遺産』って感じの建築物だ。表面の壁面にはブロンズその他で彫刻がびっしり刻まれている。

 満点の星空の下に浮かび上がる、煌びやかな大聖堂の姿に、普段女の子にしかうっとりしない俺でさえ見入ってしまう。


 海外旅行なんて一度も経験した事がないからな。

 なんか、異世界来てよかった。


 そんな風に俺が感慨に耽っていると、


「……ああ。たしか今晩は聖女の『お目見え』だったな」


 亀甲縛りでつるし上げられた状態のニーナが言った。雰囲気ぶち壊しだ。


「聖女?」

「そうだ。あの建物は全国に信徒300万を数える『グロリアズチョコミントアイス教団』の大聖堂なのだ」

「なんだそのアメリカのアイスクリーム屋みたいなふざけた教団名!?」


 チョコミントか!?

 この世界ではチョコミントアイス崇めてるのか!?


「アメリカノアイスクリーム屋……? チョコミントアイスというのは教団が崇めている女神への供物でな。この世界におけるもっともポピュラーで信仰の厚い女神グロリアが、後に初代チョコミントアイス教皇となるルナル・セイクリッドに伝えた秘薬の名前なのだ。その製法ともに門外不出とされており、この宗教都市セイラムリバーにおいても万能霊薬エリクサーと同価格で取引されている」


 チョコミントアイスすげえな!?

 あれか? 江戸時代の日本では白砂糖が薬扱いでしかもメチャ高かった、みたいな扱いになってんのか!?


「つーか、チョコミントアイス好きな女神ってどっかで聞いたような……?」

「グロリアは上級神さまの名前よ……!」


 俺が疑問を呟くと、隣でエリシャがぼやいた。蒼髪ツインテールに手をやって「ハア」と溜息を吐いている。


 上級神のやつ、思いっきり職権もとい神権乱用してんじゃねえか!!

 つうか、言われてよく見ればあの聖堂もピンクとかミント色とかでアメリカンポップな感じに着色されてるし!

 世界遺産感が台無しだよ!

 俺の感慨どこ行った!?


「今日は聖女の降誕祭でな、これからあの大聖堂のバルコニーに聖女が顔見せするのだ。そのために町中総出でお祭り騒ぎとなっている。恐らく昼の警備が厳重だったのもそのためだろう。いつもなら旅行者なんかスルーだ」

「それはそれで町の警備心配になるけど……え、顔見せするだけなのに、そんなお祭りになるの?」

「ああ。聖女は特別神聖な存在だからな。儀式以外で人前に出てくることは全くと言っていいほど無い。だから、この日を待ち望んで全国各地から信徒がこぞって集まるし、それを狙って露店商を始めとする商売人も集まる。この辺りでは最もにぎわう祭りの一つと言っていい」

「ふーん……その聖女って随分偉い人なのね。でもそんなに大事にされてると、なんか性格こじれそうだけど」


 エリシャがボソり呟いた。


「――なあ、ひょっとしてあれが聖女か?」


 俺は聖堂の高い所に作られた、幅10メートルくらいの垂れ幕が付いたバルコニー部分を指差して言った。


 そこに護衛らしい半甲冑姿の女騎士に囲まれた、1人の少女の姿が見える。

 聖職者らしいくるぶしまで体を覆うローブに、プラチナブロンドの髪を垂らした女の子だ。

 先端に十字架の付いた鈍色のロッドを掲げて持ち、夜空を見上げる。

 月光を浴びながら微笑むその姿は、まさに神秘的だった。

 遠めに見てもタイプだと解る。

 ぶっちゃけ黙ってる時のニーナ並みに美人かもしれん!


「……む? あれってどれだ?」


 ニーナがアーモンド形の目を細めて言った。


「あれさ、今バルコニーに出てきた子。超が付くほどの美少女だぜ!! なんか金ぴかの鎧を装備したおさげとかポニーテイルの女騎士に囲まれてる!!」

「ふむ。恐らくその護衛は聖騎士クルセイダーだろう。僧侶と戦士のスキルを併せ持ち、単独でドラゴンやリッチーとも戦える上級職だ……しかしよく顔まで解るな? この距離では私でも見えんぞ。これでもエルフ弓兵並みの【強化視力】スキルを持っているのだが……」

「……女の子のイラストで視力検査とかしたら10・0とか出せるんじゃないかしら……」


 エリシャがため息吐きながら言った。

 だがそんな事はどうでもいい。

 俺はその場にしゃがみこみ、地面に両手を突いた。

 そして、


「――あの壁、登るぜ!」


 言って高さ15メートルはあろうかという頑強な市壁を睨み、俺はクラウチングスタートで駆け出した!

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