第四章 女勇者ニーナ

「――そこまでだ!!!」


 食われる、と思ったその時だった(エリシャはゴスゴス食われた)。

 突如として俺の眼前に、白い稲妻のような何かが降り立った。


 現れたのは長身の美少女剣士。

 モデルのような理想的な体型をしたその女は、腰まで伸ばした銀髪を風に流し、大きく開いた眼を真紅色に光らせている。

 身に着けている物はピッチリしたレオタードみたいなエロいアンダースーツ。その上に白地に金鋲で紋様の刻まれたマント付きの軽装鎧を装備し、背には長剣を背負っていた。


 その女の前に、あのビルみたいにでっかい巨大ハトが横たわっている。

 ほんの数瞬前まで地響き立てながら千鳥足してたハトは、既にその動きを停止していた。

 理由は簡単だ。

 この女が突っ込んでくるハトをワンパンで殴り飛ばした。

 それだけである。

 その神秘的なまでの美しさ、そして巨ハトをぶっ飛ばす怪力に俺は眼前に差し迫った危険も忘れてただ陶然とこの女の姿に見惚れていたわけがなかったッ!!!


「フッ。大丈夫だったか、私の【荷物持ち】よ……ッ!??!?」

「ムアッハアアアアアアアアアアアッ!!!! 巨乳だああああああああああああ!!!」


 俺は女剣士に突撃した!

 さすがの巨大ハト殺しも背後からの攻撃にはなす術がない!

 俺はあっという間に剣士を押し倒しその無防備な体に手を這わせると、


「大人しく俺のハーレム嫁になれええええええええええ!!!!!」


 そのパンパンに熟したスイカみたいなその乳やお尻を思う様堪能し、ミルクみたいな肌色のうなじに鼻先を押し当うおおおなんかもぎたてのバラみたいな瑞々しい乙女の香りがしてきたぞうおおおおおおおおッ!?!?!?!?!!


「だからセクハラすんなっつってんだろおがあああああああああ!!!!!!!」

「ラッビューンッ!!?」


 2個の魂が結合し合う神聖な愛の儀式を厳粛に執り行おうとしたのだがその刹那、横から暴力女もといエリシャの両足揃えたドロップキックが飛んできて俺は蹴っ飛ばされてしまった!! そのまま地面に頭からロケットみたいに突き刺さる!!!


「痛ええええええええ!!!?!?!? 額が割れて血がドクドク流れ出してんぞおおおおおお!!?!?!? 俺不死身じゃねえんだ!!!! ちったあ手加減しろよおおおおお!!?!?」

「知らないわよ!!!」


 言ってゲシッと足の裏でとどめを刺される。

 マジで死ぬんだが!?


「す、すごいパワーだな……? これなら私が助けなくても大丈夫だったか」


 銀髪美麗の美少女が苦笑しながら言った。


「そ、そんな事ないですよ剣士様!! 助けて下さってとっても感謝してます!!」


 するとエリシャが剣士の下に歩み寄り、両手を合わせて目をウルウルさせながらおっぱい剣士に言った。媚びてるからか声も一オクターブ高い。


 つうか、いつの間にか足や頭の傷が治ってやがるなこいつ。

 これも【不死身】の効果か。


「――フッ。面白い奴らだ。紹介が遅れたな。私の名はニーナ・フォルスレイヤー。隣国グランダルク王国の至宝『聖剣キャッスルバニアン』を持つ聖剣の【勇者】だ」


 つうわけで、復活した俺が報復にエリシャのツインテールをミラボレアス(モンハン)に結びなおしていると、「痛い痛い痛いハゲるってえええええええええええッ!!?!?!?」おっぱい剣士もといニーナが銀髪を掻き上げながら言った。見れば背中にでっかい大剣を背負っている。


 きっとあれが聖剣なのだろう。

 こうしてみると、さすが聖剣だけあって独特な形をしてんな。

 鞘の先っぽが台形になってる。

 あんな剣はゲームでも滅多に見ねえけど、流石は勇者が持つ聖剣って所なんだろう。でもどうやって斬るんだろ?


「ってえええええええッ!?! ゆ、勇者さまああああああああああッ!?!?!?」


 なんて思っていると、エリシャが頭上のミラボレアスを解きながら突然叫んだ。


「どうしたいきなり勇者さまとか叫びだして。持病の中二病か?」

「誰が中二病じゃ!!? っていうかこの人勇者さまよ!? アタシたち、異世界来ていきなり魔王を倒してくれる勇者さまと出会えたのよ!!!! 少しは喜びなさいよ!!!」


 ハッ。何を言うかと思えば。

 エリシャの奴、旅の目的をもう忘れてやがるな?

 これはナイスガイなイケメン紳士かつチームリーダー足る俺がそれとなく注意してやらねえと。


「なあエリシャ、1つ聞いてもいいか?」

「なによハコブ。急に真面目な顔しちゃって」

「魔王を倒すことと俺のハーレムに一体なんの関係があるんだ? ひょっとしてお前こっち来て少し頭が混乱してるんじゃないか?」

「いきなし旅の目的忘れてんじゃねええええええええ!!!!! アタシたちの旅の目的は魔王を倒す事だろうがああああああああ!?!?!?」


 ……。

 アルェ?


「そんな事言ってたっけ?」

「言いました!! 主にアタシが!! あと上級神さまも!!! アンタ以外全員!!!」


 エリシャが顔を真っ赤にして、鼻息をフンスカ吐き出しながら言った。

 そうだったか。


「ふーん……あ、でも女勇者もハーレムに加えるんだった。俺としたことが大事なことを忘れてたわ。サンキューなエリシャ」


 俺が鼻くそほじりながら感謝すると、


「お願い……お願いだから一緒に魔王倒そうね……? じゃないとあたし天上界に帰れないの……!!」


 エリシャが急に俺の片手を取って上目遣いに言ってきた。

 なんだコイツ急に気持ち悪いな。


「ふむ。そちらの事情は解らんが、つい先日私の下にある神託が下ってな。勇者を補佐する【荷物持ち】が今日この時間この場所に現れると聞いてやってきたのだ。そうしたらおかしな恰好をしたお前たちがいた。だから助けたのだ」

「え、俺たちさっき送られたばかりなのに話早くね?」

「天上界とこの世界とでは時間の流れが違うのよ。よ。あたしもこっちの世界じゃ1000年くらい崇められてる神様だし」


 俺がボソボソ声でエリシャに尋ねると、エリシャもボソボソ声で答えた。


「崇められてるって、マジかよ」

「そうよ。あたしこの世界じゃ偉いのよ。ま、主流は上級神さまのグロリア聖教だけど……」


 腰に手を当ててブツブツ言い出すエリシャ。


「そんな事はともかくッ、こんな早く出会えるなんてウソみたいでッ……うわあ、正真正銘ホンモノの勇者さまなんだぁ……! あの……あたし勇者さまに出会えたの初めてで、それで……その……あ、握手してもらっても、いいですかッ!?」


 エリシャが目をキラキラ輝かせながら言った。


「急にぶりっ子ぶるなキモい」

「テメエは黙ってろ!!」

「フッ。かまわん」


 するとニーナが肩にかかったマントを払い、堂々と手を差し伸べて言った。「わああ!」エリシャがガチで喜んでる。


 なるほど、いかにも頼れるヒーローって感じだ。

 実際強いし、美人だしで俺もゼンゼン文句ない。

 俺のハーレムパーティ2人目はこの銀髪美麗のおっぱい勇者で決まりだな。


「――ギュオルワアアアアアアアアアアア!!!!」


 なんて思っていると、横たわっていた巨大ハトが咆哮上げて起き上がった。

 あの細長い首を持ち上げて、例の右往左往する千鳥足でドスドスドス、ドスドスドスドスと辺りを歩き始める。

 アホ面だった頭も真っ赤に染まり、頭頂部がトサカのように盛り上がっていた。


 やべえ! あいつブチギレてるぞ!?


「そんな……! 勇者さまの攻撃が効いてなかったの!?」

「むしろ怒らせちまったみてえだ! エリシャ、さっさと逃げねえと……ッ!!」


「――2人共下がっていろ」


 俺たちが話していると、ニーナがほくそ笑んで言った。

 片手でバッとマントを払い、暴れまわる巨大ハトに向かって歩いていく。


 一心に敵を睨む険しい双眸。何者にも臆さぬ堂々たる勇姿。

 さすが勇者だな!

 これは期待できそう!

 ……。

 あれ?

 よく見たらあいつが背負ってる剣、てっきり鞘が特殊な形になってるだけかと思ってたんだけど、なんか台座みたいのが直接ついてる。

 この世界の聖剣って鈍器なのか?


「あ……あの聖剣、わ……!」


 俺が疑問に思っていると、エリシャが呟いた。目が点になってる。


「え? どゆこと?」

「あの聖剣……台座から引き抜かれてないのよ……ふ、封印が掛かったままなんだわ……!!」


 なるほど、つまり。


「「聖剣の【勇者】じゃなくて聖剣の【窃盗犯】だった!?」」


 俺とエリシャが全く同タイミングで同じ結論に至った!


 あいつただのアホだ!?

 美人でおっぱいデカイだけでアホのねーちゃんだ!!?


「聖剣キャッスルバニアンよ! 汝の真の力を示せ!!……ふぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっふうううううううううッ!!!!!!!」


 迫る巨大ハト。

 そのクチバシを右に左に跳んで躱す勇者……のなんかアホっぽい雄たけび。

 まるで金剛力士像みたいな強面で(俺もエリシャもドン引き)聖剣を振り上げる。

 まっすぐ天に向かって伸びた聖剣の、角度がわずかに傾いた時、


「――王女轟刃おうじょごうじんッ! プリンセスウウウウウッ!! ブレイバアアアアアアアッ!!!!」


 ――シュバッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!


 先ほどの巨大ハトがやってきた時以上の轟音と同時に、刀身(台座)がハトの頭にめり込んだ。

 あまりの衝撃にハトの平和な顔が一瞬で劇画タッチのアヘ顔に変わる!

 そのまま剣はアヘ顔のハトごと大地まで一直線に落下した!!


「おわああああああ!?!?!?!?」

「キャアアアアアアアア!!?!??!?」


 振り下ろされた聖剣の威力は、ハトを倒すだけにとどまらなかった。

 凄まじい衝撃が、辺りの草を土ごとめくりあげたのだ。

 足の裏をハンマーでぶっ飛ばされたようなその衝撃に俺らの体が一瞬宙に浮き、直後地割れが発生して一瞬で足元が崩れ去る。

 俺は間一髪でエリシャを荷物として担ぎ上げると、その場から跳んで逃げた。

 振り返れば、辺り一帯隕石が衝突でもしたような規模のクレーターができている。

 もし今の陥没に巻き込まれていたら、俺もエリシャもタダでは済まなかったに違いない。


「い……いったいなにが起こったの……!?」


 俺の背中に抱き着いたまま、エリシャが呟く。


「だーっはっはっはっはっはーーーッ!!!!! どうだこれが私だ!! これが聖剣の勇者ニーナ・フォルスレイヤーの実力なのだああああああああ!!! ふははははははーッ!!!!!」


 俺たちの視線の先で、ニーナが腰に両手を当てて高らかに笑い声をあげている。


 ……。

 あー、うん。解った。

 多分こいつは勇者になりたかったんだ。

 きっと憧れてたんだと思う。それも尋常じゃないレベルで。

 だけどあいつに剣は引き抜けなかった。

 それで、その現実を認めたくなくって、こいつは力づくで聖剣を台座ごと引っこ抜いて持ち歩いてるって訳だ。


「完全にそれ迷惑な奴じゃん!?」


 俺が思った事を呟くと、隣でエリシャがツッコんだ。

 いや俺に言われても困るし。


「フウ。しかし疲れたな。おいそこのお前、ちょっと持っててくれ」


 俺らがそんな話をしていると、いつの間にか傍に来ていたニーナが言った。

 言いながら聖剣の台座を俺の肩に押しつけてくる。


「ちょ!? マテ! 死ぬだろ!?」

「大丈夫だ。お前は【荷物持ち】なのだろう? 【荷物持ち】スキルはそのレベルに応じて持っている荷物の重量を減らすことができる。だから私にはお前が必要なのだ。試しに持ってみろ」


 言われて俺は「……『聖剣』を、荷物として担ぐ」呟いて、聖剣を預かった。

 確かに聖剣は軽かった。

 だが、軽いって言っても片手だと正直持ちにくい。かなり力を入れないと胸より上に持ち上げるのは厳しかった。

 エリシャでいうと300人分くらいは軽くありそう。

 すると10トン以上はあるってことか。

 聖剣ヤベえ。


「それにそれ以外にお前の価値などないしな。顔はともかく格好がダサいし、この私の従者としても不足がある」

「……」

「だがまあこれで私の旅も楽になるだろう。さあ、期待しているぞ私の【荷物持ち】」


 なんだこいつ。

 聖剣の窃盗犯のクセに、偉そうな事言ってやがるぞ。

 よーし。

 俺は「はーやれやれ」片手を使って自分の肩を揉んでいるニーナの反対側の肩に、奴の聖剣(鈍器)の柄を引っかけてやった。

 すると、


「オホホッ!? おッわああああああああああッ!??!!?」


 俺の手を離れた聖剣は元の重量に戻ってニーナの体を押しつぶした。

 なんか重量挙げに失敗した選手みたいにジタバタしてる。

 いくら普段聖剣を振り回しているとはいえ、不意を突かれて持たされるとこうなるらしい。

 勇者が動く度に、普通の草地が底なし沼みたいに沈んでいく。俺は更にその腹を革靴の裏でプッシュしてやった。


「や、やめッ!! やめろおおおおおおお!?!?!?」


 おもろい。


「エリシャ。とっととホンモノの女勇者探しに行くぞ。こんな犯罪者仲間にしてもロクな事がねえ」

「そ、そうね……今回の件はなかったことにしましょ……!!」

「ちょおおおッ!!?? お前ら私を助けろっ!!! 魔王を倒せなくなっても知らんぞおおおおおおおおお!?!?!?」


 俺たちがその場から去ろうとすると、背後から窃盗犯の叫び声が聞こえてきた。


 知るかアホウ。

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