柏餅
ソラリスは依頼をこなして群の施設に帰還した。
なんてことない簡単な仕事であったが、昨夜遅くまで本を読んでいたせいで少し寝不足で疲れ気味だった。夜更かしは美容の大敵である、それは分かっていたが本を捲る手が止まらなかったのだ。途中で止められないのも自分の悪い所だなと自嘲気味に笑うと、寮の方へ向かいふかふかのベッドの事を考えていた。
「そこのお姉さん!」
「?」
丁度中庭を通過しようとした時、可愛らしい声が聞こえてソラリスは聞こえた方向へ振り返った。そこには白い髪をハーフツインに結んだ少女が立っていて、同じく真っ白なワンピースの裾を揺らしながら小走りで駆け寄ってくる。くりくりして宝石のように輝いている大きな紫色の瞳が、しっかりとソラリスを捉えていた。なんの用かと彼女を見下ろすと、相手はぱちぱちと瞬きをしてからにこりと笑った。
「この辺で翼の生えた白い髪のお姉さん見ませんでした?」
「えっと……見なかったと思う」
「そうですか! うーん、どこに隠れてるんだろう」
少女は周りを見渡している。どうやら人を探しているらしい。迷子かと思ったが、それなら『隠れている』という単語は少し違和感がある。そこで1つ思い当たる遊びがあった。
「かくれんぼをしているの?」
「そうです! でも中々見つからなくて、困ってます……」
「そっか……じゃあ、一緒に探す?」
ソラリスの提案に、少女は嬉しそうに何度も頷いた。少し仮眠をとりたかったが、こんな小さな子供が困っているのだ、そのまま別れることはソラリスには出来なかった。かくれんぼの相手も中々見つけて貰えなくて、それはそれで困っているかもしれない。そう思って、ソラリスは少女に助力する事にした。
「私はソラリス、よろしくね」
「ロキアは……ロキアです!」
「ロキアちゃんね。じゃあ探してみようか」
ソラリスはロキアと中庭の方へ向かった。その翼人の女性は彼女の世話をしてくれる人らしい。よく中庭で日向ぼっこをしていてお気に入りの場所らしいので、彼女はここに目星をつけたようだった。ベンチの後ろや木の影などを二人で確認したが、誰か隠れている様子はなかった。
暫く探していると、遠くの方から「おーい」と呼ぶ声が聞こえて、ソラリスはロキアと声の聞こえた方へ振り返った。見ればそこには花見で同席したグランがロキアへ手を振っている。翼人で白い髪の女性、確かに思えば彼女に当てはまるなとソラリスは納得した。
「グランお姉さん! なんで出てきちゃったんですか?」
「まさかこんなに掛かるとは思ってなくて……。受けている依頼があって、それに行かなきゃいけないって説明したでしょう?」
「ああっ! そうでした……ロキア失念です」
グランはどうやら短い時間で済ませるつもりだったらしいが、中々見つけて貰えず困っていたようだ。結局かくれんぼは時間切れのドローとなり、終了。グランはロキアのそばに居たソラリスに視線を向けると、軽く頭を下げた。
「助けてあげてたのね、ありがとう」
「いえいえ、結局何も出来なかったし」
「でも、助かったわ。じゃあロキア、部屋でお留守番しててね?」
「はーい」
グランは二人に軽く手を振ってそのまま立ち去っていった。そんな彼女を見送ってソラリスはロキアの方へ視線を落とす。ロキアはグランの背を見送ったあと、ソラリスにくっ付いて服の裾を握った。表情から察するに寂しいのだろう。まだ子供のようだし、保護者が居なくなって不安がっているように見えた。
「グランさんが帰ってくるまでお姉さんと遊ばない? ちょっと退屈しててさ」
「え! いいんですか?! あ、でもご迷惑じゃ……?」
「そんな事ないよ。付き合ってくれたら嬉しいな」
遠慮した様子のロキアに笑顔でそう言うと、彼女は嬉しそうに飛び跳ねながら喜んでいる。それに嬉しくなってソラリスも微笑むと、ロキアはぎゅっと抱きついてきた。
「ソラリスお姉さん大好き! あ、あのっ、ロキアかくれんぼの続きしたいです」
「いいよ。どっちが隠れようか」
「今度はロキアが隠れます!」
早速と言ったように駆け出したロキアを目で追ってから、ベンチに座ってすぐに顔を両手で覆う。施設内は広いし、一分程度時間を数え始めた。あんまり遠くや狭いところに隠れないで欲しいと願いつつ、一分を数え切る。やる気満々と勢いよく立ち上がると、ソラリスは思わず抜けた声を上げた。
「うにゃっ! び、びっくりしたぁ……」
目の前にはいつの間にかレイジが立っていて、立ち上がったことにより顔が至近距離まで近づく。慌てて下がろうとすれば、ベンチに足をぶつけてそのままストンと座ってしまった。そんな様子を見てレイジは申し訳なさそうに手を合わせている。
「ごめん。なんか一所懸命だったからこっそり近いづいてみようと……」
「本気で気配消して来ないでよ!」
顔が近かったことで若干パニック気味のソラリスはポカポカとレイジを叩いてから、再び立ち上がった。若干タイムロスをしたがそろそろロキアも隠れ終わった頃だろう。キョロキョロと周りを見渡しているソラリスを見て、レイジは何をしているか興味津々なようだった。
それに気がついて、さっき一人で数を数えていた何となく恥ずかしいシーンも見られている事だし、ソラリスは言い訳兼事の経緯を説明する。それを聞き終えると、レイジは顎に手を当てソラリスのことをじっと見ていた。
「な、何……?」
「……いや、俺も混ぜてくれないかな? 見つけてもソラリスには伝えないし、見学役としてさ」
「うん、別にそれなら構わないけど」
子供が好きなのだろうか、レイジは遊びに参加することを願い出てきた。ソラリスに告げ口することがなければ、ロキアも不満はないだろう。この広い施設の中小さい子を探すとなれば鬼は複数の方がいいが、相談無しに追加するのは可哀想だ。
そうと決まれば、ソラリスはレイジを引き連れてロキアを探し始めた。
最初は食堂に向かう。調理器具などがある傍に隠れてしまったなら危険だと、まずは厨房の方を重点的に探した。鍋を仕舞う棚を開けてみたが、流石にそこには居ないようだ。体が小さいのでどこにでも隠れられそうだと思う中、ソラリスは食堂のテーブルの方へ移動してその下などを覗いた。
「居ない、か……」
レイジの方を向けば、いつも通りの表情でロキアを探すソラリスを見ている。本当に見学しているだけなようで、特に口を出してくる様子をもなかった。
次に休憩室の方へ向かうが、何人かだべったりのんびりしている人が居るだけでロキアの姿はなかった。ここは隠れられそうな場所が少ないため、ソラリスは早めに切り上げることにする。人が居るところでキョロキョロ人探しをするのは案外恥ずかしい。さっき食堂に誰もなくて良かったとソラリスは安堵していた。
いくつかの場所は人の邪魔になったり危険であるため隠れることを禁止している。そのため残るは図書室のみとなった。沢山の書物が収められているこの部屋は、結構広い。本棚の影に隠れられ、こちらが移動するのに合わせて同じく移動されれば見つけられない可能性さえある。
その時、本棚の影から白い何かが見えたような気がした。ロキアは白い衣装を身につけていたため、彼女ではないかとすぐにそこに視線を向けた。だがロキアの姿はなく、まだ近くにいるかもしれないとそこを重点的に探した。
「うーん、中々見つからないなぁ……」
そう呟きながら後ろを振り返れば、いつの間にかレイジが消えていた。どこに行ったと周りを確認すれば、ひょこりと本棚の方から出てくる。
「レイジ君まで隠れたりしないでよね?」
「そしたら見つけて貰えないかもしれないな」
「ふーんっ! すーぐ見つけちゃうもんね!」
煽られたと思い拗ねるソラリスを見て、レイジは可笑しそうに笑っている。そうこうしているうちに移動されたのではとソラリスはレイジが居た本棚の傍を確認するが、人の気配はなかった。
落胆したまま、ソラリスは一度中庭に戻ることにした。寝不足のところに遊びに付き合っているせいで、少し気持ち悪くなってきた気もする。これは早めに済ませてロキアにお昼寝にでも付き合って貰えないかと思いつつ、ソラリスはレイジと中庭に戻った。
すると、ベンチの方に人が居るのが見えた。背が低く、白い髪をした頭がちょこんと見えている。まさかと思い裏から回って顔を覗くと、そこには案の定ロキアが座っていた。
「見つけた!」
「はわっ、まだ図書室に居ると思ったんですが……」
そう言ったロキアの手には何かが握られている。どうやらそれをベンチでゆっくり食べようと思っていたらしい、柏餅の葉をぺらりと捲っている途中だったようだ。逃れきったと油断しておやつを食べようとしている所に子供らしさを感じるというか、その自由気ままさに笑うしかない。
「はあ……まあ見つけられて一安心」
「ソラリスも少し座ったらどうだ?」
「え? うん、そうだね」
ロキアの隣に促したレイジに、ソラリスは疲れた体を癒すようにベンチに座って背もたれに身を預けた。ロキアは見つけられたショックよりも目先の柏餅の方が大事なようで、ゆっくりと柏の葉を捲りながら目をキラキラと輝かせていた。しかし、ハッとしてから餅をソラリスに差し出す。
「遊んでくれてありがとうございました! お礼です!」
「ロキアちゃんが食べていいんだよ?」
「いえ、お兄さんも逃がしてくれてありがとうございました! おふたりで半分こしてくださいね」
「あ」
逃がしてくれてありがとう、とはどういう事だ。ソラリスが薄目で睨みながらレイジを見つめれば、彼は気まずそうに視線を逸らした。
確かロキアの気配を感じた時、レイジも姿が見えなくなっていた。先にロキアを見つけて、逃げた方がいいと助言、そして少しの時間稼ぎをしていたのだろう。
「見学だけって言ってたのに!」
「見学と……お手伝い係?」
「もーっ!」
シャーッと威嚇したソラリスから逃げるように、レイジはロキアを挟んでベンチに座った。そして、彼女の差し出していた柏餅を受け取ると、「ありがとう」と言ってから微笑んだ。
「じゃあ、こっちも遊んでくれたお礼にこれを君にあげるよ」
受け取った柏餅をロキアに返すと、レイジは彼女の頭を軽く撫でた。自分が食べてもいい口実ができて、ロキアは撫でられながら嬉しそうに柏餅にかぶりついている。
「えへへ、美味しい……! エルおじさんのお料理はなんでも美味しいです」
「エルさんから貰ったのか?」
「子供にいい子いい子する日らしいので、配ってました」
子供にいい子いい子と聞いて頭にはてなマークが浮かんだが、恐らく子供の日のことを言っているのだろうと納得する。いつも人に食べ物を配っている気がして、レイジは彼の姿を思い浮かべて小さく笑った。レンディエールをサンドイッチの人と覚え名前を知らないソラリスは、誰のことだと首を傾げる。それを見て軽く説明すると、ソラリスもレイジと同じような表情を浮かべた。
「そうだ、お兄さんお名前は? ロキアはロキアです!」
「俺の名前はレイジ。よろしく」
「レイジお兄さん!」
ロキアは名前を教えて貰って嬉しそうにすると、レイジに寄りかかって柏餅の続きを食べ始めた。かくれんぼで助けてくれたという理由で、かなり懐いているようだ。そんな様子に思わず笑みが零れ、そしてソラリスはあることに気がついた。
「(将来子供が居たら、こんな感じなのかなぁ……)」
ソラリスはロキアと話をするレイジを見ながら、そんなことを考える。もし彼と結ばれて、子供が出来たなら、今のようにレイジは穏やかに笑っているだろうか。その光景に、思い馳せ、そして──レイジと目が合う。
「やっぱり体調悪いか? 寝てないだろ」
「え?! ま、まあちょっと夜更かししちゃって……」
「少し休んでるといいよ。ロキアは俺が見ておくから」
別に体調不良でぼーっとしていた訳では無いが、何を考えていたかなど説明できない。それよりも、寝不足だとレイジが察していたのに驚いた。いつも通りに振舞っていたはずだがとソラリスは今日の行動を思い返すが、それよりも休んでいいと言われ眠気が徐々に強まってきた。
「ちょっとだけ休むね、何かあったら起こして?」
「うん」
ソラリスはベンチに座ったまま眠り始めた。このまま部屋に戻ってもいいと言われても、ロキアを任せられた責任があり一人で戻るのも気が引ける。レイジもそれに気づいていてこう言ってくれているのだろうと、彼の気遣いに僅かに頬が緩んだ。
…………
会った時から、ソラリスはなんだが元気がなかった。いや、いつも通りに見えた。だがそれはそう振舞っているだけなのだと何となく感じることが出来た。
事情を聞いてロキアやグランのために無理をしていると思い、ソラリスが倒れたりしないか心配になり自分も遊びに参加することにする。どうせ自分に任せろと言っても、責任を感じて引くことはしないだろう。そう思ってせめてサポートだけでもしようとソラリスと共にロキアを探した。
図書室に向かった時、偶然ロキアを見つけて目が合ってしまった。ソラリスが違う場所を見ている間に、「まだここに居るだろうから少し休憩をしてきたらどうだ」とロキアに提案し、彼女が油断するように仕向ける。これでソラリスが彼女を見つければ、休憩する気になるだろうと思っていた。
そして、現在に至る。
レイジの思惑通り、ロキアの世話を任せてもらい、そしてソラリスは少し休憩している。この状況まで持ってこれたことに安堵しながら、レイジはちまちまと柏餅を食べているロキアを見下ろした。
「かくれんぼ、楽しかったか?」
「はい! いつもと違う人と遊べてとても楽しかったです!」
「そうか、それは良かった」
彼女の保護者が何故グランであるかは知らないが、群に居ると言うことは何かしら失ったものがあるのではないか。そう思い、レイジはまたロキアの頭を撫でた。寂しい思いをしているようには見えないが、子供は案外大人の事を思い本心を隠すことが上手い。
「周りの大人は優しい?」
「皆さんロキアに優しいですよ! 沢山遊んでくれて、お勉強も教えてくれます」
彼女が向ける純粋な笑顔に、嘘は無いように見えた。それに一安心して、今度はソラリスの方に視線を向ける。正義感が強いというか、真面目というか、ソラリスは頑固なところがあってこうやって無理をする事が多そうだ。それを少しでも助けられたらと思うが、自分が彼女の力になれているかはよく分からなかった。
「ソラリスお姉さん、寝ちゃってますね」
「ああ、遊び疲れたのかもな」
「そうですか! じゃあ沢山眠ったらまた遊んでもらいます」
ロキアはソラリスのことが気になるのか、ちらちらと彼女の方を見ていた。暫くして柏餅を食べ終わると、手を拭いてから「ご馳走様でした」と満足そうにしている。ソラリスがまだ眠っているのを見ていると、レイジはロキアに服の袖を引かれた。
「レイジお兄さんって……」
「どうした?」
「もしかしてソラリスお姉さんのこと好きなんですか? 恋人さんですか?」
その言葉に一瞬フリーズして、レイジは必死に返事を考えた。
恐らく、確定では無いが、気の所為かもしれないが、ソラリスは自分のことを好いているようだ。それは友人として気に入られているのでは? というガヤは一旦黙らせておいて、仮に、万が一、億が一ソラリスが自分のことを好きだとして、果たして同じ気持ちを返せるだろうか。未だ自分のソラリスに向けている感情が、恋愛感情であると自分の中で納得出来ていない。これが恋愛感情であるなら、ソラリスと同じものであるなら、それはもっとキラキラしていて彼女が自分に向ける瞳のように真っ直ぐで綺麗で──そういったものが恋というのではないか。なら自分のものは少し違うような気がする、ならソラリスを特別に感じる気持ちは何なのか、家族とも友人とも違うこれは何だ────とりあえず、ソラリスに向ける感情は恐らく恋愛感情とは違う、そう結論が出た。
──この間、約二秒程度。
レイジはロキアの言葉に首を横に振って否定した。
「恋人じゃないよ。大切な友達だ」
「そうですか……グランお姉さんみたいな顔してたので!」
「どんな顔だ? まあ、ソラリスとは仲良いコンビみたいな感じかな」
もし戦場で背中を預けるとなれば、彼女なら安心して任せられるだろう。そう、仲の良い相方のような感じなのかもしれない。それなら家族とも友人とも感覚が違う大切な人だと感じていることも、説明がつく。
自分の中で納得していると、遠くから誰かが近づいてきているのに気がついた。それがグランだと分かると、レイジは軽く手を振る。
「あら、貴方も見てくれてたのね。ありがとう」
「構ってもらってただけだよ」
「ふふ、ソラリスさんと同じで優しいのね」
何かお礼をしたいと言い出したグランにロキアを返すと、彼女らをそのまま寮へ帰らせた。大したことをしていないし、ソラリスが起きていたなら同じことをしただろう。無事任務を果たしたと安心して、レイジは再びベンチに座った。ソラリスをそろそろ起こして自分の部屋で眠らせた方がいいだろうと、彼女の肩を揺する。
「ソラリス、起きて」
ソラリスはゆっくりと目を開いて、レイジの方を向いた。しかし──すぐに視線を逸らして、勢いよく立ち上がったのだ。寝起きに急に動くなんて、そう思って慌てて支えようと手を伸ばすが、ソラリスはぐっと伸びをしていた。
「あー、よく寝た!」
「それは良かった。でも、あんまり無茶をするもんじゃないよ」
「そうだよね、今日は手伝ってくれてありがとう! ……私もう寮に戻るね」
ソラリスは早口にそう言って、こちらに手を振ってさっさと立ち去ってしまった。僅かな違和感を覚えて、レイジは首を傾げる。
言えば、すごく不安な気持ちなった。ソラリスは、なんだか、泣きそうな顔をしていたような気がして。嫌な夢でも見たのかと心配になるが、触れてはいけないような気がして、レイジは何も言えずに彼女が去っていった方を見つめていた。
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