掌編野球小説・『裸のエース』
夢美瑠瑠
掌編野球小説・『裸のエース』
掌編小説・『プライバシー』
美貌のサウスポー・佐羽須帆(さう・すほ)の、3年目のシーズンが始まった。
ルーキー年はプロの洗礼、通過儀礼を手痛く味わわされて、滅多打ちに遭い、散々の成績だったが、フィル・ニークロばりのナックルボールと真田重蔵?にもひけをとらぬ“懸河のドロップ”を自家薬籠中の物とした去年度は、東京ドジャーズのエースとして、獅子奮迅、八面六臂の大活躍をして、結成4年目の、新興チーム初の、優勝と日本一に貢献して、全ての投手のタイトルを総ナメにして、MVPや、沢村賞などを全てゲットして、野球人としての最高の栄誉をほしいままにした。
年俸は一挙に30倍増の12億円になって、須帆は、真っ赤なロードスターと、ハワイにおしゃれなコンドミニアムを買ったと、週刊誌がアンテナ鋭く報じていた。
3年目の今年のオープン戦の課題は、「セットポジションの際のモーションで、球種が分かられる、ということの矯正」で、それも順調に達成できた。
「監督、今日は開幕戦先発なんですけど、気を付けることはありますか?」
三つ編みを垂らして、薄化粧をした、芳紀19歳の清冽な美女投手がそう尋ねた。
老練な百戦錬磨の指導者・乃村克哉監督はスコアブックをめくりながら答えた。
「お前の身上は、抜群のコントロールと変幻自在の変化球のコンビネーションや。
普通に投げれば相手は幻惑されて手も足も出なくなる。問題はなぜかセットポジションの時に球種が見透かされるという傾向があることやが、一応矯正したつもりだ。実戦ではどうなるかはわからんが、そこさえ大丈夫なら、味方の援護はホームラン1本でええ。」
「わかりました。ベストを尽くします。」
試合が始まって、須帆はいきなり、俊足の1,2番に連打されて、無死一、三塁のピンチを迎えた。
セットポジションに入った三番打者との対決で、初球のうち気をそらすための外角遠く外れるストレートが、なぜか狙いすましたように痛打されて、3ランホームランとなった。
その後の打者は9回まで全て完璧に抑え込んだが、初回のこの失点が響いて、結局負け投手となった。
「・・・なぜ、あんな悪球が打たれたんだろう・・・男・岩鬼じゃあるまいし」
アイシングをしている須帆を交えた試合後のミーティングで、やはりそのことが話題になった。
「要するにサインだか何だかが盗まれているんだ。でもなぜセットポジションなんだろう・・・?」
「むしろワインドアップの時のほうが球種とか握りとか見破られそうですけどね」
・・・ ・・・
真相はこういうことだった。
極秘裏に「佐羽須帆可視化包囲網計画」というプロジェクトが立ち上げられて、特殊な赤外線カメラと、秘密のX線技術、新開発の「動作体分析システム」を駆使し、マウンド上の須帆のグラブやユニフォームは全て透視されて、ボールの握り、全身の筋肉の動き、そうしたものが、逐一赤裸々にさらされて分析された結果、「セットポジションの際の目の動き」が、球種を特定する重要なキーポイント」であることがわかったのだ!
捕手のサインはスパイ合戦が激しくなった最近の球界では、殆ど盗めないように周到に対策がなされていた。
文字通り、特殊な機器で「丸裸」にされた須帆の唯一の弱点が、球種を特定できるセットポジションの際の目の動き、だった!
この「目の動き」や、筋肉の動きから素早く球種やその他の情報を読み取って、バッターボックスのバッターに信号で知らせる。
ほぼ百発百中なのだが、あまりに精密な分析であって、流石のドジャースの首脳陣にも当初は対策ができず、お手上げだった。
・・・3か月後、事態は収束した。
ドジャーズの球団HPの、メールボックス宛に、匿名の動画が届いたのだ。
厳重にプロテクトされて、一部の会員だけにお宝動画が公開されている秘密の動画サイトがあり、そこに研究用に作成された須帆の「全裸投球動画」が流出していた!
そうしてあるハッカーがそのプロテクトを潜り抜けて、この動画を閲覧した。
このハッカーは須帆のファンで、「これは大変なものを見つけた」と仰天して、詳しい分析結果が字幕スーパーで添付されている件の動画をドジャースあてに届けたのだ。
動画はそう鮮明ではなかったが、ピンク色の全裸をありのままにさらけ出している、魅力的すぎる、「野球の女神の化身」とでも称えたくなるような須帆の、躍動するスレンダーな肢体と筋肉が、活写されていて、清楚な印象ではあるが、やはり無防備なところが扇情的な感じだった。
・・・球界は蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、査問委員会が作られて、犯人探しが行われて、逮捕者も出て、関係の証拠物は全て押収された。
・・・ ・・・
それまでなぜかセットポジションの時に痛打されることが続いて、6連敗中とパッとしなかった須帆の成績は、破廉恥な?包囲網が解かれたことで、常態に復して、勢いを取り戻して、夏の終わりから、一挙に12連勝と驚異的に勝ち星を伸ばした。
優勝へのマジックが1になった秋口のある日に、須帆は、乃村監督に、「私が全裸でピッチングしている姿って・・・一度見てみたいですけど・・・監督も見たんですか?」
と、黒目をくりくりさせる栗鼠のようなあどけない顔で尋ねた。
「おつなもんだったよ。おへその上にほくろがあった。だけどもう用途はないからお前に記念にプレゼントするよ。」
動画を見た関係者たちが皆ダビングしておきたいという自然な願望?をやっとのことで抑えたその「プライバシーの美しい極致」のような門外不出の動画の入ったDVDを、監督は少し赤くなりながら須帆に手渡した。
<終>
掌編野球小説・『裸のエース』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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