レイソラ

サンドイッチ

訓練場、1人の少女がそこで剣を振り続けていた。レイピアを構えると模擬戦用の人形に向かい連撃を放つ。人形は穴だらけになるとそのまま崩れ落ち消え去った。それを繰り返し、何度も何度も行う。


「はぁっ……まだ……!」


少女、ソラリスは数日前のとある人物との戦闘が、脳内でずっとリピートしていた。全戦全勝と噂されたソラリスと薔薇を胸に飾った女剣士との戦い。結果、ソラリスの敗北に終わった。模擬戦とはいえ互いに本気でぶつかり合った結果だ、ソラリスは納得している。

が、どうしても彼女に勝ちたいと言う思いが消えずに、こうして毎日毎日訓練場に通っては高みを目指していた。


『君は強い。……が、私に負けるようではまだまだと言えるだろうな』


薔薇の剣士の微笑みが鮮明に思い出せる。その余裕の笑みが心底悔しいと思えた。その気持ちはバネとなり、ソラリスのレイピアに力が乗る。早く言えば負けず嫌いなのだ。

しかし、僅かに視界が眩んだことに構えを解く。最近は休みもせず、睡眠時間も少し削っている。いい状態とは言えないと理解しつつも、止まれずにいた。


「休まないと、駄目だよね……」


ここで倒れては意味が無い。逸る気持ちを抑えながら、ソラリスは休息をとるために中庭に向かうことにした。



──



心地よい風がソラリスの髪を揺らした。まだお昼のぽかぽかと温かい太陽の光がこちらを照らしていて、グッと伸びをするとゆっくりとベンチに座る。


お昼も食べてない事をふと思い出すとそれに合わせてぐぅ、と腹が鳴る。誰も居なくて良かったとほっと一息つくと、背後から気配を感じた。


「やぁ、お腹すいてるのか?」

「レ、レイジ君!?」


よりによって彼に聞かれてしまったかとソラリスは頬を赤く染めながら、自然に隣に座ったレイジから少し距離をとる。恥ずかしい、タイミングがあんまりにも酷いと神を恨み、ソラリスはそっぽを向いた。

しかし、なんだかいい匂いがしてレイジの方を向くと、その手にはバスケットが握られており、それに気づくと中を見せる。


「サンドイッチ。食堂の前を通った時になんか大量に作ってる人がいてさ、丁度俺もその時お腹なっちゃったんだ」

「それで、くれたってこと?」

「そ。大食らいの友人に渡すついでだからって俺の分も作ってくれたんだ。……こんなにいっぱい」


確かにバスケットの中には1人では食べきれない程の量が入っていた。その大食らいの友人のせいで一人前の分量がバグってしまったのだろうかと、レイジの苦笑いで察する。

するとぐぅ、と2回目の空腹の音がソラリスの腹から鳴った。恥ずかしそうに俯いたソラリスを見て、レイジはバスケットを差し出す。


「どうぞ。流石に俺1人じゃ食べきれないからさ」

「……ありがとう」


サンドイッチを受け取るとゴクリと唾を飲み込む。ふんわりしたパンに、新鮮なレタス、ハムやチーズなどが挟まれておりとても美味しそうで、更に空腹というスパイスも追加されソラリスはもう我慢ができなかった。


「いただきます」


1口かじりつくと想像以上の味が口の中に広がった。美味しい、美味しいと2口目、3口目かぶりついているとレイジが小さく笑い声を上げた。

ぴんと耳を立てたソラリスが目線を横に向ければ、何故か嬉しそうな顔をしているレイジと目が合う。自分ががっついている様を見て笑ったのだろうと、ソラリスはぺしぺし尻尾でレイジの手を叩いておく。

ソラリスがあまりにも幸せそうに食べるものだからつい自分まで嬉しいくなってしまった、レイジはただそれだけだったが弁解はせずに怒りの尻尾攻撃を受け入れた。


「俺も頂こうかな」


レイジと並んでサンドイッチを食べている。なんだか平和だなと、ソラリスは景色を眺めながらそう思った。

群に来てから色々な人と出会ったソラリスは、徐々にその価値観が変わっていていた。

最初は自分のためだけだった剣も、今は人々を守るためのものでありたいと望む。悪と対峙しても、そこに立つ理由は誰かのためでありたいと思う。

その志を持ちがむしゃらに走っていたが、今は穏やかな時間をレイジの隣で過ごしている。

それが、心から幸せだと思えた。


「同じ気持ちだったらいいのになぁ……」

「ん?」

「……え?」


レイジの不思議そうな顔に、ソラリスはビクッと体を跳ねさせる。自分の隣にいて幸せだと、そうレイジも思っていたらいいのにと願望が口に出てしまっていた。どうやって誤魔化そう、焦りながら手を横にブンブン振る。


「いや、サンドイッチ美味しくて!同じように思ってたらいいなーーーって!!」

「ああ、なるほど。確かに凄く美味しいね」


そう言って微笑んだレイジになんだか恥ずかしくなり、黙々と食べ進めるソラリス。何故こんなに感情をかき乱されるのか、今までの人生こんなことはなかったぞとソラリスはモヤモヤした。暫くしてサンドイッチを食べ終えると手を合わせる。出来ればどうやって作ったのか教えて欲しいと思い、レイジから話を聞いた。


「うーん。俺も一応名前聞いたんだけど教えてくれなかったよ。名乗るほどのものではありませんって」

「そうなんだ。……というか、その台詞言う人本当にいるんだ」

「はは、確かに驚いたかも」


思わず笑ったソラリスに、ふとレイジが手を伸ばした。驚いて目を瞑ったソラリスの頬にレイジの指が触れると、すぐに引っ込める。

なんだったのかとレイジの手を見ると、マヨネーズが僅かに付いている。


「あれだけ勢いよくかぶりついてたらな」

「ひぇっ、そのー、ごめんねなんか!」


今日何度目の羞恥心限界突破なのか、ソラリスは顔から火が出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にすると慌ててハンカチを探す。見つからないことに焦り、どうしていいか分からなくなったソラリスは咄嗟にレイジの指に付いたマヨネーズを舐めとった。


「……」

「……わーーーッ!ごめん!!」


ぽかんとしたレイジを見て更にパニックになったソラリスは、やっと見つかったハンカチでレイジの指を拭った。ゴシゴシゴシゴシ……摩擦で指が痛いレイジは苦笑いを浮かべソラリスの手を優しく掴む。


「火がつくよ……」

「はわっ、そ、そうだよね……ごめ──」


ソラリスが謝ろうとするとレイジは人差し指を口元に当てた。もう謝らないでもいい、そう伝えたいのだろうと理解してソラリスはこくこくと頷く。そして、同時に背もたれに身を預けると一息ついた。


レイジの前だとどうにも上手くいかない。不満に思いつつ、大きなため息を吐く。

前はもっと完璧だったはずなのに、簡単に敗北して、簡単にペースも乱されて、何故なのだろうと空を見上げた。


「どうした?」

「なんでもない、レイジ君には関係ない話!」

「そう突き放すなって、困り事か?」

「もー、なんでもないの!」


弱い所を見せたくない、意地っ張りな部分がソラリスの話したい気持ちを邪魔する。本当は弱音を吐きたい気持ちもあるが、性格がそれを許さなかった。

またモヤモヤとしていると、ぽんとソラリスの頭に手が乗せられた。それに驚いていると、優しく頭を撫でられ思わず喉がゴロゴロと鳴る。


「にゃッ!なに?!」

「なんか、頑張ってるみたいだったから」

「……ふーん」


レイジが嫌がられたと手を引っ込めようとすると、ソラリスがずいっと頭を出てきた。一瞬どういうことか理解できなかったレイジだったが、続けろということなのだろうと撫でるのを再開する。

別にこれはレイジが勝手にやっていることであって、自分が求めた訳では無い。そう脳内で繰り返しながら、ソラリスは心地よさそうに目を瞑る。


「ん〜」

「(本当の猫みたいだな……)」


なでなで。ぴこぴこと耳が動くのを見ながらレイジが撫で続けていると、段々とソラリスの体が傾いてくる。完全にソラリスの体がレイジに寄りかかる頃には、ソラリスは寝息を立てていた。


「……寝てる」


余程疲れていたのか、よく見ると目の下には薄く隈ができている。なにか悩んでいるようだったとソラリスの様子を思い返し、ため息を吐く。

困っているのなら頼って欲しい、レイジはそう思いながらソラリスの隈をなぞった。それに一瞬顔を顰めたのを見て慌てて軽く頭を撫でると、幸せそうな顔をしてすやすやと眠り続けている。


「俺は頼りにならないか?」


そう小さく吐くと、ゆっくりと目を閉じた。困っている人がいながらも力になれない、それがとてももどかしくあった。

丁度いい天候に暖かい体温が自身に寄りかかって、レイジも徐々に眠気を覚える。

こうしてソラリスの隣で穏やかに過ごしている。

それが幸せだと感じた。


────


ハッとして目を覚ますと、ソラリスは自分がレイジに寄りかかって寝てしまった事に気づいた。何故かレイジも眠っていて、起こさないように体をどかすと慌てて立ち上がる。

元々睡眠不足で、そして満腹になり、眠気が来て……そして寝落ち。しかも頭を撫でられながらというオプション付きだということに真っ赤になったソラリスは1人でバタついた。


「うー、恥ずかしい……今日何回そう思ったんだろ」


レイジといるといつもこうだ、もう全部彼が悪いのだと呑気に眠っているレイジを睨みつけたあと、少し冷静になってから自分のマントを脱ぐとゆっくりとレイジの体に掛けておく。

自分と一緒にいたにもかかわらず風邪をひかれたら困るから、別に心配した訳では無いと言い訳を脳内で繰り返し、ソラリスは早足に寮に戻ることにした。


「なんですぐにパニクっちゃうのよ……」

「それは困ったなぁ」

「そうそう、困った──ん!?」


いつの間にか隣を歩いていた女性に相槌を入れられ思わずびょんっと飛び退くと、女性は愉快そうに笑った。

数日前に戦ったあの薔薇の剣士が、さっき自分もご馳走してもらったあの美味しいサンドイッチを大量に抱えて立っていた。

大食らいとは貴女の事かとソラリスがじっと見ていると、薔薇の剣士はサッとサンドイッチを差し出す。


「1個しか渡せん……すまない……」

「いや、いいです。さっき私も貰ったので」

「そうか!」


そんなにあるのに1個しか渡せないというのは余程胃袋がでかいのだろうと彼女の薄い腹を見ながら、ソラリスは警戒を解くと安心したように息を吐いた。

何故こんなに嬉しそうに自分の独り言に乱入してきたのか、どう聞こうか悩んでいると彼女の方から話を始める。


「ソラリスよ。君はレイジの事で何が悩みがあるようだな」

「はい、まあ……そうです。レイジ君の知り合いなんですか?」

「いや、少し前にちょっかい……いや、アドバイスをあげた程度でしっかり話したことは無いがな」


ちょっかいと言わなかったかと思いながらも、ソラリスはレイジと親しい女性では無いと分かって喜ぶ気持ちがあった。

またこれだとモヤモヤとして、薔薇の剣士は「それだ」とソラリスを指さす。


「彼が知らない女と話していたらイライラするだろう」

「は、はい」

「逆に自分と楽しそうに話してくれたらそれだけで幸せな気持ちになれる……」

「そ、そうです!」


ソラリスはそれに心当たりがありこくこくと頷く。何故それを知っているのか、ソラリスが彼女は心理学でも学んでいるのかと考えていると、薔薇の剣士は空いた手でソラリスの手を握った。


「それは恋だ、輝ける青春を生きる少女よ」

「……鯉?」

「そのネタはもうどっかで見た」


握った手を軽く振って握手をしたあと、薔薇の剣士はおめでとうとにこにこ笑顔を浮かべている。彼女言う『こい』が『恋』であると理解すると、ソラリスはブンブンと勢いよく首を横に振る。

まさか自分がそんな淡い想いを人に抱くなど思って……いや、いいひと見つかるといいなとは考えたかもしれない。そうソラリスは混乱しながらレイジの事を思い浮かべた。


「わ、私が!?」

「そう、君が」

「恋?!」

「ああ」


確かにそう言われればそうだったかもしれないと今までの事を思い返し、満面の笑みを浮かべる薔薇の剣士を見つけた。というかこの人は何をしに来たのだろう。


「そういえば、前も名前聞けませんでしたね」

「いや、名乗るほどのものではない。ただのさすらいの恋愛マスターさ……」

「恋愛マスター」

「YES」


頷いた薔薇の剣士改め恋愛マスターはいい笑顔を浮かべながらソラリスの肩をぽんぽんと叩く。


「まあ、困ったことがあれば私に相談するといい。では、恋する乙女よ。さらば!」

「え、えぇ……」


ソラリスに背を向けた恋愛マスターはグッと親指を立て去っていった。嵐に巻き込まれた気分になったソラリスはため息を吐くと、いつの間にか自分の手に握られていたサンドイッチを見つめた。


「……え!?いつの間に!?」


もう自分の身に何があったのか若干理解出来ていないソラリスは、ごちゃごちゃな今日の出来事を頭の中で整理しながら自室に戻ることにする。


「……あ、これカツサンドだ」


温かいサンドイッチを手に持ったまま、ソラリスはなんだからおかしく思いくすりと笑った。

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