三色団子
「うわぁ……!」
「噂通り、とっても綺麗なところだ」
群青の中に輝く桃色。
海底に沈む街に、幾多の桜が咲き誇っている。そんな景色を楽しみながら宴を催す人々は、気持ちに任せて踊り出す者さえいた。
楽しげに花を見ながら語り合う人々、その中に待ち合わせた人を見つけソラリスは軽く手を挙げ到着を知らせた。その隣で、レイジも同じように挨拶をする。
「待ちくたびれぞ! 腹が唸り出したので先に頂いている」
「あはは……もうそんなに食べちゃったんですか」
「心配は要らんぞ、まだある」
ドンッ、ドンッと重箱を敷かれたシートの上に何個も置いたのは、いつもと服装が違うが変わらず薔薇のブローチを身につけた女性。実はソラリスはまだ彼女の名前を知らない。『恋愛マスター』と呼んでいる(呼ばせられている)その女性と、もう一人男性がぶすっと不機嫌そうに酒を飲んでいた。
「は、初めまして! ソラリスです!」
「……あれ? ヴィノスさん……でしたよね?」
挨拶をしたソラリスとレイジに、男性、ヴィノスは視線を向けた。そしてレイジを見ると、返事もせずに視線を背ける。ただただ酒を煽っているヴィノスに苦笑いを浮かべたソラリスを見て、恋愛マスターはバシィンッと強めに背を叩いた。
「いやぁ、すまんな。連れが無愛想で。レイジは知り合いだったのか?」
「以前同じ依頼を受けたことがあって。貴女の友人だって、こっちも知らなかった」
「友達兼、母親のように世話を焼いてくれるヤツだ」
「誰が母親だ。性別すら違ぇじゃねぇかよ」
以前会ったグラン同様、同じ討伐依頼で共に戦ったのがヴィノスだった。相手はレイジの事を覚えているようであったが、特に興味がないのか不機嫌そうにしている。無理矢理付き合わされているのだろうと状況を察するなか、恋愛マスターはヴィノスの肩を揺らした。
「態度は悪いが根はいいヤツだ、仲良くしてやってくれ。ほら、手のかかる子ほど可愛いというだろう?」
「それはちょっと違う気が……」
「まあまあ、とりあえず座った座った!」
わははと豪快に笑った恋愛マスターは、ソラリスとレイジの手を引きシートに座らせた。慌てて靴を脱いで座った二人は、これから始まる宴に、波乱の予感がするのであった。
──滄劉。
それは人が生活する街が丸ごと海に沈んだ、海の聖母と呼ばれる竜が守護する国。
ここに訪れた理由は一つ。
「さあ、まずはカンパーイッ!!」
────楽しい楽しい、お花見である。
────
時は遡り──数日前。
ソラリスは訓練所で鍛錬に励んでいた。
突き出したレイピアの先には、訓練用の人形ではなく生身の人間がいる。その突きを一振の剣で弾いた薔薇の剣士──恋愛マスターは、ソラリスと向き合い、そして笑った。
「いい太刀筋だ。少々危なかったな」
「まだまだですよ!」
「ははっ、では──お返し、だッ!」
しかし今度は恋愛マスターが仕掛ける。上段から振り下ろされた刃が、ソラリスの眼前に迫る。すぐにレイピアの刃を当てて軌道を逸らせると、そのまま受け流し反撃に出る。恋愛マスターの空いた腹に柄頭を叩き込むと、怯んだその隙に喉元に突きを放った。
──しかし、強い衝撃を受けてソラリスの手からレイピアが離れた。
強く上に払われれ、そのまま空に飛んだレイピアはカランッと床に落ちる。転がったそれに視線を向けているうちに、ソラリスの首元に刃が添えられた。
「──ッ」
「……ここまでだな」
ニヤリと笑った恋愛マスターを見て、ソラリスは不服そうに頬を膨らませた。ソラリスは何度か彼女と模擬戦をしているが、まだ一度も完全勝利と呼べるような勝利はできていない。超えるべき壁があるというのは目標になって自分にとっていいことであるが、それはそれとして悔しい。ソラリスはそう思いつつ落ちたレイピアを拾った。
「着実に上達はしている、自信を持つといい」
「負けた後に言われても……」
「じゃあ今度は勝ってみせることだな。さて、丁度いい具合に腹も減ったし、一緒に飯を食べようか」
彼女は相変わらずである。この人いつもお腹すいてるな、なんて思いながら、ソラリスはその言葉に頷いた。訓練をしたあと共にご飯を食べるのはもはやいつも通りと言うように、習慣化している。時間によってはソラリスは飲み物だけ、軽く何か口にする程度の時もあるが、恋愛マスターは大食いで沢山食べる。見ているだけでお腹いっぱいになると思いつつ、ソラリスは食堂でご飯を食べている恋愛マスターを見つめた。
「……一口、やろうか?」
「あ、いえ。別に羨ましくて見てたわけじゃないですよ。よく食べるなぁ、って」
「昔からこうなんだ。しかし料理はからっきし駄目でな、はは。いつも作ってくれるやつが傍にいて、有難いことだ」
いつも作ってくれるやつの中には、ソラリスも含まれているようだ。今回もソラリスの作った特大オムライスを食べながら、恋愛マスターはにこにこ笑っていた。
「そうだ。今度花見に行こうと思っててな、君も一緒に行かないか? 美味しいご飯を食べながら桜を楽しもうじゃないか」
「確か滄劉にある桃色の花が咲く木のことですよね、桜って。私、滄劉行ったことなくて」
「じゃあ丁度いいじゃないか。私も誰かを誘うから、君も人を誘って来るといい。大勢の方が楽しいだろう」
水中で植物が育っているなど不思議なことだが、滄劉では普通のことなのだろう。ソラリスはその誘いに乗ると、誰を誘おうか考え始めた。最初に浮かんだのは──当然、レイジの姿。だが急に誘って断られたりしないか、面倒くさがられないか心配して、ソラリスはチョーカーに下がったリンドウのシンボルに触れた。
「ほら、好きなやつとか意中の人とか、気になる男性を誘うといい」
「誰のこと言ってるか分かりませんね! ふんっ!」
「彼も君の誘いとなれば無下にせんよ。そういうやつだろう?」
「うぐっ……むぅ……」
心中を察せられたようで、ソラリスは不機嫌そうな顔で唸ることしか出来なかった。大して恋愛マスターは空になった皿を前に、優雅に食後のお茶を頂いている。
一旦脳内でシュミレーションすれば、確かに心の中のレイジは笑顔で頷いていた。しかし断られた時のダメージが大き過ぎて、尻込みしてしまっている。だが、その弱気を振り払うように、ソラリスはぺちぺちと両頬を叩いた。
「──よしっ、誘います! 私!」
「その意気だ」
恋愛マスターはまるで娘を見るような、妹を見るような温かな瞳でソラリスを見つめていた。それに恥ずかしく思って、気まずくなって視線を逸らす。
彼女はどうにも他人の恋を応援するのが好きらしい。応援というかちょっかいというか、まあ今のところ特に問題はないので、やめて欲しい訳では無いのだが。
「そういう貴女こそ、気になる男性を連れてくるんですか? それとも恋人?」
「いや、どうしようか……。まだ誰とは考えていないが、友人を連れていこうとは思っている」
「恋愛マスターとか言いつつ、貴女に愛だ恋だが関わってるところ見たことないんですけど……?」
「大恋愛を経験しているとも。しかし全てを語るには時間が足りなくてな、ははっ」
のらりくらりと躱している。意地になってその大恋愛ストーリーとやらを全て聞き出したいところだが、結局今のようにはぐらかされるのは目に見えていた。ソラリスは諦めてその好奇心を後回しにしておくことにした。しかし、いつかは全て吐いてもらうぞと意気込んでいる。
「今からレイジ君に聞いてきます、予定合わせるなら早い方がいいですよね」
「ああ、そうだな。私はまた訓練所に戻るよ、何かあれば呼んでくれ」
ソラリスは恋愛マスターと一度別れると、そのままレイジの部屋まで向かった。部屋に着くまでにいくつもの誘い文句を考えたが、ドアをノックした時に全て吹っ飛んでいく。結構どうやって誘ったのか、ソラリスに記憶はなかったが、笑顔で頷いたレイジだけを覚えていた。
────
──当日。
乾杯の合図に、それぞれ飲み物が注がれたカップが僅かに掲げられた。
ソラリスはオレンジジュースを飲みながら、桜を見上げた。初めて見るその姿は心からの美しいの一言で、無意識に目を輝かせてしまう。レイジはその姿を眺めて、小さく笑った。それに気づいたソラリスは、恥ずかしそうに目を伏せる。
「うん、綺麗だ」
「へ? えぇっ?! その、ありがとう……」
「……あ、ちがっ! 桜! 今は桜の話、でした……」
自分に向かって綺麗だと言ってくれたのだと勘違いしたソラリスは、レイジの弁解を聞いてボンッと音がしたんじゃないかと思うほどに顔を赤く染めた。
「あの、えっと、レイジ君はいつもと違う雰囲気の服で素敵だね!」
「そ、そうかな? あはは……ありがとう」
「えへへ……」
いつもと違いラフなTシャツに上からジャケットを羽織っているレイジは春らしい服装をしている。ソラリスはお気に入りのブラウスにロングスカートを着て、一応気合いは入れてきた。彼の隣に居ても恥ずかしくないだろうか、そう思ってソラリスは顔を真っ赤にしたまま少し衣服を整えた。
そんな大爆発しているソラリスを見て、ヴィノスは鼻で笑う。
「なるほどな、ロザリエが気にいる訳だ」
「あ! 私の名は呼ぶなと言ったはずだぞ! このッ!」
「いってぇ! もう酔っ払ってんのかお前……」
恋愛マスター、もといロザリエはヴィノスに向かって頭突きをしている。やっと真名解放といったところだが、それに対してロザリエは不満そうであった。
「もっと私がかっこいい瞬間に名乗りたかった……」
「どうせ収拾つかなくなってタイミング逃してただけだろ」
「ふゅ〜、ひゅー、ふ〜♪」
「ヘッタクソ」
不協和音の口笛を鳴らし視線を逸らしたロザリエは、グイッと酒を飲んでから重箱に詰められている料理を食べ進めている。花より団子とはまさにこの事だろう、彼女を体現した言葉のようだ。
ヴィノスは未だ警戒した様子で、ソラリスとレイジのことを探っているようだった。見かねたレイジは、ヴィノスが飲んでいた酒の瓶を持つと、中身の減っていたカップにお酌した。
「あの時は結界張ってくれて助かりました」
「そういう役割だ。テメェも金ピカとぶちかましただろうが」
無愛想な態度をとられても、レイジは怒ることなくヴィノスと接した。それに見て彼は片眉をあげると、満更でもないと言った様子でお酌された酒を飲み干す。
「俺のこと怖くねぇのか、大概のやつは睨んだだけですっ飛んでいくのによ」
「なんというか、もっと存在の圧が強い人を知っているから……ですかね?」
「化け物達の住処みたいな所だからな、群は」
その例えを完全に否定も出来ずに、レイジは苦笑いを浮かべる。ヴィノスはその表情を見て笑うと、次の酒を催促した。
一見取っ付き難いような人だったが、話してみると普通の人だ。ヴィノスとレイジのやり取りを横目で見ながら、ソラリスはロザリエに差し出された団子を食べていた。
三色団子。
花見で定番に食べるものらしい。この三色は春を表していたり、季節そのものを表していたり、団子自体が縁起物であったりする。
先端の桃色のもちにかぶりつけば、独特の食感と甘みが口の中に広がる。滄劉ではこういった味に馴染みがあるのだろうか。ソラリスが普段食べているクッキーやチョコレートなどとは少し違う上品な甘みだ。知り合いに滄劉出身の人が少ないため、出会いはなかったがとても美味しい。
もちもちとその感触を楽しんでいると、今度はレイジのカップにヴィノスが酒を注いだのが見えた。
「あれ、レイジ君ってお酒飲めるの?」
「まあ、人並みにはね」
「折角の花見だ、飲んどけよ」
ヴィノスはさっきから飲んでばっかりな気がするし、対してロザリエも食べてばかりだし、本来の目的を見失っている気がする。ソラリスは団子をもちもちと食べながらそんな二人を見ていた。ソラリスが何を思ったのか察したのは、レイジは苦笑いを浮かべる。
「豊作を願って桜の下で宴会をするというのが花見なんだ。だから桜自体をを楽しんでなくてもあながち間違いではないというか……」
「そうなんだ。でもこんなに綺麗なんだから脇役じゃ可哀想だよ、沢山見ておかなきゃ!」
「春が終われば暫くは見れないからな」
ソラリスは桜を見ながら、風情にひたって団子を食べ終えた。喉が渇いてカップに手を伸ばし、グイッと流し込む。そして襲ってきた苦味に、思い切り顔を顰めた。
「みぎゃっ!」
「ああ! それ俺のカップだよ!」
「苦い、苦いよぉ……」
がっつり酒を飲んでしまって、ソラリスは僅かに咳き込んだ。レイジは慌ててソラリスの手からカップを受け取ると、その背をさすっている。ソラリスは口直しにロザリエが口に突っ込んできただし巻き玉子を食べながら、涙目で桜を見上げた。どんな目にあっても、相変わらず桜は綺麗である。
「ヴィノス、ねむい」
「あーあー、別に酒強くねぇのにガバガバ飲むから。ちっとは加減考えろよ」
「おやすみ」
「はー……これじゃ動けねぇ」
酒が回ってロザリエは急に眠くなったのか、有無言わさずに胡座をかいていたヴィノスの膝に寝転がって眠ってしまった。ぐうぐうと心地よさそうに眠っているロザリエに呆れながら、ヴィノスはため息を吐く。一方ソラリスはそんな様子を見て「いいなぁ。私もレイジ君に……いや、逆かな……!」などと脳内ではしゃいでいた。将来膝枕をする関係に云々と考えていると、レイジにじっと見つめられて思わず体が跳ねた。
「な、なにも想像してないよ?!」
「想像? いや、あっちに知り合いっぽい人がいてさ」
「なんだ、また勘違いか……よかった」
楽しい妄想にだらしのない顔でもしていたんじゃないかと心配したソラリスだったが、どうやらレイジはソラリスの後ろを見ていたようだった。その視線の先に顔を向けると、一組の男女が桜を見ながら歩いているのが見えた。
白い髪に薄く水色のかかった髪をしている翼人の女性は、桜を指差し楽しげに笑っていた。隣で歩く金髪で竜をモチーフにしたお面をつけた男性は、そんな女性の肩についた桜の花弁を取ってあげている。
滄劉で馴染みのある服装をしていた男女であるが、レイジがその二人を間違えることはなかった。立ち上がると、二人に向かって手を振る。すると相手も気づいて、こちらに近寄って来た。
「レイジさんじゃない、貴方もお花見?」
「ああ、二人も?」
「ええ。お花見デートよ!」
ふんっとドヤ顔で胸を張った女性の胸が揺れる。その様子を見て、ソラリスは自身の胸元を見たあと、今はそうじゃないと首を横に振った。レイジはどうやらこの女性と仲がいいようだ。隣に立っている男性にも軽く頭を下げて挨拶している。
「そっちの子は……あっ! もしかして、例の?」
「例のって……? レイジ君からなんて聞いてるんですか?!」
「えっと、仲のいい女の子って」
紹介する前から、女性はソラリスの事を知っているようだった。若干興奮気味に女性に詰め寄ったソラリスだったが、彼女の返事にとりあえず一安心する。彼女の言葉に嘘はないようだ。興奮して大声を出してしまったことに謝ってから、女性の差し出した手を握り握手しつつ、隣に立つ男性に会釈をした。
「ソラリスです」
「グラン•アーテルよ。よろしく」
「ケラウノスだ」
「よろしくお願いします。デートってことは……恋人同士なんですよね?」
「ええ」
レイジを取られる心配はないと安心すると、そんなソラリスの様子を見たグランは楽しげに笑っていた。なにを思ったのか察せられたことに、ソラリスは縮こまってしまう。
「というか……ロザリエとラージェンまでいるのね」
「誘ってもらったんだ。よかったらお二人も一緒に花見をしないか?」
「有り難い申し出だ。丁度落ち着ける場所を探していた」
レイジの提案に、グランとケラウノスは頷いた。場所取りが遅くなってしまったせいで、座る場所が見つからなかったらしい。それはそれで散歩をしながら桜を見て楽しんでいた二人だったが、誘いは言った通り有り難いことだった。
共にシートに座ったグランとケラウノスは、ヴィノスに叩かれているロザリエに視線を向けた。
「おい、お前の大好きなカップルだぞ。起きろ!」
「むにゃ、カツ丼おかわりー……」
「ダメだこりゃ」
ヴィノスが二人に会話は諦めてくれと首を振ると、また一人酒を飲んでいる。ケラウノスは構わないと軽く手を挙げ返事をすると、くっついて来たグランの頭を軽く撫でた。目の前で堂々とイチャつく二人は、ソラリスにとっては衝撃の世界であった。今までこういった人に会ってこなかったため、感動すら覚えている。それはそうとして、オレンジジュースの入った瓶を持つと、グランへカップを差し出す。
「貴女もどうぞ」
「ええ、ありがとう。でも私もお酒が飲みたいわ」
「君……酒は強くないと記憶しているが」
素直に酒瓶に持ち替えたソラリスだったが、グランのカップに注ぐ前にケラウノスが手で封をする。それに不満そうにしたグランだったが、大人しくオレンジジュースを入れてもらった。本人も酒が強くない事を認めているらしい。ゆっくりオレンジジュースを飲み始めたグランは、レイジをじっと見ている。
「貴方、前に見た時も思ったけど……少し変わったわね」
「変わった? その、オーラってのを見てるのか?」
「ええ。勿論いい変化よ、少し安心したわ」
レイジは自分の体をペタペタと触るが、グランの見ている世界は分からないため首を傾げた。しかし彼女は本人がいくら嘘を吐こうが自覚がなかろうが本質を見抜ける。そんなグランが言うのだから、間違いはないだろう。そして、レイジは隣に座るソラリスを横目で見た。何か変わったと言うのなら、少なからず彼女が影響しているだろう、と。
「オーラって……?」
「私、目が見えない代わりに人の、気? と言うのかしら、色でその人の本質や感情が見えるの」
「え! じゃあ私の色ってどんな感じかな?」
ソラリスは期待した様子でずいっとグランに体を向けた。彼女は顎に手を当て鑑定するようにソラリスは眺めると、こくりと頷く。
「なんというか……素直な人ね、貴女。あと根っこの情熱的な部分が、そこで酔いつぶれて寝てる人とそっくりよ、ふふっ」
「す、素直に喜べない……! でも、ありがとう」
「彼女、心は綺麗な人よ。喜んでいいと思うわ」
相変わらずヴィノスの膝で寝ているロザリエに視線を向けると、ソラリスはグランに微笑みかけた。占いをしてもらったようだと少し楽しくなると、隣でケラウノスと話をしていたレイジに視線を向けた。
「ちなみにレイジ君はどんなオーラをしているの?」
「とてもキラキラ輝いてて貴女に似た純粋な所があるわね。でも昔はそれに触れさせない濁りみたいなのを感じたわ」
「そ、そうなんだ……」
それに頷いて、グランはカップに飲み物を注いで飲んでいる。そしてソラリスは、その瓶に入った液体がオレンジ色でないことに気づいた。そのまま、グランはそれを飲み干している。
「あっ、それ──」
「しーっ! 私も飲めるって所見せるのよ。いつかオシャレなお店でお酒を飲みながら、大人な雰囲気で色々語り明かすんだから……!」
「え、えぇ……!」
どうやらグランは将来ムーディーな雰囲気でお酒を飲むためにアピールしようとしているらしい。計画としてはさっきまで飲んでたけど全然分からなかったでしょう? だってお酒飲めますもの、にこっ! といったような作戦だろうが、もう既に頬を赤くしているグランを見て、ソラリスは心配になった。
「気持ち悪くない?」
「だいじょぶ、らいじょーぶっ! ふにゃ……」
「酔い回るの早ッ」
ぐわぐわと左右に揺れたグランの体は、そのまま横に倒れそうになる。慌てて受け止めようとしたソラリスより先に、ケラウノスがその肩を抱いて引き寄せた。無事頭をぶつけることはなかったが、グランはほわほわした様子で揺れている。
「無茶をするな……。君は見ていて飽きないが、そういうところは困ってしまうな」
「わたひらっておしゃけ飲めるわよぉ、のんでイチャイチャしゅるんだからぁ〜。大人レディなのよぉ?」
「酒を飲んでも飲まなくても、君は魅力だとも。さあ、大人しく水を飲んでくれ」
「あい〜」
ケラウノスに水の入ったカップを差し出されたグランは、大人しくそれを受け取って飲んでいる。それで少し落ち着いたのか、ケラウノスの腕に自分の腕を絡めて今度は甘えていた。まだ恋愛初心者であるソラリスからすれば直視できない程のラブパワーに、思わず頬を染めて斜め上を見た。
「あれ……なんか顔赤くないか? ソラリスもお酒飲んだ?」
「オレンジジュースで酔ったかも」
「雰囲気で酔うタイプだったか……」
勘違いをしているレイジを見て、ソラリスは名案を思いついた。このまま酔っているふりをして、グランのように甘えられないか、そう思ったのだ。宴の席というのもあって、少し羽目を外しても許されるだろう。
ソラリスは少しだけレイジの方へ距離を詰めると、恐る恐ると言った様子でレイジの方へそっと手を伸ばした。ちょっと手を握るぐらいなら、そう思っていたが中々レイジの手が見つからない。
「ソラリス?」
「にゃッ?! な、何……?」
「その、背中くすぐったくて……」
レイジは困ったように笑っている。何事かとレイジの背の方を向くと、普段はマントで隠れているソラリスの尻尾がレイジの背をさわさわ摩っているのが見えた。手を探すのに一生懸命で、尻尾が先走ったようだ。
「わっ、ごめん!」
「いや、別にいいよ」
驚いた衝撃で少しレイジから離れてしまい、ソラリスの作戦は失敗。心の中で悔し涙を流しながら、ヤケ酒ならぬヤケジュースだとカップに入っている分を全て飲みほした。その豪快さに、何も知らないレイジは小さく拍手をする。
「う〜ん、腹が減った……」
「おう、起きたか」
「んん……?」
暫く時間が経って、ロザリエは目が覚めたのかヴィノスに見下ろされながら目を開いた。体を起こすと、いつの間にか参戦していたグラン達やソラリスの恥ずかしそうな顔などを見て状況を察する。カップルのイチャイチャタイムを大幅に見逃した、それを理解して絶望していた。
「無念……ッ!」
「残念だったな。お前が見たかったもの、全部俺が代わりに見といてやった」
「ウグゥッ!」
「あれ、恋愛マ……えーっと、ロザリエさん、具合悪いんですか?」
眉間を揉んで俯いているロザリエを見て、ソラリスは気分が悪くなったのかと心配した。それを見て、ロザリエはハッとしてからヴィノスにもたれ掛かる。
「キモチワルイ、チョットヒトノスクナイトコロ、イキタイ」
「なんでそんな片言なんだよ」
「いいから連れて行け!」
「はぁ?」
渋々と言った様子でロザリエを支えたヴィノスは、立ち上がって靴を履く。どうやら酔い醒ましに少し歩いてくるらしい。
そしてロザリエは何やら口をパクパクさせてケラウノスに何かを伝えた。何を言ったのか分からなかったが、ロザリエはソラリスにウインクをするとそのままヴィノスと離れていく。なんだったのか、そう思いながらソラリスはレイジと顔を見合わせた。
「グラン、君もそろそろ休んだ方がいい」
「う〜ん……見て、アップルパイの成る木よ……美味しそうね……」
グランはへにゃっと笑ってアップルパイの成る木とやらに近づいたのか探るように手を伸ばしている。その手をとって膝に戻させると、ケラウノスはぽんぽんとグランの肩を叩いた。
「見ての通りだ、俺達はもう施設に戻ろうと思う。同席させてもらって感謝する、助かった」
「いえ、こちらこそ。一緒に花見できてよかったです」
「私も楽しかったです!」
ケラウノスは履物を履いて、グランを支えて立ち上がらされた。しかし、未だ夢の中なのか、グランはふらふら足元のおぼつかない。そんな彼女見てそのまま横抱きに抱えると、ケラウノスはグランの履物を持って一度レイジとソラリスに顔を向けた。
「では、また」
「はい、また会いましょう」
別れの挨拶を済ますと、ケラウノス達はそのまま去っていった。そんな二人を見送って、ソラリスは急に人が居なくなってガラリとしたシートの上を眺めた。
楽しい時間とはすぐに過ぎていくものだ。暫くすればまたいつも通りの日常に戻るかと思うと、少し寂しい気持ちになる。そう思いながら、ソラリスはレイジに視線を向けた。彼は桜を眺めながら酒を飲んでいる。その雰囲気がいつもとは少し違くて、ときめいたと言うか、なんというか。
そして──今、二人きりである。
それを今更自覚した。
「急に寂しくなったな」
「そ、そうだねぇ〜……あはは」
ソラリスは喉の乾きを誤魔化すようにちびちびジュースを飲みながら、気を逸らすために別のことを考えていた。今日は色々あったが、楽しかった。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
レイジは、そんなソラリスの横顔を見た。彼女の黄金色の瞳は、まっすぐに満開に咲く桜に向けられている。頬はその桜と同じように桃色に染まり、そして口元は僅かに微笑んでいた。そして、その瞳が自身に向けられた時──思わず、口が動いた。
「綺麗だ」
「ん? ああ、そうだね! 今日桜を見れて本当に良かった」
「あ、あぁ……うん。本当に」
レイジがその言葉を本当は何に、いや、誰に贈ったのか、ソラリスは気づいていない。それに安堵して、レイジは拳を強く握った。感じる胸の高まりや、火照った顔も、恐らくお酒のせいだ。レイジはそうやって、勘違いをすることした。
「また、来ようね」
「──っ、そうだな」
シートに突いていた手に、熱が集まった。
ソラリスは変わらず笑顔で。
しかしどこか恥ずかしそうにした、そんな表情にレイジは翻弄されるばかりであった。
…………
「ヴィノス、聞き取れたか?」
「この距離で聞こえる訳ねぇだろ」
ロザリエは離れた物陰から、レイジとソラリスの様子を見守っていた。それに付き合わされているヴィノスはため息を吐きながら、一応二人の様子を確認している。
「これでよかったか」
「おお! やはり気づいてくれたか」
そんなロザリエ達に近づいたのは、グランを抱えたケラウノスであった。レイジ達を見守る二人を見て、同じく視線をそこへ向ける。
イチャイチャを逃したロザリエは考えたのだ、ならばチャンスを今から作ればいい、と。そして彼らを二人きりにするため、ケラウノスにそれとなく伝え、ヴィノスを連れてその場を離れた。そして思惑通りに、事が進んでいる。
「二人で話してはいるようだが……」
「流石に何言ってるかまでは分かんねぇって。ちゃっちゃと程いい頃に戻るぞ、酒がまだ足りてねぇ」
「むむ、致し方ないか。ケラウノス殿、協力感謝する」
「構わんよ」
ロザリエは進展無しといった様子に、ガックリと肩を落とした。そんな彼女をヴィノスは慰めるでもなく笑っている。
そして、レイジとソラリスの小指が僅かに触れ合っているのを、ケラウノスだけが気づいて僅かに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます