第六章 勇者指名手配犯

 それから歩くこと更に1時間半。


 聖剣の窃盗犯ニーナの案内で、俺たちは町の傍までやってきていた。

 ちなみにニーナだが、俺たちに勇者扱いして貰えないことがよほど腹に据えかねているらしい。

 先ほどから黙ったまま、野生のゴリラみたいなイカツい歩き方で俺たちの前方を歩いている。


「ちょっとあの人怒ってるわよ。どうせただの呼び方なんだし、勇者って呼んであげましょうよ」


 エリシャが言った。


「でも窃盗犯だしなあ。まあ道案内してくれてるし、【聖剣の窃盗犯】から【聖剣の道案内】に格上げしてやってもいいか」

「窃盗犯から道案内ってそれ殆ど格上がってないから」


 俺のボヤキにエリシャが突っ込んだ。


「ん……?」


 そんな事をしてるうち、やがて小高い丘を囲う市壁みたいなものが見えてきた。


 町だ。

 少し先の方に跳ね橋と、町の門らしき構造物が見える。町の中心にはデカい建物。あれは大聖堂か? そういや歩いている最中ニーナがボソッと『宗教都市に向かう』とか言ってたな。


 町の門の付近には小さな建物があり、兜、鎧、足甲付きのブーツと全身フル装備の兵士がたむろしてる。警備厳重って感じだ。


 そっか。常に車で行き来できる現代とは違うもんな。

 さっきみたいな巨大ハトやら翼竜みたいなモンスターがうろちょろしてるんだ。旅行者だって歓迎ってわけにはいかないに違いない。


「おいニーナ。どうやって町に入るんだ? 俺たち普通に入れんのか?」


 なんて思って俺が尋ねると、くるり、ニーナが振り返った。


「私に任せろ」

「って事は、通行証か何か持ってんのか?」

「任せろと言っただろう。それより剣を返せ【荷物持ち】」


 言われたので、俺はニーナに聖剣を返してやった。


 なんか癪に障る言い方だな。


「ふん」


 ニーナはミクロン単位で整った染み一つない美少女面を、同じくらい端正に整った金剛力士像の片割れみたいな阿吽形に崩し、そして、


「ふんぬうううううううううううううううッ!!!!!」


 雄々しく叫びながら強引に聖剣を背負うと、その多大な重量で丈夫な橋げたをギッシギシ揺らしながら町の門に向かって歩いていった。


 なんだあいつ。

 やけに自信満々だけど、大丈夫なのか?


「お、おい! なんか向こうからやべえの来るぜ!?!?」

「なんだ!? 魔王軍の殴り込みか!!??」

「いや、殴り込みってかタダのアホに見えるが!」

「だがよく見ろすっげえ美人だ!!!! あの乳!!! ケツ!!! もましてくれねえかな!?」

「ビジン、オレ、ケッコン、スル!!!」


 なんてことをやってると、すぐ門の方がにぎやかになった。

 さっきの兵士たちが、剣や槍を手に門の前に集まっている。


「なんか一部アホがいるな」

「アンタと変わらない件」


 俺がそう思ってると隣でエリシャがボソッと呟いた。

 すっごいジト目で俺を睨んでくる。


「な、なんだよその目は?」

「別に」


 それだけ呟くとエリシャはプイッとそっぽを向いてしまった。

 わけわかんねえ。


「……し、失礼ですがお嬢さん、通行証か身分証を確認させていただけますか……?」


 兵士たちの中で一番年長らしい中年兵士がやってきて、恐る恐るといった調子でビクビクしながら言った。

 ニーナは歩みを止める。

 そして、


「――宗教都市セイラムリバー警備隊および門番の諸君!! 任務ご苦労ッ!!!!」


 開口一番、言い放った。

 門の向こうにまで届きそうな大声だ。


 って、めっちゃ偉そうだなおい!?


「私は167代聖剣の勇者ニーナ・フォルスレイヤーだッ! 隣国グランダルク国王ザンツ・フォン・グランダルク3世の命にて魔王を討伐する旅をしているッ!!! この町には物資等の補給のために参った!!! さあ門を開けよ!!!!」


 片手を上げてマントをバッと翻し、片手を突き出してさながら覇王のように叫ぶ。


「「「………………」」」


 だが誰1人反応しない。

『ニーナって誰?』『勇者?』みたいな顔してる。


「フン。どいつもこいつも物を知らぬと見えるな! ならばッ!」


 再びバッバッとマントを翻し、再度顔をあの亜吽形に変えて、


「この聖剣がああああああッ!!! 目に入らぬかあああああッ!!!」


 自慢げに聖剣を振りかざして見せるニーナ。


「ふんぬうううううううううううんううううううううんッ!!!」


 奴が剣を振り回す度に、その重さで橋がゆっさゆっさ揺れている。

 アホらし。


「――ん? おいちょっと待てお前その剣……ッ!」


 やがて隊長が聖剣(鈍器)を見つめて言った。


 ……。

 なんか嫌な予感がするぞ。


「フフフこれは聖剣キャッスルバニアンと言ってだなァ……!!?」


 よほど剣の事を言われたかったのか、ちょっと鼻を赤くして自慢げに話し始めるニーナ。

 その脇で1人の兵士が門番小屋に駆け込み何やら紙を1枚持ってきた。

 そして紙とニーナのドヤ顔とを何度も見比べて、こう言った。


「――おい!! こいつグランダルクの聖剣盗んだ女だぞ!! 聖剣強奪並びに詐欺罪及び器物損壊罪で指名手配中の超極悪人だ!!!」


「やっぱりただの窃盗犯だった!? っていうか指名手配されてるけど詐欺に器物損壊ってアイツ何やったの!!?」


 エリシャが頭を抱えて叫んだ。


「あー。つうか聖剣なんて盗んでるんだから指名手配されてるに決まってたな。あんまり自信満々だからてっきり大丈夫なのかと思って俺安心してたぜ」

「ちょっとハコブ!? 落ち着いてる場合じゃないでしょ!?」

「ふっ!! ふざけるな!! 私は勇者だ! この聖剣がああああ!! 目に入らぬかあああああああッ!!!」


 兵士たちに囲まれたニーナがブンブン聖剣を振り回した。

 深く刺さったままの土台が激突しそうになる度、兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 やってることがただの通り魔だぞアイツ!


「やっぱこいつ犯罪者だ!!! おいお前ら! 応援呼んで来い!! このままじゃ橋ごとぶっ壊されちまう!!」

「指名手配犯め!!! 捕まえて牢にぶち込んでやるぞ!! そんで縛って吊るしてえっちな尋問を始めてしまうのだあああああああ!!!」

「オレ! シメイテハイハン! ケッコン! スル!!!!」


 どんどん事態が悪化してゆく!?

 武器の代わりに縄とか花束とか持って来てる奴までいるし!?


「くううっ!!?? 卑劣な魔王めええええ! まさかこのような辺境の町にまで策謀を巡らすとは……無念ッ!!!」


 やがて多数の兵士たちに囲まれてしまったニーナが、そう言って駆けだした。

 台座付きの聖剣を一振りし、突破口を開いたかと思うと、長い銀髪を振り乱しながら来た道をまっすぐ戻ってくる。


 って、こっち来んなよ!?


「逃げたぞ! 指名手配犯を捕まえろ!!!!」


 隊長の号令で兵士たちが一挙に駆け出す。


「ハコブ!! エリシャ!! こいつら魔王の手の物だああああ!! 一時撤退するぞおおおお!!!」


 逃げる俺とエリシャの横に、ニーナが並走してきて叫ぶ。


「バカんなわけねーだろ!? つーかこっち走ってくんな!! 仲間だと思われるだろうが!!!」


 俺は並走するニーナの頬を突っ張って叫んだ。

 だがニーナは一向に退かない。俺の手のひらで端正な顔を歪ませながら、必死に縋ろうとする。


「ひっ、ヒドいぞハコブ!? ここは俺に任せて逃げろ! とか言ってくれないのか!!?」

「それ【勇者】のセリフだから!! 俺【荷物持ち】だから!!!」

「なんだと私が勇者だ!!!!」

「意味わかんねえよバカ!!! 勇者って言葉に反応してるんじゃねえ!!」

「バカじゃない勇者だあああああ!!!」

「っていうかこの橋!!? なんかミシミシ言ってるけど!?!?」


 俺とニーナが突っ走りながら口論していると、隣でエリシャが言った。

 え?


 ――ミシミシミシミシバキイイイイイイイッ!!!


「「「「うわああああああああああああ!?!?!?」」」」


 次の瞬間、超重量の聖剣の重さに完全装備の兵士たちの重さが加わった結果、町へと続く桟橋は俺たちを巻き込んで崩壊してしまった。

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